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2010年6月

2010年6月30日 (水)

変形菌(粘菌)①-1(ウツボホコリの仲間)

 サッカーW杯、パラグアイ戦、延長戦の末、PK戦に。もう祈るしかありませんでした。時に利あらずでしたね。一層感動的でした。

 さて、しばらくぶりの変形菌です。

 6月の初め、雨降り数日後の日曜日、蒸し暑い日でしたが朝の散歩を兼ねて、かつて知っている社の森へ、変形菌の観察に行って見ました。やはり見つかりました。
 
 その前に自分用のおさらい(復習)メモ。

変形菌(粘菌)とは:
 昔の分類学では、生き物の世界は動物界と植物界の二界に分けられていましたが、分類学の進展に伴い8界説まで提唱されるようになり、現在は5界説(動物界、植物界、菌界、プロチスタ界、モネラ界)が主流になっているそうです。Photo
〔生物分類(リンネの分類) 界:Kingdom 門:Phylum/Division 網:Class  目:Order  科:Family  属:Genus 種:Species 〕

 変形菌は現在、無理やりプロチスタ界に入れられてしまったそうですが、他に類を見ないほど多数の核を持つ大型のアメーバ体に成長して動きまわったり、またキノコなど菌類のように胞子を形成するにもかかわらず単細胞生物で、実際のところは、現在の5界分類体系からも既にはみ出しているという、不思議な生き物なのです。(http://www.athome-academy.jp/archive/biology/0000000103_all.html

 自分用の前置きは以上で、とりあえず、この不思議な生き物の写真を1枚掲載します。(撮影2010.6.6)
 素人には名前も分かりませんが、専門家の手を煩わせるのも畏れ多いし、参考書(日本変形菌類図鑑、他)の写真を見ながら勝手に想像したもので、間違いかもしれません。
 
ウツボホコリの仲間:
 社の森に数年来横たわっている太い腐朽倒木に空いた穴で、直径3cmほどの凹みの、天井のような上部に子実体の子嚢下部の表皮が「さかずき状」に残り、そこから胞子の詰まった網状の細毛体が糸を引きながら房のように重なり合って垂れ下がっていました。
 どこかから(土/腐朽倒木の中から)多核単細胞の巨大なアメーバーになって倒木の上に這い上がり、温度と湿度、光の条件が気に入ったところで立ち止まって、そこで一晩のうちに子実体を形成します。そして成熟した子実体の子嚢の膜が破れると、木の表面にくっついていた部分は盃(サカズキ)状になって残り、中から飛び出した細毛体(拡大すると、ちょうど”ヘチマタワシ”のように見えますが)がぶら下がっている、ということになったところのようでした。
 わずかな空気の動きにも極めて敏感に揺れて、揺れる度に胞子が”ホコリ”のように浮遊します。それで名前(和名)には○○ホコリ、と命名されています。
 薄暗い現場でのフラッシュ撮影のため、赤橙色が強調されていますが、色調は実際とは少し違います。ともかく不思議な状景です。(画像はクリックで拡大表示されます)Img_8143

 この近くには、もっとすごいところがありました。(→次報へ)

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2010年6月29日 (火)

茨城フラワーパーク、ベニカミキリ、イトトンボ、ゴマダラシロエダシャク、ダイミョウセセリ

  6月中旬、梅雨の晴れ間を縫って、しばらくぶりに、ばら祭り開催中の茨城フラワーパークに行ってきました。
 ”管理の手が足りなくて、前日、雷雨と共に吹きあれた強風のため、倒れたままの樹木も手当が出来ず、咲き終わったり痛んだりした花がら摘みも間に合わなくて”と、公園の方が申し訳なさそうに言われたとおり、少し期待はずれでした。
 また時期もやや遅く、見頃は過ぎていたようでした。そんなわけでお目当てのバラは無惨に痛んでいたり、咲き終わっていたりで、少しばかりガッカリしました。
 バラのシーズン中、特に週末には混み合っている芝生の丘には、見慣れた「楽園」モニュメントが、いつもは鳥の糞で白く汚れているのに、きれいで、人影はチラホラ。2r_2

 
ベニカミキリ:
 気温も上がり蒸し暑かったのですが、気を取り直して、運動不足解消を兼ねて林間のハイキングコースへ。そして山頂に向かう途中の孟宗竹林コースに設置された竹の柵にベニカミキリがいました。いそがしく歩き回り、薄暗いこともあり、なかなか写真に撮れません。
 やむなくフラッシュ撮影。本種は古い竹に付く害虫として知られ、体長1.5cmほどの小さな甲虫です。体は黒色で、前胸部背と上翅が赤色からくすんだ紅色で、前胸部背に五つの黒色紋があるのが特徴です。
 成虫はナシ、クリ、ミカンの花に集まり、幼虫は古いマダケやモウソウチクを食べるということです。Photo

 
イトトンボ:
 竹藪を過ぎた斜面の草むらにイトトンボがいました。名前は分かりませんでした。Img_8284trm

 
ゴマダラシロエダシャク:
 木漏れ日のシイの木林では、見慣れたツマグロヒョウモンがあちこち飛びかっていました。その中に白いチョウ(ガでした!)がフワフワと飛んで来たので追っかけていくと、近くの樹の葉にとまりました。翅を広げたままです。
 ちょうど木漏れ日があたって白地に黒点のある翅がきれいに見えたので写真に撮りました。翅だけでなく胴体部分にも黒い紋がちりばめられていて、図鑑を調べてみると、翅を開いてとまったのはやはりガで、ゴマダラシロエダシャク。
 開張(翅を広げたときの大きさ)はおよそ5cm。写真を拡大してみると、やっぱり気持ち悪い方に傾きました。これは差別ですね。
 幼虫はアオモジやダンコウバイなどクスノキ科植物の葉を食べるそうです。成虫の出現時期は5~8月。分布は本州~九州。Img_8287trmcc

 
ダイミョウセセリ:
 山頂には休憩所があります。ハチなどが入り込むのを防ぐために閉めきりになっていました。入ってみると、中は結構暑いです。ガラス戸の外に黒っぽいガらしきものが貼り付いていました。
 外に出て近寄ってみると黒褐色地の前翅に白い紋様があります。バタッと翅を開いたままじっとして動きません。写真に撮ってから後で調べてみると、ダイミョウセセリ、というセセリチョウの仲間で、ガの仲間ではありませんでした。
 大きさ(前翅長)は18mmほどで、黒褐色地に白帯のあるセセリチョウの仲間。多くのセセリチョウはとまる時には翅を半開きか閉じてとまりますが、本種は翅を完全に開いてとまること(が多い)。また地方によって翅の紋様に違いがあり、関東型では前翅だけに白斑がある個体が多いが、関西型では後翅にも、白斑があり、前、後翅全体であわせて白帯状に見られること。雑木林の周辺で見られ、各種の花によく来るチョウ、というでした。
 幼虫の食草は、ヤマノイモなど。出現時期は4~10月、分布は北海道・本州・四国・九州。Img_8291trmcc

 これらの観察は、バラの代わりのおまけでした。

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2010年6月28日 (月)

ヒメギス幼虫、センチコガネ、マガリケムシヒキ(♂)、アカハネムシ(♀)

6月初旬、山地林縁などで見かけた昆虫です。

ヒメギス幼虫:
 林縁の草地にいました。全体が黒く、胸部横にはヒメギス特有の白い斜めのラインがあります。
 指を近づけるとなぜかピョンと飛び乗ってきました。しばらくそのままでしたが、そのうちいきなり噛みつかれて、痛かったものです。
 ヒメギスは近所の草むらでも見かけますが、緑色型の個体が多いです。発生時期は5月~9月。成虫の体長は2.5~3cm。虫や植物などを食べる雑食性です。Img_8159trm

 
センチコガネ(あるいはオオセンチコガネ):
 イノシシやシカの食害が増えて困るという山林で、落葉の上に出ていたのですが、近寄ると落葉に潜ってしまい、やむなく指先でつまんで明るい道ばたに出しました。
 見ると、糞まみれです。”センチ”雪隠(せっちん)に潜っていたのでしょう。体長17mmくらい。色は黒色ですが、光に当たると、紫、青緑、紫銅、金銅色などに光ります。
 動物の糞に集まります。外国のフンコロガシ(スカラベ)と呼ばれるコガネムシと同じ仲間ですが、本種は糞を転がすことはしません。食べるものは糞の他に、キノコの腐った部分を食べたりします。
 体の大きさと、頭楯の前縁形状が弓状か尖っているかで、センチコガネとオオセンチコガネが区分出来るそうですが、この写真だけでは分かりませんので、センチコガネとしました。3r

 
マガリケムシヒキ(♂):
 林縁の草むらにいました。やや小型、細身で、体は暗灰色、脚の脛節から爪までが黄色のムシヒキアブの仲間です。
 林縁部で普通に見られ、小型のハエ、ガガンボなど、あまり大きくない他の昆虫を捕らえて体液を吸います。大きさ15-20mm、出現時期は5-10月。分布は日本各地。Img_8185trm

 
アカハネムシ(♀):
 林内の倒木の上を這っていました。体長15mmくらい。頭部,胸部,肢,触角が黒色で、上翅が赤色の小さいきれいな甲虫です。翅鞘の形が下膨れのようになるのがアカハネムシの特徴です。
 触角にピントがあった写真がありませんが、触角はクシ状で、クシの歯が長いのが♂で、短いのは♀ということから、この個体はギザギザくらいにしか見えないので♀としました。
 幼虫は朽木(くちき)の樹皮下に生活し、樹皮下内部の柔らかい材を食べるということです。2r

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2010年6月27日 (日)

クサノオウ、スイカズラ、マルバウツギ、コアカミゴケ/コナアカミゴケ

 6月初旬、山里の林縁で見かけた植物です。特に目新しいものではありませんが記録しました。

●クサノオウ:
 近くの平地では見られませんが、山野の道ばたや林縁などにはよく見かける越年草です。全体に茎や葉に縮れた毛が多く、そのため全体に白っぽい緑色で、高さは30~80cmになります。
 茎や葉を切ると黄色い汁が出てきます。葉は互生し、羽状に深く切れ込んでいます。枝先に直径約2cmの黄色の4弁花を数個開きます。
 花期は5~7月。分布は本州~九州。Blg2010662r

 
●スイカズラ(金銀花):
 6月初旬、山の斜面よう壁に蔓を這わせて花をつけていました。まだ蕾が多く、咲き始めの白い花ばかりでした。
 スイカズラは山野や道端に普通に生える蔓性の植物で、花には甘い香りがあり、また花色は咲き始めの白から徐々に黄色に変化しますが、通常その両方が同時に見られるので金銀花と呼ばれて、庭木や公園樹などにもなっていて近くの市街地でも見かけることがあります。
 花弁は筒状で、先の方は上下2枚の唇状に分かれ、上唇はさらに4裂しています。花は2 個ずつ対になってつきます。また9-12月に小粒で黒く熟した実(液果)がなります。
 開花時期は5-7月。分布は日本全土。Img_8186

 
●マルバウツギ:
 林縁に咲いていて白い花が目立ちました。落葉低木で、日当たりの良い山地に生え、よく分岐して高さ1.5mほどになります。
 葉は対生し、縁には鋸歯があります。円錐花序に、直径1cmほどの白い花をにぎやかにつけています。雄しべは10本です。
 開花時期は5~6月。分布は本州(関東地方以西)、四国、九州。Blg20100606

 
●コアカミゴケ(/コナアカミゴケ?):
 少し標高の高い山地の林縁斜面に一群の生育がみられました。
 普段あまり目にする機会がありませんので一応写真に撮りましたが、不鮮明なものになりました。
 この地衣類は腐朽した樹皮や、腐植土のある岩上に生育し、「コケ」の名がついていますが、菌類と藻類からなる共生生物で、樹状地衣類です。
 全くの素人で詳しいことは分かりませんが、これまでコアカミゴケといわれていたものは日本にはなく、コナアカミゴケが正しい、といわれたりしています。
 いずれにせよ、この地衣は特徴として、頭部に子器と呼ばれる赤色の”帽子”をかぶっていて素人目にはきれいで珍しいものです(ただそれだけですが・・・)。
 今回の群生では、子器の色が鮮やかな赤ではなく、地味な赤褐色のものばかりで目立ちませんでした。
 時期的なものなのか、あるいは別物なのかもしれませんが、記念写真程度です。Blg2r

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2010年6月26日 (土)

ヤマキマダラヒカゲ、ミスジチョウ、ヒョウモンチョウの仲間、サカハチチョウ

 6月初旬、標高500~1000mほどの山林や、山里にある建物の周りに飛んでいたチョウです。
 平地で見かけるものもいましたが、はじめて確認できたものも。
 やはり地面に下りてとまると翅を閉じてしまい、シャッターチャンスは我慢と運のようでした。

●ヤマキマダラヒカゲ:
 樹液に集まるヒカゲチョウの仲間。標高1000mの山地でシナノザサなど竹の混生する雑木林の林縁にたくさん飛んでいました。
 飛ぶスピードは大変早く、またなかなか止まりません。 
 時に地面に下りますが、とまっても近寄るとすぐに逃げてしまいます。
 結局、かなり遠くで、翅を閉じて止まっているところを望遠で撮影しました。
 翅の紋様は黄色から黒色までの複雑な模様で、まあ、きれいというわけではありません。
 外観が酷似したサトキマダラヒカゲがいるそうですが、その識別法は分かりません。
 単純に、山地にいたからヤマキマダラヒカゲとしました。
 餌は樹液を吸うということです。
 前翅長は約3.5cm、出現時期は5~8月、分布は日本各地。
 なお幼虫は笹やススキの葉を食草とするそうです。2rl

 
●ミスジチョウ:
 標高500m付近にある山里の建物の周りを飛び回っていました。
 時々地面に下りて、ゆっくり翅を開閉しながら歩き回ります。
 近づくとすぐ逃げてしまいます。
 それでも何枚か、翅を全開にした瞬間のショットが得られました。
 翅の紋様からミスジチョウと分かりました。
 なお、ミスジチョウは近所でも見かけることがあります。
 落葉広葉樹のある屋敷林や、公園の林の上空を滑空するように飛んでいます。
 そして暑い日には地面に降りて吸水する姿を目にすることがあります。
 生活史は、年1回、初夏のみ発生し、成虫が産卵して、生まれた個体が越冬し、来年の夏に羽化、というサイクルだそうです。2r_2

 
●ヒョウモンチョウの仲間:
 同じ山里に飛んでいました。こちらも地面に下りると翅は閉じたままで、開いてもすぐに閉じてしまい、中途半端なショットしか得られませんでした。
 なかなかきれいな個体でしたが、翅の紋様が十分確認できる写真がないので、ヒョウモンチョウの仲間、としました。2r_3

 
●サカハチチョウ(逆八蝶):
 これも同じところに飛んでいました。こちらもずっと飛び続けてなかなか止まりません。
 地面に下りたのでシャッターを押した瞬間には飛び上がったりして、満足な写真が撮れませんでした。
 モンシロチョウほどの大きさの、やや小型のタテハチョウの仲間で、はじめて確認したものですが、特に珍しいチョウではなく、ただ平地には少ないということです。
 前翅長20~24mm。一般に年2回発生し、春型(4~5月)と夏型(7~9月)に分かれること、また春型と夏型には模様や色に違いがあって、春型の翅表は黒褐色に橙色の斑紋模様で、夏型は名前の由来になった、黒褐色に白い逆「ハ」の字の帯が目立つということです。
 図鑑で確認した結果、今回の個体は春型でした。
 成虫は花などの蜜も吸いますが、動物の糞の水分を吸いに集まったり、時には人の汗を吸いに寄ってきたりもするそうです。
 幼虫の食草はイラクサ科のコアカソ,イラクサ,ヤブマオなど。2r_4

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2010年6月25日 (金)

モンキチョウ、モンシロチョウ、ヤマトシジミ(♂/♀)、ベニシジミ、イチモンジセセリ

 サッカーW杯、対デンマーク戦、3-1で勝利、やりましたね。この勢いで次のパラグアイ戦もすばらしい戦いが見られそうです。

 さて、きれいで可愛らしいチョウです。春先からこれまで草原や庭先にやってきたものです。

モンキチョウ:
 これまで再三登場しています。草原に一番多く見られる蝶です。アップで見ると複眼は黄緑色であることに気がつきました。20104132r

 
モンシロチョウ:
 今時は草原にたくさん飛んでいます。昔はキャベツ畑にいっぱい飛んでいたものですが・・・ちなみに、モンシロチョウの複眼の色は水色です。P4130009

 
ヤマトシジミ:
 ♂は飛んでいるときれいな青い翅が光ってとてもきれいですが、飛んでいる姿は、素人には撮れません。草にとまると翅は閉じて、なかなか開きません。
 時にはゆっくりと翅を開いたり閉じたりを繰り返しますが、すぐに移動してしまい、その繰り返しで、翅を全開にした瞬間の写真がありません。中途半端でも、結構きれいさは伝わってきますが(写真上、中)・・・。♀(写真下)は地味な茶色です。Blg20104243r

 
ベニシジミ:
 クローバの群生する堤防にたくさん飛んでいます。こちらは花の蜜を一生懸命吸っている時などには動き回りながらも翅を開いていますので、比較的シャッターチャンスは多いチョウです。翅の色も夏の色になってきました。2r

 
イチモンジセセリ:
 庭に飛んできて、プランターに生えたクローバに止まりました。真上から見下ろす位置で、翅を半分くらい開いた状態でした。多くのセセリチョウはとまるときには翅を半開きか、または閉じてとまります。横位置から撮れないかと動いたら逃げられました。
 茶色くて、後翅に白い斑点がつながった一文字模様を持つセセリチョウで、都会の真ん中から高原に至るまで様々な環境で見られ、個体数も極めて多い普通種です。
 他のセセリチョウと同様、チョウにしては胴体が太く色合いも地味なので、ガの仲間と間違われることもあるようです。
 幼虫の食草は、イネ、ススキ、エノコログサなど。大きさ(前翅長)1.8cmくらい。出現時期は5~11月、分布は本州以南。424img_6527

 やはり普通の蝶は、とまる時には、たいてい翅を閉じているようです。

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2010年6月24日 (木)

マエアカスカシノメイガ、ヒロバウスアオエダシャク、ホソオビアシブトクチバ、不明のガ1種、アカマダラメイガ

 6月初め、標高1000mほどの山地にある建物の壁に色々な種類の蛾が貼り付いていました。
 いずれも小型のものばかりで、ギョッとする様なものはいませんでしたが。
 少し調べましたが分かったのは3種だけで、残りは分かりませんでした。
 ネット図鑑なども参照しましたが、写真1枚だけでは、素人にはなおさら難しいことでした。

 
●マエアカスカシノメイガ:
 成虫は、4~9月の間、また暖地では年中出現し、夜行性で灯火によく飛来するということです。翅を開いた時の大きさ(開張)は3cmほど。
 照明のせいで写真は黄橙色がかぶってしまいましたが、実際は、胴体と翅は白くて、翅は鱗粉が少なく半透明で、前翅の前縁に赤褐色の帯状の筋があります。
 触角は糸状でした。
 幼虫は薄い緑色の小さなイモムシで、ライラックやキンモクセイなどのモクセイ科の樹木を食樹としてその葉を食べるので、市街地にもけっこう多いそうです。
 分布は日本各地。Img_8112

 
ヒロバウスアオエダシャク:→ルリモンエダシャク
 シャクガの仲間のようです。ネット上の図鑑と首っ引きで、多分そうかな、と思ったのですが確信はありません。
 開張4cmくらい、出現時期は4~11月、分布は本州以南。
 幼虫の食餌植物はウラジロガシなど。Photo_2

 
ホソオビアシブトクチバ:→アシブトクチバ
 ヤガの仲間。三角形と独特の紋様から絵合わせで見当をつけました。
 開張4.1cmほど。成虫出現時期は5~10月。
 分布は本州以南。なお茨城県では希少種とのこと。
 また、幼虫の食餌植物はバラ科のバラ、ウバメガシなど。Cfphoto_31

 
不明のガ2種:→上はシャチホコガ、下はオオアオシャチホコ2

 ここに登場した蛾は、すべて、とまっている時には翅を開いていました。

 
追記:
 先日、近くの草むらで、大きさ1cmほどの小さなガを見かけました。アカマダラメイガのようです。
 写真をパソコンで拡大して見ないと良く分からない程度の大きさです。
 これは、翅は閉じて止まっているようですから、やはり色々なのがいるようですね。Blg2010618img_8321trmcc

 
雑談:
 子供の頃、全部ではないけれど、「翅を閉じてとまるのが蝶で、開いてとまるのは蛾」、と単純化して教わりました。
 その昔は, 生物分類学上、チョウもガも、翅に鱗粉がある鱗翅目で、「蝶」亜目と「蛾」亜目に区別され、それぞれの特徴として「蝶:昼間活動、体のわりに翅が大きい、翅を閉じて止まる、棍棒状の触角、薄い鱗粉」、また「蛾:夜間活動、体のわりに胴体が太く翅が小さい、翅を開いて止まる、くし歯状又は羽毛状の触角、厚い鱗粉」などだったそうですが、その後の研究で決定的な相違点は見出せなくなり、鱗翅目の昆虫のうち一部を蝶、それ以外(蝶でないもの)を総称して蛾ということになっているそうです。
 蝶はきれいだけれど、蛾は気持ち悪い、というのは単なる先入観か、差別感情なのでしょう。
 そして、かくいう私も、蛾、と聞くとやはり、気持ち悪いと思ってしまうのです。
 蛾の皆さん、ゴメンナサイ。

2010.12.22追記
 本記事について、ATS様から、コメントにて下記*のように、ご指摘、アドバイスをいただきました。
 あらためてネット図鑑などでご指摘に従って確認したところ、お教えいただいたとおりと判断いたしましたので、「ヒロバウスアオエダシャク」とあるのはルリモンエダシャクに、「ホソオビアシブトクチバ」はホソオビではないアシブトクチバに、また不明種の上はシャチホコガ、下はオオアオシャチホコ、と修正いたします。ありがとうございました。

 *「ヒロバウスアオエダシャク」とあるのはルリモンエダシャクと思います。
 ヒロウスバは図鑑での分布が本州(東海以西)となっているように元々関東では馴染みの薄い種です。
 次の「ホソオビアシブトクチバ」はホソオビではないアシブトクチバと思います。
不明種の上はシャチホコガ、下はオオアオシャチホコと思います。

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2010年6月23日 (水)

ニワゼキショウ、ヘラオオバコ、マメグンバイナズナ、ヤエムグラ、オヤブジラミ

 変わりばえしませんが今時の雑草です。雑草の草丈が伸びて、散歩コースも通行できなくなったところがあります。いずれ除草作業が行われると、その後伸びてくる植物相はまた別のものになったりして、勢力分布が変わり、この雑草世界も不安定です。

ニワゼキショウ:
 春になると芝地や公園、道ばたなどに赤紫色の可愛い花を多数つける北アメリカ原産の帰化植物です。公園やゴルフ場などの芝地に入り込むと除草が中々大変のようです。普通、花色は赤紫色で、白い花は少なかったものですが、今は両方見られます。
 6月中旬、田んぼの中を通る幅2mほどの農道を通りかかった際に、両サイドは除草剤のせいで雑草はほとんど無くなっていましたが、真ん中あたりには雑草が伸び始め、その中に混じって群生していて目立ちました。 
 農家の方が畦道沿いに除草剤を散布されている姿がありましたので、これ以上はびこる前に枯れて無くなることでしょう。Blg20106102r

 
ヘラオオバコ:
 舗装された堤防の道ばたで、春の除草が行われてきれいになった後、5月以降に、他の雑草に先駆けて 花茎を立ち上げ群落を形成していました。大型の外来オオバコで、穂状の花序をつけ、開花時には花序から雄しべが1cmほど突き出て独特の形になります。
 雄しべから大量の花粉が放出され、花粉症の原因にもなる迷惑雑草です。Blg2010612r

 
マメグンバイナズナ:
 春の草刈りが終わった草原に5月頃から伸び出していました。北アメリカ原産の帰化植物です。茎の上部は多数枝分かれしてその先に総状の花序をつけます。花はほぼ白色の4弁花で、花後できる果実は小さいものですが、よく見ると、名前のとおり、軍配のような形をしています。Blg201061

 
ヤエムグラ:
 水辺の雑草の薮に被さるように広がりはじめていました。ヤエムグラは”八重”の名のとおり、葉を一ヶ所から6~8枚輪生します。湿り気のある道ばたや水辺の草むらなどに多く、畑などにも生育します。
 秋に芽生え始め、春になると急に草丈が伸び始め、細長く被針形の葉と葉の間が広がりますが、自らの茎で立ち上がることは出来ません。
 茎には逆向きに小さな棘があり、この棘でお互いが絡み合い、他の植物にも寄り添って立ち上がり、雑草に覆い被さるようにして生育していきます。
 手に触れるとざらざらして不快感があります。花は白色で小さく、目立たないものです。果実にはカギのある荒い毛が生えており、セーターや動物の毛などにくっついて散布される“ヒッツキムシ”になります。Blg20106183r

 
オヤブジラミ:
 夏草の茂る堤防道ばたに生えていました。花が少なく時期が少し遅かったようです。草丈は70cmくらいありましたが、全体の草姿を写真に撮るのが難しい雑草。
 茎はまばらに分岐しながら30~70cmくらいの高さに達し、複散形花序をつけ、その先に白い小さな5弁花をまばらにつけます。
 形状がシラミ(虱)にたとえられる果実は、長さ5~6mmほどの楕円形で、かぎづめ状に曲がった赤紫色の硬い毛(刺毛)がたくさん生えていて”ヒッツキムシ”になります。なお、よく似たヤブジラミは果実が小さい(約3mm)緑色で、白い花はたくさん付きますので区別されます。Blg201061_2

 つぶやき:今時、ノミ(蚤)、シラミ(虱)などの衛生害虫を”体験的に”知っている人は少なくなりました。雑草の名前に、ノミ、シラミが冠せられていて、忘れないで済むのかも知れません。

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2010年6月22日 (火)

ヤセウツボ、ムシクサ、ツメクサ、ノミノツヅリ、ノミノフスマ、

 春の終わり頃から夏に見られる雑草仲間です。毎年の繰り返しで新鮮味はありませんが記録しました。

ヤセウツボ:
 5月~6月、シロツメクサやアカツメクサなどマメ科の雑草がはびこる堤防の草むらに、毎年決まって、見栄えの悪い茶色の棒のようなものがたくさん立ち並ぶように生えてきます。
 外来生物法の要注意外来生物リスト(植物)に名前を連ねているヤセウツボ(写真下)です。主にマメ科植物やその他植物に寄生根で寄生するので、在来種や牧草の生育を抑制するおそれがあること、また現在も分布を拡大しつつあることなどが指定の理由です。現在はその動向に注意しましょう、というレベルです。Blg2010573r

 
ムシクサ:
 水はけが悪くて湿気のある道ばたや水田、湿地に生えています。広線形の葉で、白い小さな4弁花を付けています。草丈は10~20cm程度。あまり目立たない地味な雑草です。花期は4~5月。Blg2010583r

 
ツメクサ:
 厳冬期を除けば、野原や市街地のどこにでも必ず生えている細い葉を持つ小さな植物です。アスファルトのわずかな割れ目や、歩道のタイル目地、また歩道橋の上で雑草など生えようもないわずかな隙間など、他の植物はまず安定して繁殖できそうにない貧栄養、極度の乾燥に晒されることがある、などのニッチな環境に適応しています。
 葉は小さな線形で先はとがり、鳥の爪のような形をしているのでツメクサ。
 春から秋にかけての長い間、ごく小さな白い5弁花を開きます。なお花弁の数には変異が多いようです。花後に、大きさ0.4~0.5mmとごく小さな種がたくさん出来ます。
 種をルーペで覗いてみると、ツメクサの種には突起があるのが特徴と図鑑には記載されていますが、そのような突起はありませんでした。種に突起がないのは海岸地帯に生える大型のハマツメクサである、とも注記されていましたが、どう見てもそうではないので、このままツメクサとしました。Blg20105703mm3r

 
ノミノツヅリ:
 道ばたや畑地など比較的乾いたところに普通に生えている小型の雑草で、一見カスミソウのような趣があります。葉は対生で広卵形~狭卵形、葉柄はありません。
 茎は株もとからよく分岐して小さな叢を形成します。白色5弁花の小さな花を多数つけます。花期は3~6月。Blg2010572r

 
ノミノフスマ:
 田んぼの縁や湿気のある道ばたなどに群落を作る1~2年草で、3~5月に白い花をつけるハコベの仲間です。6月以降になると花は咲いても花弁がとても小さくなったり、ほとんどなくなったりします。花弁は5枚ですが、ひとつの花弁が、ほかのハコベ属と同様にV字型をしているので、一見10枚の花弁があるように見えます。茎は多数枝分かれしながら広がっていきます。葉は長楕円形で葉柄はありません。Blg2010572r_2

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2010年6月21日 (月)

サイエンスカフェ(閑話休題):その6 放射線について-研究の歴史-

 前回のサイエンスカフェに続く(5月はお休みがあり)、今回(2010.6.18)の話題は、『放射線について-研究の歴史-』でした。100618

 今を去ること、実に40年近くも昔、”放射線取扱主任者”資格試験受験のため、ほんの少し自習したことのある「放射線」でした。まぐれで資格取得は出来たものの、結局その世界とは無縁で過ぎましたが、素養のない者にとって、難しい話を難しく解説された参考書にずいぶん難儀した記憶だけが残ったものです。
 今回、難しい話を分かりやすくお話しいただいて、ああそうだったのか、とやはりほんのわずかではありましたが理解が深まりました。

●放射線の研究から原子の構造が分かり、それを説明するために、量子力学が生まれた。
●その後、陽子や中性子はクオークから出来ていて、電子、ミュオン、ニュートリノは、クオークとは別のファミリであること。
●多くの素粒子に関する現象が標準理論といわれるもので説明できること。
●なぜ、素粒子が質量を持つこと、などが、最大の加速器LHCで明らかにされようとしている。etc.

 毎回のお楽しみは、サイエンス・カフェ会場のサロン・ド・フォリオ店長が話題に沿って創作されたデザートをいただけることです。
 今回のデザートは、”量子力学を舌で味わう”ということで、マンゴーとナタデココのゼリーに別に添えられた袋の中味(特別な砂糖)をくわえると、ジリジリ、パチパチという音を発しながら不思議な動きが出て、たくさんくわえると”加速度”が増す、という解説の通り、楽しく美味しいものでした。Nec_0284

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 次回は2010.07.16です。100716

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2010年6月20日 (日)

コンフリー、ハシリドコロ(有毒植物)

 6月初旬、コンフリーは散歩コース沿いの道ばた草むらで、ハシリドコロは出かけた先の山間の沢筋湿地で見かけました。いずれも有害成分を含み、食べられません。

コンフリー:
 その昔、コンフリー(ヒレハリソウ)は日本人の好きな健康食品の1つとして巷間、もてはやされたことがありました。家庭菜園などでも栽培されていたものですが、やがてその後、科学的根拠に基づいて健康食品など商品としての流通は禁止されました(http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/shokuhin/dokusou/25.html)ので、もうすっかり忘れ去られています。
 たまたま通りすがりの道ばた草むらに、記憶にある植物が一株だけ混じっているのに目がとまり、写真に撮って帰り、調べてみると紛れもなくコンフリーでした。Mg_8077

2r
                          (2010.06.04撮影)
 コンフリーは葉がビロードのような毛で覆われている多年草で、地下部を切断すると個体数が増えてしまう性質があり、野外に逃げ出して日本中に広まってしまったものをこれからどのように防除していくかが課題になっているようです。なお近くでは見かける頻度は多くはありませんが。

 
ハシリドコロ:
 ハシリドコロは落葉広葉樹林下に生育し、山地の沢筋や谷の平坦地、斜面下部に生育することが多い多年草です。早春に芽を出し、新緑の頃には群生して花を咲かせますが、6月終わり頃には地上部はなくなってしまいます。
 この点は、早春から初夏にかけての短い期間にだけ地上部をあらわし、スプリング・エフェメラル(春の妖精:早春植物)と呼ばれるセツブンソウやカタクリなどと同じですが、”妖精”と呼ばれる雰囲気はなくて敢えて言えばどことなく怪しげ、でしょうか。
 沢筋に生えていたもの。見渡すとたくさんの株がありました。Img_8165

 
 地下に太い根茎があり、勢いのある地上茎を出し、高さ50cmほどになります。葉は長さ20cmほどで柔らかくて両面無毛。4月から6月初めにかけて、葉腋に暗紫紅色の花を付けています。2r_2

3r              (2010.06.06撮影)

 全草柔らかく、食べられそうですが有毒植物です。成分はアルカロイドの一種、スコポリンとのこと。誤食すると狂乱状態になって、走り回るのでハシリドコロの名前が付けられたとのことです。(この時期、走り回るサッカーW杯の選手は特に要注意でしょう。昨日のオランダ戦、日本は善戦しました。つぎのデンマーク戦、期待しています。)(http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/shokuhin/dokusou/05.html
 ともあれ植物体地上部が見られる期間は限定されているために、見かける頻度は多くはありません。分布は本州から九州。

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2010年6月19日 (土)

ミゾコウジュ(環境省RDB準絶滅危惧(NT))

 数年前、はじめてお目にかかった時には珍しく思ったミゾコウジュですが、それ以来毎シーズン、けっこうあちこちで見かけることができる事が分かりました。
 ちりめん状のぼこぼこした葉と、学名がSalviaとなっているように、サルビアの仲間の特徴である四角い茎に、青紫色の小さな唇形の花をたくさん咲かせる越年草です。
 今シーズンも、先日夏草が茂り通行も困難になりつつある草原を覗いてみると、遠目には一面ぼんやり紫色に見えるほどの群落になっていましたので”ついでに”写真に撮ってきました。Img_8063

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Img_8059_2                  (2010.06.04撮影)

 日当たりが良くても湿り気が残る、そして雨がなければ乾燥し、降ればすぐに水浸しになる、そんな荒れ地や道ばた、草地に結構たくさん生育しています。当地では、草刈りや除草剤散布がなければ相当にはびこってしまうのではないかと思うくらい、5月はじめから(夏期のいっせい除草作業で無くなるまで)方々に見られます。
 なお、昔は農地や河川敷などにごく普通に見られたそうですが、環境の人為的攪乱や農薬などの生育環境変化の影響でだんだん生育地域が限定され生育数が減ってきたのではないかとされて、環境省レッドデータブックでは準絶滅危惧(NT)に指定されています。
 花期は5~7月、分布は本州以南。

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2010年6月18日 (金)

スズメのヒナ受難

 梅雨の晴れ間、真夏の陽気になった日の午後、所用で外出してから2時間ほど後、帰宅した玄関先のコンクリート床に、なんと一羽のスズメのヒナが落ちていました。3img_8249

 
 しゃがみ込んで確認すると、ほとんど丸裸で、孵化後二~三日しか経っていないように見えました。外見上は全く無傷でしたが、かわいそうに、もう絶命していました。どうしてこんな処にと、真上を見上げてみると、青空しかありません。Img_8251

 
 落ちてからしばらくもがいて最初に落ちた位置とは違っていたとしても、どう見回してもスズメが巣作りできそうな構造物や空間は近くには見あたらず、またこれまで自宅周りで雀のヒナがかえっている気配や心当たりもありません。
 ただ、この春に、玄関先の植木にキジバトが小枝をくわえて繰り返しやって来るのに気がついたことがありました。しかし道路に面したこの場所ではやはり落ち着いて営巣できないと、途中であきらめたらしく、その後やって来なくなって良かったなと思った事がありました。
 そんなこともあったので、あらためてこの樹のまわりも点検しましたが、結局、どこからどうしてここに落ちていたのかは何もわかりませんでした。
 これまで屋外コンテナ水槽で飼育してきたたくさんのメダカが、寿命を迎えて星になるたびに庭のバラの根元に”埋葬”していますが、この不運なスズメのヒナもここに埋葬しました。

 余談ながら、スズメの個体数が減少しているのではないかとマスコミ報道などでも時に見聞きします。これまで全国的に、年代を追った厳密な生息数調査の記録はないそうですが、それでも専門家の方々がいろいろな調査結果を発表されています。(日本鳥学会誌 Vol. 58 (2009) , No. 2 pp.161-170:http://www.jstage.jst.go.jp/article/jjo/58/2/58_161/_article/-char/ja
 それによると確かに”激減”しているらしく、その原因もいろいろと推定されています。
 やがていずれの時か、その延長線上に、ホモサピエンスも登場するのでしょうか。

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2010年6月17日 (木)

サクランボ(櫻桃)

 サクランボを頂きました。

 「くだものの宝石」とも呼ばれる「さくらんぼ」は、比較的寒冷地向きの果樹で、山梨が日本列島の南限といわれてるそうですが、その山梨の篤農家で丹精して作られたみずみずしい初夏の味覚です。2

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 ”サクランボ”、あ、そうだと思いだして、本箱から引っ張り出して見ました。

          櫻桃                 太宰  治Img_5716
       (昭和23年7月25日発行 実業之日本社)

 
 櫻桃が出た。
 私の家では、子供たちに、ぜいたくなものを食べさせない。子供たちは櫻桃など見たことも無いかも知れない。食べさせたら、よろこぶだらう。蔓を絲でつないで、首にかけると、櫻桃は珊瑚の首飾りのやうに見えるだらう。
 しかし、父は、大皿に盛られた、櫻桃を、極めてまずさうに食べては種を吐き、食べては種を吐き、さうして心の中で虚勢みたいに呟く言葉は、子供よりも親が大事。  -(終)-

 「親が大事」、と、そこだけ納得したのですが、どこからか種のつぶてが飛んでくるような気もする小心者で・・・

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2010年6月16日 (水)

6月のバラ「未来」、メダカ水槽にトンボのヤゴ

 6月上旬、 鉢植えで、”丹精込めないで”育てているバラ・「未来」が、一輪、少し小振りな花をつけました(写真上。なお下は茨城フラワーパークで撮影したもの)数年前、よく通った茨城フラワーパークで、20周年記念花としてバラ育種家の寺西菊雄氏が作出された”茨城フラワーパーク・オリジナルローズ”ということで買い求めたものです。
 丹精込めればもっと大輪のすばらしい”作品”になる素材なのですが・・・(枯れないだけマシです)2r

 
 同じ頃、プラスチック・コンテナの屋外メダカ水槽に、今年もトンボのヤゴが見つかりました。大きさ約2cmのものが2匹いました。容器壁や底土に殖えすぎて困る藻類の”草取り”清掃をしているときに見つけたものです。掴まえるのに失敗すると、藻の中に潜り込んで完全にカモフラージュされ、見つけるのが困難です。
 しばらく後に、水底の”草むら”に潜んでいる1匹を掴まえることが出来て、写真判定したところ、どうやらノシメトンボのヤゴのようでした。
 ”同居人”のクロメダカ(野生メダカではなく、ホームセンタで購入したもの)は、水槽も野生のものとは別にして飼育していますが、子メダカが殖えても困りますので、特別な対策は行わないで3年以上経過し、生育していた個体の履歴も不明になってしまいました。
 そして昨シーズン中に、大部分の成魚が個体の寿命を迎えたのでしょうか、次々に死んで、今残っているのは5匹だけになりました。
 生まれたての子メダカはトンボのヤゴの餌食にされますので、これまではヤゴは見つけ次第、強制疎開させていましたが、今回は、成魚だけですから”運命共同体”としてこのまま同居させておくことにしました。Img_5665trmcc

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追記後日談:
  6月下旬から7月はじめにかけて、複数のメダカ水槽の水草茎に、同じ種類のヤゴの脱皮殻が5匹分見つかりました。そして脱皮殻の傍らで羽化に失敗した成虫が1匹、飛べないでいるところも発見しました。
 改めて調べたところ、ヤゴはノシメトンボのものではなく、ナツアカネと分かりましたので、ここで訂正いたします。(2010.7.6)

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2010年6月15日 (火)

関東も梅雨入り:アゲハと初夏の雑草など

 前夜半から小雨模様。そして14日、関東地方も平年より6日、昨年より11日遅れて梅雨入りし、今年の梅雨は長引きそう、ということでしたが、そんな鬱陶しいお話は吹き飛んでしまう、小惑星探査機「はやぶさ」の快挙でしたね。7年、60億キロの旅。宇宙の迷子になってしまう数々のトラブル、ピンチを克服して帰還し、完全燃焼。心に響きました。

 サッカーのワールドカップ(W杯)南アフリカ大会、日本、カメルーンとの初戦は1-0と、海外でのW杯で念願の初勝利でしたね。後半ロスタイムに入ってからはドキドキでしたが。快挙が続きました。

 さて、かわって平凡な日々の日記です。

アゲハ:
 午後、しとしと降る雨の中、買い物に外出した際、ご近所の道の真ん中に雨に濡れながら、どうやら羽化してまだあまり時間が経たず、さらに4月並の気温という梅雨寒のせいで、翅を閉じたまま動けないでいるアゲハを見かけました。指先でつかめるまで近づいても動きません。Img_8203

 
 指先で触ると、ゆっくりと翅を広げて、やめて下さい、という風情です。車が来たら困るな、とは思いながらそのままにして通り過ぎました。(あとで写真をよく見ると右後翅が伸びきらずに少し変です)。Img_8205

 
初夏の雑草:
 小学校裏の遊歩道を通りましたが、先月除草されてきれいになっていたのに、道の両端や植え込みの中に、もう初夏の雑草がしっかりと生えていました。
 ドクダミ、ヒルガオ、イヌタデ(アカマンマ)、カントウヨメナ、4r2_2

 
 そして、ユキノシタ、ハキダメギク、ヒメジョオンです。3r

 
傘の花とアジサイ:
 買い物の帰り、ちょうど小学校の退校時間で傘の花。
また数日前から咲いていた庭のアジサイだけは、やはりこの天候には似つかわしい感じでした。2r

 今後しばらくは雨続きの予報です。

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2010年6月14日 (月)

クロアチアを巡る4カ国周遊の旅(4完)

 2010/5旅の続きです

7日目(5/24月曜日):
 《クロアチア/プリトヴィッツェ湖群国立公園》
 今回の旅の目玉の1つ、プリトヴィッツェ観光です。プリトヴィッツェ全域の景観の美しさは数十万年の歳月をかけて造られたもので、一帯はカルスト地層でここに降った雨水が長い年月をかけて地下の石灰岩の間をくぐり抜け、最下層の粘度砂岩層に達すると地下水脈となり、カルスト湖として地下に蓄えられます。
 この源泉から湧き出た泉が石灰岩層を通り浄化されて再び地表に現れます。このため水の透明度が極めて高いのです。
 かつてはセルビア・クロアチア戦争最大の激戦地であったという、この世界遺産プリトヴィッツェ湖群国立公園へは宿泊ホテルからすぐ歩いて行けるロケーション。朝夕の自由時間にも近くの散策が楽しめました。
 16の湖と大小さまざま、無数の滝が織りなす自然美は「ヨーロッパで最も特異的な景観」と呼ばれるそうで、階段状に形成された特異な湖と独特の水の透明度、そして時間/光とともに刻々変わる水の色合い、また美しい木々の緑の自然美は本当に見事なものでした。当日のガイドさんによれば、水量がいつもよりかなり多いということでその分さらに見応えがある景観になっていたのだと思います。
 まずホテルの近くのシャトルバス(エコカーといっていましたが)で、ミラノヴァツ湖近くのステーションまで行き、そこからウオーキングスタートです。しばらく歩くと展望台へ。公園内でいちばん下流になる標高483mにあるサスタヴツィ滝を眺めてから坂道を下り、大小の滝を眺めながら、国内最大の落差(78m)という見事な大滝ヴェリコ・スラブへ。
 水量も多く水しぶきで(防水仕様でないカメラでは)撮影が大変でした。見学後少し引き返してから順路に従って遊歩道ハイキングを続けました。また公園内でいちばん大きなコジャック湖では電動ボートに乗ったりして、終日ゆっくりそして存分に楽しむことが出来ました。
  Blg12r1

 
 観光途中の昼食はレストランでマス料理。午後は公園内最高位、標高637mのプロシチャンスコ湖までのトレッキングを楽しみました。平和のおかげです。
  夕食はやはり外のレストランでポーク料理。よく運動したおかげでお腹は空いたのですが、たださすがにこの頃になると、日本食が恋しくなってしまいました。「イェゼロ」泊。Blg12r2
 
 なお、余談ですが、国立公園に近づいたバスの窓から、国立公園を取りまくのどかな山村には、今も銃弾の後が残る家や、屋根が焼け落ちた家、廃屋になったまま持ち主の戻らない家が点在しているのが目に映りました。

 
8日目(5/25火曜日):
 《クロアチア/ザグレブ》
 プリトヴィッツェを立ってクロアチアの首都ザグレブへ向かいます。
 途中でコロナ川の流域にあるスルジ村で写真撮影を兼ねて小休止。そして次にトイレ休憩も兼ねて「野外戦争博物館」に立ちより見学しましたが、日本にはこのような展示はありませんね。戦争の記憶を忘れないように、ということですが。
 
 ザグレブ着後、ビール工場併設のレストランで昼食。メニューは七面鳥肉にチーズを挟んで、大きなコロモをつけて油で揚げたカツレツ風の揚げ物と煮野菜の付け合わせ。
 大したことではありませんが、私のところにサービスされた皿には、(他の皿には付け合わせされている)2個の芽キャベツが無く、しかも分厚い揚げコロモに隠れていた七面鳥肉にはチーズが挟まれていない!という大当たりでした。特に文句は言いませんでしたが、日本ではあまり経験できないことでしたね。ビールは美味しかったです。
 
 昼食後、ザグレブ市内観光に。まず先に青空市場を覗いて、洋梨を買って食べたり、地下街の肉売り場や鮮魚売り場を覗いたりして町の生活感覚を楽しみました。Blg9r

 
 その後、市内の見学に。
 ザグレブは1991年の独立後にクロアチアの首都になりました。人口およそ80万人の内陸に位置する町で、アドリア海に沿って連なるディナル・アルプス山脈によって地中海世界から遮断されていたためヴェネチアの影響を受けず、町の雰囲気に影響を与えてきたのは長い歴史を共にしたハンガリーとオーストリアです。
 そのため特に旧市街はハプスブルグ時代の面影を漂わせる壮麗な建物が並ぶ、内陸中央ヨーロッパの町です。まず聖母マリア被昇天大聖堂の見学をしました。また後の自由行動の時には塔屋まで登りザグレブ市街の展望を楽しみました。
 また旧市街では、奇跡のイコンのある石の門、屋根が美しい聖マルコ教会、聖カタリナ教会、そして中心街の共和国広場ではクロアチアの英雄イェラチッチ総督の銅像やパステルカラーの優美な建物などを見学しました。
 さらに、観光客は運賃無料というトラム(市内循環路面電車)に乗って、ザグレブ中央駅周辺など、新市街の見学も楽しむことが出来ました。Blg122

 宿泊はザグレブ郊外のホテル「ポリン」。早いもので明日はもう帰国の途につきます。スーツケースを整理して早めに就寝。

 
9日目 (5/26水曜日):
 《帰途》
 ザグレブからスロベニアに入国、パスポートチェックがありました。沿道では、氷河が溶けた水に含まれる石灰成分で白濁する特異な川の流れなどに見とれているうちにクラーゲンフルト空港へ到着。
 8日間お世話になったバスの運転手さんに御礼を言ってお別れし、ここから小型のプロペラ機でミュンヘンに。窓から残雪の風景など眺めているうちに、ミュンヘン着。ここで乗り継いで成田までおよそ11時間30分のフライトです(機中泊)。Blg9

 
10日目(5/27木曜日):
 朝10時 ほぼ予定どおり成田着。
 季節も良く、宿泊地には日本のようなハイテクや(過剰)サービスはないものの、過大な観光施設や、観光地によくある物売りにつきまとわれるようなことは一切なくて、安全で、また素朴で自然な人々や風物などに接することができて、終わってみれば短い間でしたが、爽やかな印象が残る良い旅ができました。                                 (完)

                                

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2010年6月13日 (日)

クロアチアを巡る4カ国周遊の旅(3)

 2010/5旅の続きです

5日目(5/22土曜日):
 《クロアチア/ドブロヴニク》
 ホテルを出てから午前中いっぱいかけて、アドリア海の真珠といわれるドブロヴニク観光へ。ドブロヴニクはクロアチア観光のハイライトです。オレンジ色で統一された屋根が並ぶ旧市街は高く重厚な城壁に囲まれており、どこから見ても絵になる光景です。
 ドブロヴニクは過去、1667年の大地震で建物の大部分が瓦礫と化したり、1991年のユーゴスラヴィア連合軍の攻撃で破壊されたりしましたが、その後精力的な修復がなされ現在の見事な世界遺産の街並みになっています。町の約2/3までが壊れたものを再生したのだそうです。
 フランシスコ会修道院、大聖堂、ピレ門、プラツァ通り、スポンザ宮殿、旧港、旧総督邸、オノフリオ小噴水などゆっくり見学。Blg1

 
 その後の自由行動時間に、ドブロヴニクを外敵から守り続けた一周約2kmの城壁を、およそ1時間かけて周回する空中ウオーキングに出かけて、城壁のうえから、地上では見られない美しいオレンジ色の街並みと表情を観賞することができました。
 またアドリア海の独特の青とのコントラストも、とてもきれいで印象に残りました。
 その後、市場の雑踏などを覗いてからここを離れ、バスで次の目的地に向かう途中の展望台から、あらためて絵はがきにあるドブロヴニク風景を遠望しました。Blg2

 その後、レストランで魚料理の昼食とビール(650円)を楽しみ、次の観光地、モンテネグロのコトルに向かいました。

 
 《モンテネグロ/コトル》
 モンテ:山、ネグロ:黒い、で、モンテネグロは「黒い山」が連なる国ということだそうです。国境を越えますのでクロアチア出国、モンテネグロ入国のパスポー・チェックがありました。ボカ・コトルスカ湾沿いに走るバスの車窓から、鏡のように静かな水上に浮かぶ修道院の風景などを眺めながらコトルに到着。 
 2000年の歴史を持つモンテネグロの都市コトルはアドリア海の入り江にある港町です。断崖と堅固な城壁に囲まれた旧市街は12~14世紀に形成されたもので、世界遺産に登録されています。
 12世紀に建てられた聖トリプン大聖堂はロマネスク様式の教会ですが、大地震に見舞われて大きな被害を受けたものを、元通りに再現して世界遺産に登録されました。内部には美しいフレスコ画が残っています(撮影禁止)。
 教会や城壁に囲まれた旧市街を見学。押せばちゃんと水が出る手押しポンプの井戸も保存されていました。
 また断崖のように背後に迫る山並みと、その険しい山上に延々と張り巡らされた城壁には強い印象を受けましたが、時間足らずで城壁の一部までしか登れなくて残念でした。山の中腹にはペストの蔓延を防ぐことを願って建てられた救世聖母教会があり、頂上には要塞が立っていて国旗が翻っているのが望遠で確認できました。
 もっとゆっくりしたかったのですが、これで出国、宿泊地のクロアチアに戻りました。
 夕食時、アドリア海に沈む夕日がとてもきれいでした。Blg15r

 なお余談ですが、2泊目のホテルで、エレベーターに閉じこめられました。ふたり連れの外国人が駆け込んで来てドアが閉まったところで、“このエレベーターはサービスを停止しました”、という英語のメッセージが表示され、まったく動かなくなりました。
 やむなく非常ボタンを押して、数分後“救出”してもらいましたが、乗り合わせた人は、もう二度と乗らない、階段で行くと憤慨していました。やはり日本とは違うようです。
 夕食は連日、ホテルでバイキング。

 
6日目(5/23日曜日):
 《ボスニア・ヘルツェゴビナ/モスタル》
 ドブロヴニクを出発して約140km、ボスニア・ヘルツェゴビナの古都モスタルへ向かいます。国内の南西部を占めるヘルツェゴビナ地方の首都です。道中、車窓から眺めるダルマチア地方の景色はすばらしいものでしたが、モスタルに近づくにつれて、建物のあちこちにボスニア・ヘルツェゴビナ戦争時の銃弾の跡が残っていて、今は対立もなく平和になっていますが当時の戦争の悲劇を物語っているようでした。
 世界遺産に登録されているモスタルは絵に描いたように美しい石橋が象徴的な谷間の町です。石橋は16世紀に建造されたものが1993年、ボスニア内戦のあおりで砲撃を受け破壊されてしまいしたが、2004年には復旧再建され、この地区は2005年に世界遺産に登録されています。現在の橋のたもとには「93年を忘れるな」と書かれた小さな石碑が置かれています。
 賑わいを取り戻したモスタルはこれまでのアドリア海沿岸の町とは違ったトルコの雰囲気が漂っていました。さして大きくない市内でしたが見学を楽しむことができました。
 
 昼食は肉料理。インドのナン風に焼いたパンを開いて中に肉料理を挟んで食べます。美味しかったです。(とても食べられない、と手をつけなかった人もいましたので好みは分かれるようですが・・・)   
 パンを焼いている厨房で、写真を撮っても良いかと聞くと、にっこりしてOK。Blg13r

 なお後で調べてみると、この肉料理“チェバプチチ”はこの辺の国々ではありふれたもので、ひき肉に塩・スパイスを利かせて棒状ハンバーグのように焼いたもので、これを“レピノンlepinom”という円盤状に焼いたパンに(4等分しにしてから)水平に切り込みを入れたものに挟んで食べる、というものでした。

 
 《クロアチア/プリトヴィッツェ》
 昼食後、プリトヴィッツェに向かって約335km、およそ5時間半、内陸の長距離移動です。ボスニア・ヘルツェゴビナから国境を越えクロアチア領内まで戻り、しばらく海岸沿いを走り、やがて海岸線から離れて内陸へ入っていきます。Blg69r

 これまで全行程を通じて、大型バスの座席2人分を1人で使用できる参加人数で、ゆったりしたバスの旅ではありますが、すっかり腰が痛くなる頃にプリトヴィッツェのホテル「イェゼロ」に到着。
 (余談ながらこのホテルはプリトヴィッツェ国立公園の中では最大、最新のホテルということでしたがやはり日本のレベルとは違います)。夕食メニューは外のレストランでビーフストロガノフ、但し中華風でした。(2連泊)

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2010年6月12日 (土)

クロアチアを巡る4カ国周遊の旅(2)

 2010/5旅の続きです。

3日目(5/20木曜日):
 《クロアチア/リエカ》
 オパティアを立ち、地中海の1部であるアドリア海を南下。クロアチア最大の貿易港リエカヘ。”川”という意味の名前の町リエカは小さい都市ですが、ベネチアの影響を受けた城塞都市でした。着後、リエカ市内観光。
 リエカは川崎市と姉妹都市の提携をしていて、その記念の「友情」モニュメントがありました。リエカの守護聖人を祀る「聖ヴィート大聖堂」や、オーストリア時代の雰囲気を残す旧市街を見学しました。Photo_2

 
 《クロアチア/ザダル》
 リエカ観光後、セーニを通過して、かつてダルマチア地方の中心として栄えた港湾都市ザダルへ約300km、3時間半のバス移動。
 沿道に途切れることなく見られた一面の黄色い花の群生はエニシダ。羊が食べると有毒で死ぬことがあるので、駆除しているが追いつかないということでした。これも1つの環境汚染でしょうか。(マメ科エニシダにはスパルティンというアルカロイド成分が含まれ、神経毒性があり、多量に食べると神経麻痺や呼吸困難で死亡することもあるということ)

 カサゴ料理・ブイヤベースと250円ほどの美味しい赤ワインの昼食後、ザダル市内観光。

 ザダルの旧市街は長さ1キロほど海に突き出した長方形の半島からなり、歴史を通じて町は十字軍など幾度もの攻撃で打撃を受けてきましたが、二千年以上前からの歴史遺産が数多く残っています。見どころは多く、特にザダルのシンボルになっている聖ドナト教会に代表される教会関連施設はクロアチア屈指の充実度を誇るということです。
 潮風が奏でる音色というシーオルガン、9世紀に建てられたプレ・ロマネスク様式の円形教会で、ザダルのシンボル・聖ドナト教会、そして聖マリア教会・修道院などを見学しました。また自由時間には鐘楼にも登り、町並み展望も楽しみました。16r

 
 《クロアチア/シベニク》
 見学後、バスで次の、中世の街並みを色濃く残すシベニクヘ。シベニクも元ベネチアの影響下にあった都市で、アドリア海岸のほぼ中央に位置し、今はダルマシア地方観光の中心都市です。
 海沿いに広がる町並や市庁舎また市内の到る所にある教会や町通りを見学し、さらに見どころの世界遺産である、72人もの市民の顔が外壁に彫り込まれた「聖ヤコブ大聖堂」などを見学しました。その後の自由時間には旧市街と海の双方を眺望できるパナラマスポット・「聖アン(ミホヴィル)要塞」の上まで登り、町を一望する絶景を楽しみました。Blg5r

 この日はよく歩きました。またバスから見えたアドリア海のブルーが印象的でした。シベニクの宿泊はホテル「ジュレ」の予定でしたが“突然変更させられた”「イワン」ホテルへ。かつての社会主義国家の亡霊の片鱗が見えたような気がしました。
 たまたまですが、割り当てられた部屋のカギが不良で、開閉に“コツ”があってなかなか容易には開け閉めが出来ないという体験をしました。夕食はバイキング形式で、どうしても食べ過ぎに。

 
4日目(5/21金曜日):
 《クロアチア/クルカ国立公園》
 シベニクを立って、2010年新たになったクルカ国立公園へ。後の日程で訪問するプリトヴィッツェ湖群国立公園と同様、カルストによって造り出された湖、滝、早瀬が、クルカ川沿いに連なる絶景の広がる国立公園です。
 自然の景観と、歴史や民族衣装などの展示物や小屋などの見学が楽しめました。さらに公園内屈指の名所である滝「スクラディンスキ・ブク」。全長800mを17段の滝が連なって流れ落ち、最後の滝はエメラルド色の湖に注ぎ込んでいます。このスクラディン滝の近くには遊歩道が巡らされていて階段状に連なる滝を眺める爽快なウオーキングを楽しみました。またスクラディン滝の上流には長さ3kmのヴィソヴァツ湖があり、真ん中にフランシスコ会修道院がたたずむ小島が浮かんでいます。この湖の遊覧船による観光も良いものでした。Blg10r

 公園総面積142平方kmの内、約2割が水面で占められ、水流と緑が生み出す絶景が人々を魅了するというその水量が、やはり異状気象ではという、直近の大雨で、普段は乾いた草原だという所まで川のように水が流れ、当然、本流の滝などは豊富な水量で見応えのあるものになっていました。
 余談ながら近年どこに行っても聞かれる”異状気象ではないか”という言葉が気になります。

 
 《クロアチア/スプリット》
 クルカ国立公園の観光後、バスで次の目的地スプリットへ向かいます。途中、国営レストランでローストポークの昼食を食べ、またプリモシュタイン(島の町)を車窓から眺め、スプリットへ。沿道にはやはり黄色のエニシダと、大きく花茎の伸びたリュウゼツランが目立ちました。
 スプリットは世界遺産に指定された古代都市が残る神秘的な町で、ローマ皇帝ディオクレティアヌスの宮殿の上に築かれた町です。旧市街である宮殿の広さは南北が215m、東西が180mあり、周囲を厚さ2m、高さ約20mという巨大な壁によって囲まれています。
 旧市街の中心部ペリスティルという広場を中心に、当時は北が兵舎、南が皇帝の私邸に分かれていました。現在は大聖堂になっているディオクレティアヌスの霊廟、洗礼室になっているジュピター神殿や宮殿地下などを見学。
 自由時間には大聖堂に隣接する鐘楼の頂上まで登り、すばらしい眺めを満喫しました。古代ローマをしのぐ大きな遺跡、その規模に驚きました。Blg10r_2

 
 《クロアチア/ドブロヴニクへ》
 スプリット見学後、本日の宿泊地ドブロヴニクへ向かいます。途中、ボスニア・ヘルツェゴビナの海岸線の1部がクロアチア領内に入り込んでいて、ここを横切るためにボスニア・ヘルツェゴビナ領のネウムに入出国します。
 ボスニア国境では一応簡単なチェックがありました。”どこから来たか、日本、OK”
 トイレ休憩を兼ねて立ち寄ったネウムのスーパーではユーロが使えて(クロアチアではクーナ)しかも安価なので、買い物も。
 漬け物などに最適という、安くて美味しい「お塩」がお土産にも最適とか。通関時に例の”白い粉”と疑われて困るのではないか、いや舐めてみればすぐ分かるよ、など言い合いながらたくさん買い込んだ人も。
 再びクロアチアの海岸沿いにムール貝の養殖ウキやイカダの風景を見ながら宿泊地のドブロヴニクへ。途中レストランで夕食シーフードリゾット。
 ドブロヴニク到着はpm21:45と遅くなりました。ホテル、「インポータンヌリソート・ネプチューン」泊(2連泊)。
 なおこのホテルで宿泊した部屋では、洗面所の水抜き栓が閉まったままで排水できず、翌朝、修理を依頼しておきましたが、修理ではなく、水栓が撤去されていました。今度は水が溜められないということになりました。まあ、溜められなくても一向にかまいませんが、日本ではまず無いことがまだまだ普通に残っているようでした。

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2010年6月11日 (金)

クロアチアを巡る4カ国周遊の旅(1)前置きと概略日程

 2010年5月中旬から10日間、アドリア海の海洋都市と東西文化の十字路と呼ばれるクロアチア、スロベニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロ4カ国を巡る初めての旅に行ってきました。

旅に出る前に、前置きとして暇人のつぶやき:
 現在の国際社会においても、異なる宗教国家間で、また同じ宗教国家内において宗派間の対立に起因する争いは絶えることがありません。そのような闘争/抗争の原因になる宗教というものは一体いつ頃から人間の大脳に住みついたのでしょうか。

人類誕生
  46億年前に地球が誕生し、およそ40億年前には生命が誕生しました。そして700万年~500万年前くらいになると、より人間に近いヒト亜科として区分される動物がアフリカに出現しました。直立二足歩行の習慣を持つ霊長類で、大脳の大きさにも変化が現れはじめていました。これらが人類の直接の祖先と目されています(人類誕生)。
 そしてそれから一直線に進化したのではありませんが、歴史的には猿人、原人、旧人、新人と四段階の進化を経て、その間には数多くの人類種が存在し、そのうちのいくつかは同時代に共存しながらも、結局のところ、枝分かれしたいくつかの人類系統のうち1つだけが、ホモ・サピエンスへ進化しました。そしてこのホモ・サピエンス(=世界中のすべての現代人の共通祖先)の故郷は、約20万年前のアフリカであるとほぼ確定されています。

ホモ・サピエンス
 このホモ・サピエンスの最も重要な特徴、すなわち「世代を超えて知識を蓄積し、祖先から受け継いできた文化を創造的に発展させていく能力」は、およそ5万年前に確立したと考えられています(→意識のビッグバン)。
 5万年前の祖先は私達現代人と基本的に同様の知的潜在能力をもっていた、ということです。そしてこの時、5万年前、人類の壮大な旅が始まりました。アフリカを出て全大陸へと拡散するフィジカルな旅と、同時に、「残酷と利他」という人間性の不思議、人間性(助け合い、闘争、所有、死者の埋葬、愛と憎しみ、畏怖、言語の起源、そして宗教etc.)進化のメンタルな旅に向かって。
 ただ残念なことには、“人間性”なる精神活動は、化石に残らず、X線写真にも写らず、また解読可能な文字記録が残る以前には、その証拠を具体的に示すことは困難です。

宗教
 さてそれでは、宗教はいつ生まれ、発展したのでしょうか。宗教が生まれた年代は言語が出現した年代と同じである、そして言語の起源は、化石人類の解剖学的喉(のど)の構造と認知能力を併せて推定すると、文法言語を駆使するようになったのはホモ・サピエンスになってからで、しかもアフリカから出る直前だったであろう、そうならば、宗教も5万年前の直前だったのではないかという、1つの説明がありました。素養のない者には知りようもなく、証拠も明らかではありませんが、一応そうだと考えましょうか。

バルカン半島
 突然ですが、バルカン半島に「7つの国境、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字、1つの国」と様々な違いを象徴的に語られた「旧ユーゴスラビア」という国家がありました。
 この国は第2次世界大戦の後には、カリスマ的存在であったチトー大統領の下に、多様で雑多な社会がユーゴという1つの国にまとめられて安定が保たれていました。しかし1980年、チトーが死去し、くわえて経済状態の悪化が重なった結果、それまで続いていた独自の自主管理社会主義が行き詰まり、たちまち崩壊していきました。
 1990年代にはスロベニアの独立、マケドニア共和国独立、ボスニア紛争(民族浄化)、ボスニア・ヘルツェゴビナ独立、クロアチア戦争(独立)、コソボ内戦と、紛争の絶えることがありませんでした。そして2006年モンテネグロ共和国も独立しました。
 もともとバルカン半島の諸国は、たび重なる列強による支配、侵略、占領・分割、また宗教戦争、民族紛争、民族浄化という悲惨な内戦など、平和ボケの日本人には想像しがたい戦乱の歴史を刻んでいます。
 歴史の歯車を逆に回すことは出来ませんが、さまざまな多様性や違いを認め合い尊重することの重要さをあらためて教えられるバルカン半島諸国の苦難の近代史です。この苦難の戦史の中でも大きな比重を占めた争いの1つは宗教戦争でしょうか。
 「神」を永遠、唯一の創造者として崇め命をも捧げるという、絶対的な宗教にも信仰心にも無縁な者にはなかなか理解が難しい状況ではあります。

人間性の進化
 そして素朴な疑問ですが、大きくは終わりのない異宗教国家圏の紛争、小さなことでは権力、金、名誉という欲望、いずれも“人間性”に基づく行動でしょうが、一体全体、自ら賢いヒトと称するホモ・サピエンスは、5万年前から本当に進化しているのでしょうか。

さて、暇人の下手な考えはお終いにして:
 旅日記です

 5月中旬、クロアチアを中心に、スロベニア、モンテネグロ、ボスニア・ヘルツェゴビナの観光旅行に行ってきました。もちろん、お仕着せのツアーです。
 異なる歴史や伝統文化に接することによって非日常性を楽しむことが出来、それと同時に、国際政治、経済、社会の中で少しずつ地盤沈下している我が日本の現状を憂いながらも、あらためて日本の良さも再認識した旅でした。

 はじめに今回の旅行の概略日程地図です。(以下、画像はクリックすると拡大表示になります)Blgimg_5555vc

 
 ここから旅行日記です。

1日目(5/18木曜日):
 《成田からスロベニア/ブレッドへ》
 ルフトハンザ航空でフランクフルトへ(11時間)、そこで乗り継ぎグラーツ経由でスロベニアのブレッドへ。ホテル「クリム」泊。日本との時差は7時間。日の入りは午後8時以降で、8時過ぎまで明るいです。
 なおスロベニアは基本的に観光立国で、林業、牧畜、工業などの産業は少ない現状という。
 またこの地域はもともとヨーロッパからの観光客がほとんどで、近代の宗教戦争や民族紛争、またチトー後のユーゴ崩壊などの政治、経済、また社会的影響もあって、クロアチア周辺を含むこの地域への、日本からの団体ツアー企画は5~6年くらい前から本格的になり、まだ観光ツアーの歴史は浅いということでした。

 
2日目(5/19水曜日):
 《スロベニア/ブレッド島、聖マリア教会》
 早朝、ブレッド湖畔散策。朝食後、午前中はブレッド観光に。アルプスの瞳と呼ばれ、緑鮮やかな山に囲まれた湖、湖の小島とかわいらしい教会、崖の上の城、その背後に美しいアルプスの山、と、まさに絵はがきのように美しいメルヘンの世界が広がっていました。
 まずブレッド湖とその中に浮かぶ小島・ブレッド島に建つ教会(聖マリア教会)まで、昔ながらの手漕ぎボートで往復。環境への配慮からモーターボートの使用は禁止だそうです。
 小島の教会はスロヴェニア人あこがれの結婚式場にもなっています。鐘を鳴らすと願いが叶うといわれる「望みの鐘」が有名です。いまさら鐘など鳴らしませんでしたが。Blgnew

 《スロベニア/ブレッド城》
 その後バスで、湖畔の崖の上に聳え立つブレッド城へ。ブレッド城から眺めるブレッド湖と小島の眺望もなかなかのものでした。ブレッド湖畔はオーストリア時代には貴族の避暑地として、またチトー時代には彼の別荘があった、とてもすばらしいところでした。   
 このブレッド城は十一世紀にブリクソンの司教が建てた城で、展望台からは2,236mのストール山をはじめとするカラバンケ山脈と、天気に恵まれたおかげでスロベニア最高峰のユリアンアルプス・トリグラフ山(2,864m)を望むことが出来ました。
 また城内には十六世紀の礼拝堂が残り、ブレッド湖畔の歴史と中世の家具や武器を展示する博物館、ワインセラー、レストランなどもあり、アイスクリーム・ショップで食べたアイスクリームはとても美味しいものでした。Blgnew_2

 昼食時のワインは150円と安価で美味しかったです。昼食後バスで約103kmのポストイナへ。

 《スロベニア/ポストイナ鍾乳洞》
 着後、ヨーロッパ最大級で、全長21kmといわれるポストイナ鍾乳洞の観光です。スロヴェニア全土には5千~6千の地下空洞があり、西南部に広がる石灰石の大地のカルスト地方には特に多く、全世界で使われている「カルスト」という地質学用語も、スロヴェニアの地方名が語源になっているそうです。
 数ある地下空洞の中でも世界三番目という規模を誇るポストイナ鍾乳洞は全長約27kmだそうですが、そのうち1/5ほどが一般に公開されていると聞きました。見学ツアーは所用1時間30分で、最初の2km(約10分間)は洞内を走るトロッコ列車に乗って奥へと進みます。
 このトロッコ列車は無蓋車で、洞窟内では頭上すれすれまで鍾乳石や岩壁が迫り、時に恐怖感を覚えましたが、乗車中の注意事項で、”絶対に立ち上がらないこと、身を乗り出さないこと”とある事が良く分かりました。日本の安全基準では決して認められない構造だと思うのですが、”自己責任”のお国柄でしょうね。
 トロッコを降りるとその後のハイライト約2kmをガイドと共に歩いて見学します。内部には神秘の空間が広がっていました。所要時間約50分のコースには、スパゲティー(というよりソーメンと称した方が日本人にはぴったり)のような長細い鍾乳石が天井からたくさん下がった「スパゲティホール」、白い鍾乳石の柱が並ぶ「白の間」、赤い鍾乳石の柱の「赤の間」、地震で崩壊した洞内の修復時、ロシアの労働者で造られた「ロシア橋」、天井の高い「コンサートホール」、などがあり、また白くて美しい「ブリリアント」鍾乳石や、カーテン、仏塔、巨大なラクダそっくりの鍾乳石などが次々に出現して大自然の驚異に圧倒され、寒さを忘れて観賞しました。
 鍾乳石の成長は百年で1cmほど。洞内の古い鍾乳石には実に50万年の歳月をかけて成長したとされるものがありました。

 洞窟内に生息している「類人魚」も見ることができました。洞内生息場所から短時間、展示施設の水槽に入れられ、終われば元に戻すという管理がされているそうで、必ず見られる保証はない、ということでしたが幸い見ることができました。
 長いドジョウのような体に脚が四本という体型です。ディナル山系の地下水だけで生きる世界でも珍しい両生類で、ホライモリというイモリの仲間。
 人間のような肌色をしていることからつけられた名前だそうです。目は退化して盲目。水中でエラ呼吸をし、一年近く食べなくても生きていける、寿命は100年という傑物だそうです。
 なお鍾乳洞内はすべて撮影禁止で、外国人観光客の一部はかまわずバシバシ撮影していましたがガイドも黙認の様子。
 ”お行儀の良い日本人”はちゃんと守っていましたね。お行儀良かった私も洞内での写真はありませんが、トロッコ乗降駅ではOKで、その雰囲気が伝わりそうなショットのみです。
 (なお、下段の鍾乳洞および類人魚の写真はパンフレットから借用)Blgnew_3

 
 《クロアチア/オパティア》
 ポストイナ鍾乳洞観光後、スロベニアを後にして、バスで国境を越えクロアチアのイストラ半島アドリア海岸側の避暑地オパティアへ。オパティアは冬でも気候温暖でオーストリア=ハンガリー帝国の時代にはハプスブルク家の貴族が競ってこの地に別荘を建て、今も海岸沿いには十九世紀に建てられたヴィラが立ち並び、その多くは今もホテルとして使われています。
 着後の宿泊はそんなホテルの1つホテル「オパティア」(泊)。
 午後8時過ぎまで明るく、夕食前、オパティアの町を散策。遊歩道に沿った入り江の一角に、「鳥を持つ少女」のモニュメントが海に向かって建っていました。Photo

 ホテルに帰ってからフロントで尋ねると、特別の意味はない、という答えが返ってきたのですが・・・                                         (続く)

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2010年6月10日 (木)

カワセミ、アメリカザリガニを捕食

 冬期は干上がってしまうため、魚は全く住まない水田排水路の傍に、カワセミがいました。この排水路には稲作期間中だけは田んぼから流れ出した排水がたまっています。大雨が降った時にだけ、用水路とつながりますが、稲作期間中は止水があるだけのところです。ただこの水路には5月下旬頃から、大小さまざま、たくさんのアメリカザリガニが出現します。カワセミも良く知っていて、そのザリガニねらいのようです。Blg20100528

 
 普通は人の気配を察すると、チッという鳴き声を立ててすぐに飛び去るので気がつくことが多いのですが、今回はどうも様子が違います。獲物に夢中になっている時には中々逃げないといわれますが、まさにそのようです。距離は30~40mくらいだったでしょうか、その場にしばらく座り込んでザリガニ漁の様子を観察してみました。
 まず1匹目の小さなザリガニを捕らえました。まだ小さく殻も柔らかそうな獲物です。捕獲した小魚を呑み込む前に振り回したり、たたきつけたりして弱らせてから呑み込むシーンを映像などでもよく見ますが、ザリガニの場合でも同じ仕草です。ただ小魚とはだいぶ勝手が違う様子で、呑み込むまでにかなり時間がかかりました。Blg1

 
 2匹目を狙っています。こちらを時々チラッと見ているようですが逃げる様子はありません。もう少し近寄ってみました。少しずつ距離を詰めて20mくらいになった時、2匹目のザリガニをゲットしました。
  今度は2本揃ったハサミが見えて、ザリガニの子供であることがあらためて確認できました。1匹目同様、苦労しながら呑み込みました。21

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 呑み込んだ後の満足そうな顔つきには、可愛らしさも感じました。P5280486trm

 まだザリガニ漁を続ける様子でしたので、これ以上邪魔しても気の毒と、遠回りしてその場から退散しました。

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2010年6月 9日 (水)

5月の昆虫:クロハネシロヒゲナガ、アカサシガメ、ツマグロオオヨコバイ、セグロカブラハバチ、ツツジグンバイムシ

 5月、雑草の茂る草むらや庭木にやって来た、ほとんどが害虫仲間です。

クロハネシロヒゲナガ:
 5月中旬、ネズミムギなどの雑草がすっかり大きくなった草原で、シロツメクサの葉にとまっていた、今シーズン最後に見かけたクロハネシロヒゲナガです。(写真上♂、下♀)4r

 
アカサシガメ:
 全身赤色のサシガメ。庭木の葉の上にいました。ブンブンとよく飛びまわります。ヨコズナサシガメオオトビサシガメよりひとまわり小さくて、体長15mmほど。昆虫やイモムシなどの体液を吸います。
 どうしても高いところにとまり、上から見下ろすアングルの写真が撮れなくて今ひとつ全体の様子が分かりませんでした。
 出現時期は4~6月。分布は本州以南。(撮影は5/4)541

 
ツマグロオオヨコバイ:
 庭木の周りにたくさん飛んでいました。大きさ13mm前後(翅の先端まで)。黄緑色で、頭部と胸部に黒班があり、翅端が黒くなった大きなヨコバイ。林縁や草原に多く見られる普通種。いろいろな植物の汁を吸う。稲の害虫。灯火にも飛来する。
 出現時期は3-11月と長い。分布は本州以南。54img_6950trmcc

 
セグロカブラハバチ(ハバチ科):
 草原にいました。体長7㎜前後 頭部・触角・中胸背板・翅・各肢の脛節から先は黒色で、ほか体全体が橙~黄色。
 中胸背板が黒いこと以外はニホンカブラハバチとそっくり。幼虫はアブラナ科植物に寄生します。
 出現期は 5~9月。分布は 日本全土。Blg20105101

 
ツツジグンバイムシ:
 ツツジの葉にいました。ツツジ、サツキの害虫。年3~4回発生し,成虫で越冬します。成虫は,体長3~4mmの軍配型で,4月頃から葉の裏に乳白色の卵を生み、葉の裏で群生して加害するため,被害葉はカスリ状の白斑が現れて気がつくことが多いです。
 透明な羽の上から黒色のX紋様が見えます。3r

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2010年6月 8日 (火)

2010年,天空のポピー(東秩父村高原牧場)

 埼玉県東秩父村の高原牧場(標高およそ500m)の一角に植えられた「天空のポピー」が見事に開花した、というニュースが、2010年6月3日、NHK夜のニュース時間帯に全国、関東ともに報道されました。
 たまたま所用のため6月5日、車で通過することになりましたが、大変な賑わいで驚きました。ほとんど毎年、目にしていましたが、これほどの賑わいぶりは初めてのことでした。マスコミ報道の”威力”をあらためて感じながらおかげで峠越えに時間がかかりましたが・・・・

 牧草地を急遽駐車場に解放され(無料)、村の関係者の方が整理誘導にあたられていましたが、車で踏みつけられた牧草地がこの後、大丈夫なのかなと余計なことを気にしてしまいました。今春は4月17日に時ならぬ降雪があり、例年に較べて開花もだいぶ遅れたようですが見事な景観で、訪れた人たちは十分堪能されたことでしょう。
 6月上旬一杯までは見頃でしょうか。Blg201065

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 余談:昨シーズンは、花が散った後、峠越えをした際に、”種は自由にお持ち帰り下さい”という掲示があるのを見て、車を停めて、ティッシュ・ペーパーに少しばかり包んで頂いて帰りましたが、そのまま春に播くのを忘れてしまって申し訳ないことをしました。

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2010年6月 7日 (月)

奥浜名湖の旅

 今月初め、学生時代の同窓会を奥浜名湖畔に現地集合で行うということで、1泊2日の旅を楽しんできました。天候にも恵まれて、初めて乗車した私鉄ローカル線の穏やかでゆったり流れる時間はとても良いものでした。

 東京から新幹線で浜松まで、そこで在来線に乗り換えJR新所原駅下車、そして私鉄天竜浜名湖鉄道に乗り換えます。両新所原(シンジョハラ)駅舎は隣り合っていました。Jr3r

 
 駅前にあった観光案内の看板です。時間の余裕があれば行ってみたい魅力的なハイキングコースが整備されているようでした。Img_8023trm2

 
 新所原駅から奥浜名湖駅までおよそ15分というわずかな乗車時間でしたが、濃くなった緑の中を走る1両の電車の窓から見える景色は額絵のようでした。Photo

 
 宿泊した湖畔のホテルから望む早朝の奥浜名湖(写真上)。牡蛎の養殖イカダ風景が印象的でした。
 帰路、竜ヶ岩洞(リュウガシドウ)(鍾乳洞)に立ちより(写真下)、Photo_2

 
 そして姫街道と銅鐸の歴史民族資料館、また、東海道三大関所の一つ、気賀関所(再建されたもの)などを見学してきました。2r_4

 余談:
 宿泊した奥浜名湖畔ホテルの朝食は大食堂でのバイキング形式でした。当日はウイークデイで、もっと空いているのかと思ったらそうではなく、それなりに混雑していて、しかも周囲のテーブルから聞こえてくるのは韓国、台湾などの近隣のお国言葉がほとんど。
 こんなところにもあらためて時の流れと”国際化”の時代を感じた短い旅でした。

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2010年6月 6日 (日)

有害外来魚(ブラックバスなど)の駆除

 五月末に、散歩コースの調節池で外来有害魚の駆除作業が行われていました。「ふるさとの川魚類資源再生緊急事業」として実施されるそうで、川魚資源に悪影響を及ぼしているブラックバス属(オオクチバス、コクチバス)およびブルーギルなどの駆除が目的とのことでした。

 朝、広い調節池に、複数のゴムボート・チームが漕ぎ出して、守備範囲に刺し網を流していきます。Img_7963

 
 網の設置が終わると、先端に水鳥の羽のようなものがくくりつけてある竹竿で水面をたたいたり、かき回したりして、魚を追い込んでいきます。そして午後になってから網の引き上げにかかりました。
 網には当然ながら、池に生息している魚が無差別にかかりますので、鯉や鮒は外して放流し、駆除対象のものだけ選別して、ゴムボートにくくりつけられた生け簀網カゴに収容するという、見ていてもかなり大変な作業でした。
 途中でゴムボートが帰ってきました。ボート上では処理できない大物がかかったので、岸辺に一度あげて外すしかないということでした。

 
ハクレン:
 大物は体長約80cmというハクレンでした。植物プランクトンを餌にして100cmにもなるという中国原産の淡水魚。毎年、夏の産卵期になると”利根川で大ジャンプするハクレンの群れ”の報道写真が、季節の風物詩として新聞に掲載されますが、間近で見るのは初めてでした。
 草食性のため、漁業被害の問題はなく、駆除対象外ということで、岸辺のコンクリート護岸のうえで網に絡んだまま暴れて跳ねるハクレンに手こずりながら、係の人たちが数人手伝って網から外したところへ、草むらから野良猫が姿を現して近寄ってきましたが、匂いを嗅いだだけで顔を背けて行ってしまいました。
 跳ね回って傷つき、赤い血に染まりながら、水辺にころがされ、水中に戻るとやがてゆっくりと泳ぎ去っていきました。3r

 
コイ:
 網にかかった大きな鯉も放流です。2r

 
ブラックバス:
 駆除対象で、もっとたくさん捕れないといけないんだが、うまく行かないなあ、とぼやきの声があがっていました。2r_2

 
ライギョ:
 駆除対象魚種を収容した生け簀網カゴには、特徴的な模様ですぐにそれとわかるライギョも入っていました。Img_7987trmcc

 
 ブルーギルはこのボートの守備範囲では1匹もかからなかった、と残念そうな担当者の声でした。
 外来魚種による悪影響は以前からずいぶん話題になり、対策も進められていることは承知していましたが、実情の一端を目の当たりにしたのは初めてでした。身の回りでも様々な自然環境の変化が起きています。
 

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2010年6月 5日 (土)

雑記日誌

 2010年5月中旬の雑記帳から。

5月12日:
 午前中は快晴で爽やかな一日になりそうでしたが、午後になって真っ白い雲がモクモクと湧き上がり、夕刻、一時激しい雨になりました。おかしな五月晴れの一日。2010512img_5557

 
5月15日:
 スカイツリー:
江戸東京博物館の会場で開催された、奈良文化財研究所・特別講演会『遷都1300年 今、よみがえる平城京』に行ってきました。新しい発見がありとても有意義でした。
 会場に向かう東武電車の沿線から、建設中の電波塔・スカイツリーがどこからでも目に付くまでに”成長”していました。すでに東京新名所になりつつあるようです。2010515img_7216trm

 
特別講演会場の江戸東京博物館。20105151300img_7218trm

国技館が隣接しているので、関取の姿もチラホラ見られました。
 季候の良い時期に、 「平城遷都1300年祭」には是非訪れてみたいと思っています。

 
5月16日:
 デンジソウ:
数年前、まだ流通規制がされていない時に、ホームセンターで購入した輸入植物のデンジソウです。(在来種は絶滅危惧種になっています)。鉢植えをプラスチック水槽に放り込んで屋外に放置してありますが、途絶えることなく毎年春には芽吹いて成長し、夏には水槽の外にあふれ出すほど繁茂します。少量の観賞用なら涼しげでそれなりに風情があるのですが・・・
 メダカ水槽には入れません。殖えすぎて困ることになりますから。2010516img_7228

 
 キセルガイ:
デンジソウの根が塊を形成しているところにキセルガイが取り付いていました。なかなか目に付きませんが、こんなところにも潜んでいるのですね。2010516img_7226

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2010年6月 4日 (金)

アカバナユウゲショウ、キツネアザミ、カラスノエンドウ、スズメノエンドウ、オニグルミ

 春から初夏にかけて毎年決まって何となく写真に撮っておく雑草の花などがあります。繰り返しになるのでボツにするつもりで放っておいた幾つかを、思い直してマンネリながら掲載しました。

アカバナユウゲショウ:
 ピンクの可愛らしい4弁花を開く帰化雑草で、シロバナも時に見つかります。憎めない雑草で花期は5月~10月と長いです。Blg2010582r

 
キツネアザミ:
 空き地や道ばたに生えている越年草です。葉には深い切れ込みがありますがトゲはなく柔らかです。5月~6月にかけてすらりと伸びた茎の先に薄いピンクのアザミに似た花をつけています。Blg2010582r_2

 
カラスノエンドウ:
 下旬になると夏の除草作業が始まりますが、今を盛りとたくさんのマメ果をつけて草地や道ばたにはびこっています。熟してサヤが黒くなったものではなく、まだ青いしっかりしたマメ果をとり、端っこの筋を引くとサヤが開くので、中のマメを取り除いてから、半分以上の長さを口にくわえて勢いよく息を吹き込むと、少しコツが必要ですが、意外に大きな音の出る笛になります。
 子供の頃よく遊び道具にしたものでした。田舎の子供達はこれを”シビビ-”と呼んでいました。
 今時こんなことはしないでしょう、と思いながらもネットで調べてみると、うれしいことにこのシビビ-の作り方の紹介記事が見つかりました。豆も食べられます。
 http://www.biwa.ne.jp/~kita-jhs/kankyo/plant/plant_009.htm

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スズメノエンドウ:
 いつも決まったようにカラスノエンドウに寄りかかるようにして、時にはカラスノエンドウに覆い被さるように”元気に”繁茂しているスズメノエンドウです。
 カラスよりたくましいかと思うほどです。小さな白っぽい蝶形花をつけています。マメ果のサヤはカラスに較べてずっと小さなもので、笛には向きません。Blg2010583r_2

 
オニグルミの花(雄花と雌花):
 こちらも毎年決まったように「冬芽と葉痕」で”お世話”になっている用水路縁に生えている樹です。ただ毎年開花時期を見逃していましたので、今年は忘れずに取材しました。雌雄同株で、開花時期は5~6月。葉が開くと同時に花を付けます。
 雄花(写真左下)は前年の枝から垂れ下がりますが、雌花(写真右下)の花序は新しい枝の先端に直立し、柱頭が赤く目立ちます。(撮影5月8日)Blg2010583r_3

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2010年6月 3日 (木)

アカエリヒレアシシギ(旅鳥)

 5月下旬、散歩コースで、稲苗が伸び始めた水田に見慣れない鳥が1羽だけ、稲苗の間を忙しく移動しながら、葉の間に頭を突っ込んでは盛んに何かをついばんでいるのを目撃しました。
 散歩の行き帰り、ずっと同じ田んぼにいましたから、1時間以上いたようです。
 これまで見かけたことがない鳥で、ハトより少し小さめで、細くて長いくちばしなどの体型からシギの仲間と思い、ネットのシギ図鑑を調べてみたところ、アカエリヒレアシシギと分かりました。眼の上の白い眉毛のような羽毛が特徴的でした。旅の途中でお立ち寄りのようですが、当地に飛来することはまれなようです。P5280551trm

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アカエリヒレアシシギ
分布:
 北アメリカ大陸北部やユーラシア大陸北部で繁殖し、冬季になるとアフリカ大陸や南アメリカ大陸等で越冬する。日本には渡りの途中に飛来する(旅鳥)。明石海峡では春・秋の渡りの時期に多いときには1万羽を越える群れが観察されることもある。

形態:
 全長19cm。背面の羽毛には褐色の斑点が入る。咽頭部や腹部の羽毛は白い。嘴は細い。夏羽は腰に1対の白い斑紋がある。頸部の羽毛は赤く、和名や英名の由来と思われる。頸部の羽毛の赤味はメスの方が強い。冬羽は頭部が頭頂部を除いて白く、嘴から眼を通り側頭部にかけて筋模様(過眼線)が入る。過眼線は黒い。体格はメスの方が大きい。

採餌:
 水面をくるくると泳ぎ、餌を食べる。餌は淡水性の昆虫、ハエ類の成虫や幼虫、トビケラ類の幼虫、クモ類、ミジンコ、ハマトビムシなどの甲殻類、オタマジャクシなどである。甲殻類の大量発生する場所に多い。 (Wikipedia、他参照しました)

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2010年6月 2日 (水)

ワカバグモ

 5月初旬、庭先に緑色の透明感のある小さなクモが、花を開いたチョウジソウの葉にとまっているのを見つけました。
 忍者のように前4本の長い歩脚をそろえて伸ばし、葉っぱに貼り付くようにして、よく見ないとわからないくらい、うまく風景にとけ込んでいました。Img_7196_5

 
 ワカバグモです。
大きさ8~12mm、春から初夏に活動する徘徊性のクモですが、ハエトリグモの仲間ほどには歩き回らないようです。
 じっと見ていると、花の近くの葉に貼り付いて獲物を待っている様子。Img_7196_4

 
 そして、ピョンと跳ねて一瞬姿が消えたと思ったら、すぐに小さな獲物を捉えて葉っぱの上に戻ってきました。
 なかなかお見事です。Img_70993

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 カメラを近づけると雰囲気を察知して威嚇するように大きな歩脚を広げます。なかなかユニークなクモです。Img_7099_1

 小さな庭の自然の一こまでした。

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2010年6月 1日 (火)

草むらの昆虫:シモフリコメツキ、ナガメ、ヒメギス幼虫、シオカラトンボ、不明のイモムシ

 6月になりました。野山の緑は濃く、風物はことごとく夏の姿になり、梅雨がやってきます。今年の梅雨は少し遅れそうとの天気予報ですが、ともかく落ち着いた梅雨らしい梅雨であってほしいと思うものです。 

 さて、初夏に向かって雑草が勢いよく伸び始めた草むらにはたくさんの昆虫たちが活動をはじめています。いつもの顔ぶれで変わりばえしませんが、掲載しました。写真はいずれも5月初旬から下旬にかけて撮影したものです。

シモフリコメツキの仲間:
 本種には何種類かの仲間があるようで、正確には同定できません。草の葉にとまっていました。光沢のある銅色で、灰色毛が斑紋状に生えているので、霜降り模様に見えるコメツキムシ。胸部の側面後方は尖っています。
 平地・山地の植物上で見られ、葉や花を食べています。体長18mmほど。出現時期は4~8月。分布は日本各地。Blg20105103r

 
ナガメ:
 菜の花類(アブラナ科)によく見つかるカメムシなので、ナガメという名前。民芸品のお面のように見える紋様が特徴的です。
 大きさ8~9mm、出現時期は4~10月。分布は日本各地。都市部でも普通に見られます。Blg2010510img_6441

 
ヒメギス幼虫:
 成虫は全身が黒褐色で、背中は緑色または褐色のキリギリス。胸部の後方は、白線でふちどられていて、翅は通常は短かく、中には長いもの(長翅型)もいます。
 普通のキリギリスよりひとまわり小さく(体長約30mm)、湿った草地などでよく見かけられます。植物の葉やほかの昆虫などを食べます。
 幼虫は本種の特徴である胸部後方の白色部が目立っていてすぐ分かります。出現時期は5月~9月。分布は日本各地。なお余談ながら、この草むらではキリギリスは全く見られなくなってしまいました。淋しい限りです。Blg20105102r

 
シオカラトンボ♀(写真上)♂(下):
 今年はじめて見かけたのは5月10日でした。トンボは夏の風物詩です。Blg20100531

 
不明のイモムシ:
 午前中の草むらに葉っぱに巻きついて揺れている小さなイモムシがたくさんいました。大きさは1cmほどでしょうか。動く気配はなく、いつまでもこの姿で風に揺れていました。気になって写真に撮りましたが結局何者なのか分かりませんでした。4252r

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