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2010年9月

2010年9月30日 (木)

南アルプス北岳(3,193m)登山(3日目)/ライチョウ

 9月が終わります。1週間前までは、35度を超える猛暑日があったのに、この数日はフリースのジャンバーを着る寒さになり、爽やかな季節はどこに行ったのかと思いますが・・・

北岳登山3日目、下山の日です。
 終夜、強風が吹き荒れる音が聞こえていました。深夜、一度、屋外にしかないトイレに行きましたが、濃霧のためトイレ前の常夜灯は役に立たず、ヘッドランプがなければどうにもならないほど。
  4時過ぎ起床、身支度をしてまだ暗い屋外に出てみると、強風と濃霧です。山頂でのご来光は無理と判断して小屋に戻り、寝具を片付けます。
 4時54分、朝食。食欲がありませんが無理やり押し込みます。
 肩の小屋でも観音岳の右肩から登る日の出の眺めはすばらしいと聞いていましたが、とても期待できるような状況ではありません。
 今日は標高3,000mの肩の小屋から、標高1,520mの広河原まで、標高差1,480mを下らなければなりません。
 膝に問題のある我が身には、今日が一番の正念場なのです。サポートタイツをはき、更に両膝にサポーターを巻いて、ダブル・ストックという万全の準備で霧の中、5時50分下山スタート。
 
ライチョウ発見
 北岳肩の小屋から少し下って、ガスの流れる急傾斜の礫地を過ぎたあたりで、先頭を行く弟君から、”ライチョウが居ます”、の声。霧が流れる登山道に1羽のライチョウ(♀)が見つかりました。
 実は、前の日その付近を登高中、下降して来た人から上にライチョウがいますよ、教えられたのですが、その時には見つからなかった個体と思われます。

北岳のライチョウ:
 「山梨県の南アルプス・北岳(3193メートル)の山頂付近で、国の特別天然記念物・ライチョウが姿を消した。信州大の中村浩志教授(鳥類生態学)が2007年10月に実施した現地調査で、初めて一羽も確認できなかった(2007年11月3日)」との記事がありました。
 この情報は事前には知らなかったのですが、帰宅後ネット記事を調べると、2010.7.12、小太郎尾根で12羽を発見された方の記事もありました。
http://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-70432.html
 たくましく生き抜いて欲しいと願うとともに、棲息環境の維持・保全にも一層努めなければならないと思うものです。Photo

 
 下り始めて30分ほどで小太郎山分岐点に着きました。ここまで来ると下は晴れて良い天気です。少し行ったところで暑さも感じるようになり、雨具も長袖シャツも脱いで、身軽になりました。あとは、膝を壊さないよう、ただひたすら下るだけです。
 ガスが舞う池山吊尾根の向こうに、小さくうっすらと富士山の頭だけが見えました。
さらに下って行くと白根御池小屋経由広河原コースと、二俣・大樺沢経由広河原コースの分岐点に到着(6時40分)します。
 ここから二俣・大樺沢経由広河原コースに向かいます。3

 
 秋の花があちこちに咲き、その中にひときわ目立つ結実したボウフウ(セリ科)にはセリ科植物を食草とするキアゲハの終令幼虫がたくさん見られました。
 分岐点から1時間20分ほどで二俣に着きます。トイレ休憩の後、大樺沢沿いの下山路を辿ります。
 コース沿いの草地にはノコンギク等たくさんの花が咲き、写真を撮りながら下って行くと、8時55分、広河原まで約1時間30分の標識が出てきます。Photo_2

 
 順調に歩いて、何回か小沢を横切る板橋を過ぎ、沢筋に咲くキツリフネの群落などを眺めながら、大樺沢の崩壊を迂回するコースから、やがて大樺沢の左岸にかかる金属パイプ製の橋を渡ると、ほどなく白根御池小屋コースと二俣コースの最初の分岐点に帰着します。
 ここまで来れば広河原はもうすぐです。Photo_3

 
 途中、登りでは気が付きませんでしたが、「南アルプス国立公園/白根三山登山道」標識の前に、苔むした片方の登山靴が転がっていました。
 広河原山荘は素通りです。
 吊り橋を渡り、降りてきた北岳を見上げると、青空の中にやはり頂上付近だけ白い雲がかかっていました
 インフォーメーションセンターで、無事登山できたことを祝って缶ビールで乾杯。Photo_4

 あとは乗合タクシーで芦安駐車場まで戻り、マイカーで南アルプス市の湧暇李(ゆかり)の里の温泉に立ち寄り、3日間の汗を流してから併設の食堂で昼食。
 昼食には先ごろB級グルメ全国大会で優勝して急に売れ行きが伸び、もう1食しか残っていないという、山梨県「鶏モツ」とご飯のメニューをはじめて食べました。
 甘辛い味でおいしかったです。ともかく、心配していた膝の痛みも起こらず、最後まで”シアワセ”な山行でした。

付記:
 細部は省きますが、広河原のインフォーメーション・センターに、この夏、北岳に池山吊尾根ルートで入山された男性が消息不明のままで、このコースで何らかの手がかりや情報を得られた人はぜひ情報提供を、という掲示がありました。このコースは熟達者向けのコースですが、すでに1ヶ月以上経過しています。他にも捜索情報提供依頼五件の掲示もありました。
 非日常の世界に入ると、危険は隣り合わせなのです。心しなくてはなりません。

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2010年9月29日 (水)

南アルプス北岳(3,193m)登山(2日目)

北岳登山2日目:
 寝不足気味であまり食欲のわかない5時半の朝食(ご飯と汁のお代りOK)を済ませ、昼食のお弁当を受け取り6時10分出発。この日も好天でした。
 ただ少し風があり、小屋の人の話で、”ここでこの風では、上はかなりキツイですよ”、と言われていましたが、結果はそのとおりでした。
 なかなかエンジンのかからない体には辛い、草すべり(と呼ばれる白根御池から小太郎尾根まで、約500mのガレた斜面)の直登コースを一歩一歩踏みしめ登ります。
 花の季節ならば周りは一面のお花畑のはずですが、この時期、花数は少なく、目に付くのは背丈が大きく伸びて花後に熟した種をいっぱいつけ茶色にみえるボウフウ。
 急ぐことなく、少しの頑張りで急登の草付きの斜面が終わり、さらに登って行くと小太郎尾根の稜線が近づいてきます。
 そして前日”散策”で行ってきた大樺沢右俣から登ってくる道との合流点には8時過ぎに到達し、そこから更にジグザグ道を登りきると稜線に出ました。
 上から降りてきた人から、”尾根筋は強風です、飛ばされそうでした”と言われたとおり、しばらく前進するとかなりの強風を伴ったガスが叩きつけるように体に当たるようになりました。
 ほどなく小太郎尾根分岐点(8時27分)へ。この先で防風、防寒を兼ねて雨具を着用してから北岳肩の小屋方面への稜線を辿ります。
 しばらくの間はガスが激しく流れて視界不良でした。そして稜線の右側を巻いて行くルートの幾つかの小さなコブを越えたところで、ほんの一瞬ガスが切れて晴れ間がのぞき、北岳山頂付近が見え、思わずオーッと声が出るほどるの光景が見られました。
 その後しばらくで、2日目宿泊の北岳肩の小屋(3,000m)に着きました(9時12分)。下の方は晴れてきましたが、見上げる山頂方面はガスの中です。
 小屋の前のベンチに腰をおろして休憩と早めの昼食のお弁当を平らげました。2

 
 一息ついて、まだ充分な時間があるので、荷物は小屋に残し10時10分、とりあえず北岳頂上往復に出発。小屋の付近でもかなりの風があり、また下は晴れましたが、上の方やはりはガスに包まれたまま。
 小屋を出るとすぐに風が強くなり、ガス混じりの風に煽られながら岩屑の急な道を登って行くと、だんだんガスが濃くなります。
 やがて右手に野呂川上流の両俣小屋から登ってくる道の合流点が出てきて、このあたりから一層ガスが濃くなり視界が悪くなりました。
 さらに登り、手前の岩峰を越えると、突然のように眼前に北岳山頂が現れました。残念ながら頂上はガスに閉ざされていて展望は全くありません。また頂上に我々以外に人影もありませんでしたので、とりあえず交代で記念写真を撮り合いました。
 (帰宅後、晴れていれば見えたはずの”北岳山頂からの定番風景”のモノクロ写真を、古いアルバムから探し出してスキャナーで取り込み貼ってみました。むろん、稜線には現在の立派な北岳山荘はありません)。Photo

 
 岩稜に出るとガスと強風に曝されて寒いのですが、頂上一角の岩陰ではほとんど風を感じず、寒さも全く感じません。時間には十分余裕がありましたので、そこでしばらくガスが晴れるのを待つことにしました。
 なお、タフなスポーツマンの義弟君は山梨100名山の一つ「小太郎山」に行ってくる、午後4時頃までには肩の小屋に戻るからと言い置いて、11時半前一人で霧の中を下山していきました。

奇遇:
 山頂でガスの晴れ間を待つことおよそ1時間半。結局、時折薄日がさしてわずかに目前が明るくなる程度で、風景が見えることは皆無。
 この間、何人かの登山者が、同じような思いで、北岳山荘からも登ってこられましたが、これではだめですね、と言葉をかわしてそそくさと戻って行かれました。
 我々も、いつまでいても仕方ないから降りようか、と言っていたとき、一人のおしゃれな年配の男性の姿が現れました。
 八本歯のコル経由で登ってこられたとのこと。存じ上げませんでしたが、水泳スポーツ界では著名人の江口幸夫さん(76歳)(http://www.tokyo-swim.org/formation.html
 お伺いしたところでは、この日も単独・北岳日帰り登山で、広河原から八本歯のコルを経て、実に通算176回目の北岳登頂、ということです。(以前の記録はhttp://www.sannichi.co.jp/MAIL/ASHIYASU/061101/index103.html
 そしてこれまでの登頂記録が書き込まれたノートに、新たに当日の登頂記録を追記されてから、頂上で居合わせた人に証人として署名をお願いしているが、よろしいか、とのこと。もちろん喜んで3名の記名をさせていただきました。
 なおまた、余談ながら、昔登った時の北岳の標高は、3,192mと承知していたのですが、その後もっと高い岩場があるなどの情報や指摘があり、平成16年10月3日、国土地理院関東地方測量部のメンバー4人の方々が再測定した結果、以前の三角点から南南西へ24mの位置に(北岳山荘寄り)ある岩盤が、三角点より80㎝高い事が確認され、北岳の標高は現在の3,193mに改訂されたということです。
 そして奇しくもその測量当日にも、江口さんは北岳に登頂され、ちょうど山頂に居合わせた4人のメンバーの代表の方から、登頂証明のサインを得られたそうです。(その記録写真記事も拝見しました)。
 ノートの新しい記録ページに記名後、一緒に記念写真を、という申し出に快く応じていただき、私がシャッターをと構えた時に、ちょうど単独行の男性が登ってこられ、シャッターをお願いすることができました。もちろん、その男性の記念写真は私がシャッターを押させていただきましたが。
 江口さんは、”明日も予報では天気が良さそうだから、また日帰り登山しますよ”、と言って身軽な足取りで霧の中に下山して行かれました。
 当方は驚くやら感心するやらで、まだしばらく頂上にとどまっていましたが、12時20分頃、諦めて肩の小屋まで戻ることにしました。
 ところが、です。ほとんど下りきった頃から、どうやら天気は回復の方向になってきました。そして午後1時半頃から、ゆっくりではあるもののガスが切れ始め、天候回復の兆しが明らかになってきたのです。
 北岳山頂にかかっていたガスも取れはじめ、この頃から数名の登山者が肩の小屋から頂上目指して出かけられました。
 また悠揚迫らぬ山容の千丈ヶ岳(3,032.6m)も綺麗に見えるようになりました。Photo_2

 
 午後2時過ぎには、鳳凰三山も実に見事に見え、3時頃には北岳山頂もかなりくっきり見えるまでに天候は回復しました。
 ただ甲斐駒ケ岳だけはどうしても雲に隠れたままで、その手前には晴れた中に小太郎尾根が綺麗に見えていたのですが、なんとか”駒”も晴れないかと見守っていた時に、なんと小太郎山に単独で向かった弟君が予定時間より1時間も早く帰ってきたのです。
 少し霞んではいましたが、青い富士山も浮かんでいるのが見えるようになりました。”こんなにいい天気になったのに、頂上にはいかなかったんですか”、と元気な弟君にはいわれたのですが、ともかく無事帰還をビールで祝杯。(後で思えば、行けばよかったか、と)。
 なんとなく決断できないで動かなかったのは、先の江口さんから、今日の天気なら3時過ぎくらいから肩の小屋で”ブロッケンの妖怪(ブロッケン現象)”が見られるから、ぜひ楽しみに待ってみてください、と教えられていたことがあります。
 そして待つこと1時間、現れました。午後4時過ぎに、太陽を背にした自分の前面にガスのスクリーンが出来、そのスクリーンに見事、”ブロッケンの妖怪”が出現したのです。丸い虹の輪の中心に、腕を広げた自分の影が現れました。
 4人がそれぞれの「ブロッケンの妖怪」をカメラに収めて大満足。もちろん見られたのはごく短時間で、しかもその時間に、そこに居合わせた人達だけですが。2_2

 
 北岳山頂方面はますます良く晴れ、仙丈ヶ岳はガスに覆われるようになってきました。同時に気温も下がってきて防寒着なしで外にいたのでは寒くなり、小屋に戻りました。そして早い夕食です。運動量が多くないのでご飯も盛り切りで充分。
 食後、防寒着を着てまだ明るい外に出てみると、山頂には青い空が広がり、山肌には傾いた陽の光があたり、美しい光景です。
 そして13夜の白い月がぽっかり浮かび、雲海には富士山も浮かんでいました。
 やがて太陽が沈むと、黒い雲の波の上空があかね色の夕焼けになって、また美しい情景が見られました。
 小屋に戻り荷物を整理して寝る準備です。(つい先日は大混雑で、布団1枚のスペースに3人!、寝かされたということでしたが、もう宿泊者も少なく、布団1枚のスペースに一人割り当てがあり、それだけでも幸せな気分に)。
 明日の朝も早いので、早めの就寝、と言っても普段の夜更かし、朝寝坊のバイオリズムには抗しがたしでした。25
  終夜、強風が音を立てていました。19:30、お休みなさい。                                                                                   
                     (続く)

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2010年9月28日 (火)

南アルプス北岳(3,193m)登山(1日目)

はじめに:
 9月下旬はじめ、義弟夫妻に誘われて、当方夫婦共々4人で富士山に次ぐ第2の高峰・南アルプス北岳(3,193m)に登ってきました。
 初めて北岳に登ったのは、学生時代、実に50年近くも昔のこと。現在の南アルプス林道は未完成で、それまで北岳へのメインルートだった池山吊尾根を辿り、北岳、間ノ岳、農鳥岳を縦走して奈良田へ下山したものでした。
 広河原まで車で入れる今日では、この池山吊尾根コースは、熟達した、根っからの南アルプスファンに細々と登られているだけになっているようです。

 今回は北岳のみの登山でしたが、むろん昔のような体力はありませんから、標準的な1泊2日の行程を、2泊3日かけて、そのおかげでそれほど苦しまないで、ゆっくり楽しむことができました。

 大勢の登山客が訪れるようになっている南アルプスで、当然のことながら登山道や山小屋などは格段に整備されていました。
 さらに今秋10月には携帯電話を使った新たな情報提供サービス「南アルプス山歩きナビゲーション(Mナビ)」もスタート(→http://sannichi.typepad.jp/minamialps/2010/09/02qr.html)するということで、ずいぶん各方面で変貌を遂げていましたが、自然の風景は昔と変わらず、日本の風土/風景の美しさを改めて感得して帰りました。
 ただ、また同時に、環境変化などによって動植物の生態系にも変化が進行していて、その対策も急がれていることを感じてきました。
 折しも、生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が2010年10月11日から29日に名古屋国際会議場をメイン会場として開催されます。(http://www.cop10.jp/aichi-nagoya/)地球レベルの課題です。

概略行程:
 1日目は広河原から白根御池小屋(泊まり)まで。(時間には余裕がありましたので、小屋に荷物をおいて、二俣まで往復”散策”も)。
 2日目に白根御池から草すべり、小太郎尾根分岐を経て北岳肩の小屋で泊まり。ここでも十分時間の余裕があり、ザックは小屋に置いて、とりあえず北岳頂上まで往復。
 3日目、時間的には頂上でご来光を拝める余裕はありましたが、山頂方面も含めて濃霧と強風のため見切りをつけて、早めに下山。小太郎尾根分岐を過ぎて二俣コースに入り、大樺沢ルートを下って、広河原に。Blgncc

 
 日程記録:
 1日目:
 天気は良く、ずいぶん汗もかきました。展望にも恵まれましたが、ただひとつ残念だったのは北岳山頂だけは終日ガスがなかなかとれなかったこと。高山の天気がめまぐるしく変わるのは普通のようですが。

 マイカーで南アルプス市営無料駐車場(芦安駐車場)まで行き、そこからマイカー規制のため、乗り合いタクシーを利用して広河原(標高1,520m)まで。
 インフォメーションセンターでトイレなど済ませ、登山届を提出してから8時過ぎに出発しました。
 野呂川にかかる吊り橋を渡り、広河原山荘の左手から大樺沢の左岸を登ります。ほどなく二俣・白根御池分岐点で、指導標に従って、コースを右手(白根御池方面)にとり、しばらく山腹をからみながら進むと、まもなく急登の連続になります。Photo

 
 木の根が邪魔したり、段差が高くてステップが合わなかったりで難儀しますが、要所にはハシゴなども整備されて、とくに危ないところはなく、急登の連続は2時間余り。
 ゆっくり頑張れば急登は終わり、白根御池小屋まで50分というところで、早めの昼食/小休止をとりました。
 一息ついたあと、やがて鳳凰三山の展望もすばらしい横巻き道になり、ほどなく1日目宿泊の白根御池小屋(2,230m)に到着です。
 連休最終日だったこともあり、大半の登山者は下山していて、混雑はありませんでした。小屋は2006年6月に再オープンしたもので、設備も居住性も快適なものでした。Photo_2

 
 小屋には11時半頃に着いたため時間が十二分にあり、天気も良いので二俣まで散策に行ってきました。
 最盛期はとうに過ぎていますが、そこかしこに咲いている高山植物の写真などを撮りながら、のんびりと往復。
 途中、各方面で問題になっている鹿による高山植物の食害対策の一環として、植生保護の(試験規模の)防鹿柵が設置されているところもありました。
 山頂付近にある固有種のキタダケソウの保護対策なども進められているようです。Photo_3

 
 二俣でも相変わらず北岳バットレス方面だけは、どうしても霞んだりしてガスが完全にはとれませんでしたが、高嶺、鳳凰三山方面など周囲の展望は楽しむことができました。
 なお二俣では環境保護のためチップ制のバイオトイレが稼働していました。
 午後2時前に白根御池小屋まで戻ってから、夕食までにはだいぶ時間もあり、とりあえずビールで乾杯。軽く汗をかいたあとに飲んだ生ビールは格別の味でした。
 夕食もおいしかったです。ご飯と汁はおかわり自由でした。4

 早めの就寝では、案の定あまり眠れなくて・・・(続く)

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2010年9月27日 (月)

トビムシ(あだたら渓谷自然遊歩道の落ち葉から)

 出番がなくて放置していたトビムシです。8月に立ち寄ったあだたら渓谷自然遊歩道の落ち葉の下に住んでいたものです。
 光と乾燥を嫌う習性を利用して、白熱電球の光と熱で落ち葉の塊を処理すると、中にいたトビムシが、ジョウゴ(ロート)の下にセットしたアルコールを入れた瓶に落ちてきます。トビムシ以外にも、いろいろ居ます。201086img_0405

 とりあえず、ありふれたトビムシ仲間ですが記録として載せました。

トゲトビムシの仲間:
 大型のトビムシです。(大きさ2.3mmほど)。何故か触覚の損傷した個体ばかりになりました。Ssfitimg_0426

2r

 
アヤトビムシの仲間:
 毛深いトビムシ。立派な跳躍器を持っています。大きさ1.8mmほどでした。Img_0432

 
ムラサキトビムシの仲間:
 標本の出来が悪く、今ひとつはっきりしません。大きさ1mmほど。2r_2

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2010年9月26日 (日)

チリモン②

 今、お店で販売されているチリメンジャコはとても綺麗です。
 チリメンジャコの中に甲殻類の幼生などが混じっていると、”異物混入”あるいはその硬くて尖った部分がチクチクする等の理由で、消費者からは品質不良と評価されるため、チリメンジャコ漁の時点から生産加工の工程で手間をかけて可能な限りチリメンジャコ以外のものが除去されているのだそうです。
 それで、昔懐かしい”混入物”が少ないのですね。
 ただ世の中には、チリメンジャコの中に、同じ環境に住んでいる生き物が混入するのは不思議でも不自然でもなく、食べ物としても害になるものでもないのでそれでも構わない、という理解の人もいます。
 そしてそのような人にはどうぞ、という商品を提供しているお店があるということを、図書館で借りてきた本で知り、早速注文してみました。(お店の回し者ではありませんが、http://www.kanejo.comです。)

 届いたチリメンジャコ製品を、暇に任せてルーペで覗いてみました。
 知らない小さな生き物の世界が広がっていることを改めて認識しました。
 全くの素人で、見つけたものが、生き物の完全な姿なのか、加工中に壊れた生物の一部なのかもわかりません。
 一例を写真に取り、小さいものから並べてみました。Photo

Photo_2

3

Photo_3

5

 わかるようになればもっと楽しめるのかもしれません。なお、これらはすべて自己責任で口に入りましたが、違和感などなく、おいしかったです。

 なお、この”チリモン”商品は「食品」として提供しているわけではないので、この商品は食べないで下さい、と注意されていますので念のため。

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2010年9月25日 (土)

チリモン①

 子供の頃の遠い昔、チリメンジャコの中に、小さなカニやエビ、タコなどが混入していて、それを見つけては喜んで食べていた記憶があります。
 たまたまスーパーで特売だったので買ってきた、とても綺麗で”混入物”など見当たらないチリメンジャコのパックの一つに、小さなエビがいくつかあるのを見つけ、それで昔のことを思い出しました。2010723img_9907trm

 
 どうしてこんなに違うのかと、暇のについでにネット記事をめくってみて、”チリモン”というカタカナ用語にすぐ行き当たりました。
 チリメンジャコの中に,”本来”混入”、というか、”共存”しているのがごく自然な、姿形がめずらしい小さな生き物たちで、愛情を込めて”モンスター”と名づけられたようです。それで、チリメン・モンスター、人呼んで「チリモン」。(→http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%AA%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC

 チリメンジャコの目もアップで見ればなかなかのもので、モンスター仲間の資格ありでしょう。2010723img_9907_1

2010723img_9907

         →チリモン②へ続く                

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2010年9月24日 (金)

シロバナツユクサ

 ツユクサが群生しているところではたいていポツンポツンとシロバナも見つかりますが、たまたま通りかかった水辺脇の農道端に、シロバナばかりのツユクサ群落ありました。Img_9844

Img_9834

 
 少し離れたところには普通の青い花色の群落がありましたが。混在しないのはめずらしいようです。Photo

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2010年9月23日 (木)

コムラサキ、ゴマダラチョウ、スズメバチ;クヌギの樹液に集まる

 8月下旬、散歩コースの調節池広場で、分泌の少なくなったクヌギの”樹液酒場”に昆虫が集まっているのを再び見かけました。1

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 やはり独り占めにしているのはスズメバチの悪仲間で、2頭ずつ姿の見えたコムラサキとゴマダラチョウは、酒場の傍に行くと追い払われて、,なかなか残り少ない樹液にありつけそうにありませんでした。
  コムラサキの一頭は小鳥に襲われたのでしょうか、翅が相当損傷していました。3

P8200029

 
 翅を開いたり閉じたりしながら酒場の周りをうろうろするばかり。おかげで1頭の綺麗なコムラサキの翅色を確認できましたが。(撮影2010.8.20)2010820p8200031

コムラサキ:
 タテハチョウ科に属し、国蝶のオオムラサキより一回り小さい中型のチョウ。雄の翅の表面は美しい紫色に輝くので、この名前がついた。飛翔は軽快敏速で、特に午後から夕方にかけ、陽光のあたる樹上で活発に活動する。
 雄雌とも樹液や熟した果実に集まる。暖地では5月頃から発生し、秋までに1~2回の発生を繰り返す。 幼虫は川辺に生える食樹ヤナギ類の樹皮の皺などに密着して越冬する。

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2010年9月22日 (水)

オオスズメバチ、コムラサキ♀、ニイニイゼミ

 8月はじめ、近くの隣町公園で、クヌギの樹液に昆虫が集まっているのが目につきました。
 分泌量が少ない樹液目当てに集まる昆虫たちも競争がきつかったことでしょう。

 どこで見かけても、大方の場合いつも狭い樹液分泌場所を独占しているのはスズメバチで、他の昆虫は遠巻きにして場所が空くのを我慢強く待っています。201083p8030029

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 待ちきれなくて近寄ってきたコムラサキはすぐスズメバチに追い払われています。P8030041_1

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 少しは譲ってやりなさいよとスズメバチに近寄ると、すぐにこちらに向かって威嚇動作をし、それでも近づくと飛びかかってきます。気が荒く性格の悪い連中です。

 
 隣の木には樹液に関心はないという風情でニイニイゼミが忍者のようにひっそりと止まっていました。(撮影2010.8.3)P8030045

 酷暑が続いた夏の昼下りの一こまでした。

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2010年9月21日 (火)

ゴマダラチョウ

 30年に一度という異常な猛暑の夏が尾を引いた9月も、やっと秋めいてきました。
 時期遅れの記事になりましたが、先月、散歩コースにある調節池の広場で、今夏は、猛暑のせいで樹液の分泌期間が短く、分泌量も減少したと言われたクヌギの樹にゴマダラチョウと、多分カブトムシ♀が仲良く樹液を吸っているのを見つけました。
 意地の悪いスズメバチの姿はありません。
 平和共存、の姿でした。(撮影2010.8.1)Img_0452

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※ゴマダラチョウ:
 翅の前後・表裏に黒褐色の地に大きな白斑や帯のまだら模様があるチョウ。
 成虫の前翅長は35~45mmで、メスの方がやや大きい。
 口吻を伸ばした時には橙色が目立つ。
 成虫は年2回、5月~8月に発生する。低地から丘陵地の雑木林に生息するが、成虫はそれに隣接する都市や住宅地にも姿を現すことがあり、エノキが多分にあれば都市周辺でも発生する。
 主にクヌギなどの幹から染み出た樹液や、カキなどの腐果、獣糞などにやって来て汁を吸う。
 分布は日本各地。なお幼虫はニレ科のエノキを食葉樹とする。

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2010年9月20日 (月)

手作りサバサンド

 トルコで食べたサバサンド:トルコでは、一般家庭でごく普通に、トルコ自慢のおいしいパンに何でも挟んでサンドイッチにして食べる、ということです。
 残暑で食欲もあまりわかない昼食にと、美味しかったことを思い出しながら手作りしてみました。

材料:
 フランスパン             1/2
 サバ(甘塩生干し、開き、半身) 1
 玉ねぎ、ピーマン、スライス    適量
 トマト、スライス            適量
 バター、ドレッシング、ビネガー 適量 

 (半分にカットした)フランスパンにパンナイフで切れ目を入れ、開いてからトーストします。Photo

 
 好みによってバターを塗ります。玉ねぎとピーマンのスライスにはドレッシングを適量。Photo_2

 
 サバをオーブン・レンジで焼いて頭と尻尾を取り、しっぽは折り曲げてパンに載せます。Photo_3

 
 ドレッシングをかけたスライス玉ねぎとピーマンを載せ、さらにスライストマトを載せます。Photo_4

 
 パンを重ねあわせれば出来上がりです。一人では食べ切れませんので、パンナイフで2つに切り分けました。Photo_5

 好みにより焼きサバにビネガー(ポン酢など)をかけると一層美味しいようです。
 料理など不得意な者でも簡単に出来て、栄養的にバランスもよく、おすすめの一品/逸品です。
 飲み物は、ビール、ワイン、牛乳etc.お好みで。ぜひ一度お試しください。
 

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2010年9月19日 (日)

サイエンスカフェ(閑話休題):その9 「気象・気候変動予測の最前線」

 先に気象庁から、今夏(6~8月)全国の平均気温が平年より1.64度高く、1898(明治31)年の統計開始以来、過去113年間で最高を記録し、特に8月は平年を2.25度も上回っており、異常気象ではとの発表がありました。この異常は日本だけではなく、世界各地でも報道されています。
 やっと秋らしい涼しさも感じられるようになり少しほっとしたこの頃ですが、17日、まさに時宜を得たテーマのサイエンスカフェ(http://www.fuzambo-intl.com/?main_page=page&id=1)に出席し、興味深く最新情報をうかがってきました。
 過去100年間で、世界の平均気温は0.7~0.9℃上昇したそうです。また、地球温暖化、気候変動、都市化に伴うヒートアイランド現象が重なって、世界で一番急速に温度が上がっているのは東京だ、とも。100917l

 さて、毎回楽しみの、テーマに沿ったお菓子です。
 綿菓子のような(実際に綿菓子です)白い雲が浮かんでいて、この雲が消えていく(→この綿菓子を食べていく)と、雲の下には(ゼリーでできた)青い空、そしてその下には青く澄んだ水辺が広がり、カエルなどもいるという風景が見える、楽しく美味しいものでした。Nec_0294

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 次回のサイエンスカフェプログラムは次のとおりです。101015

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2010年9月18日 (土)

トルコ旅行⑥ボスフォラス海峡クルーズ、トプカプ宮殿見学、そして帰国

 8月下旬から9月上旬にかけて、イスラム国家では最も“親日的”と言われるトルコ9日間の旅に行きました。その日記の最後です。

8日目:終日イスタンブール→21:20イスタンブール発、空路帰国の途に。
 旅行中ずっと天気には恵まれましたが、この日初めて午前中曇り、時々小雨、そして午後には折りたたみ傘があったほうがいいくらいの小雨模様になりました。

 宿泊したホテルではどこでも朝、夕食のバイキングにはたくさんのフルーツがあります。形は日本のように整ったものではありませんが、モモ、リンゴほかたくさんの果物や、大きく切り分けられたスイカ、メロンなどふんだんにあり、美味しく豪華なメニューです。
 もちろんそんなには食べられませんが。
 朝食後、ややゆっくりしたスケジュールで、午前中は自由行動でしたので、やはりオプショナルツアーの「ボスフォラス海峡クルーズ・ガラタ橋散策と世界一短い地下鉄体験」に参加しました。
 ヨーロッパ大陸とアジア大陸の境界であるボスフォラス海峡。
 チャーターした船上から眺めるイスタンブールのヨーロッパ側には、高級ホテルやビジネスビルが林立する新市街が見渡せ、アジア側には歴史的建造物が並ぶ旧市街の景観は、トルコの多彩な表情を満喫できる興味深いものでした。
 また、このせいでイスタンブール市内観光が混雑するという豪華クルーズ船が何隻も停泊中でした。なお予期せず、トルコ潜水艦が浮上航行する姿も発見、これはおまけでした。きっと夜景もきれいでしょうね。8 Photo_7

 下船後、「世界一短い地下鉄」に乗車して、ひと駅・数分の体験を楽しみました。それから大勢の市民が橋上から釣りを楽しんでいるガラタ橋の下のレストランで、もうすぐ昼食になるというのに、ぜひにということで名物サバサンドを食べてしまいました。Photo_8

 すぐ後の昼食(オリオン・エクスプレス・レストラン)メニューは「ドルマ料理」。これでは食べ過ぎです。
 午後は、イスタンブール観光の目玉の一つで、最後に取っておきのトプカプ宮殿見学に。昼前から小雨模様になりましたがさすがに人気スポット、とくに宝物館には長蛇の列が出来ていました。(なお写真撮影について、屋外の撮影は構いませんが、屋内施設では一切撮影禁止です。)Photo_9

 どうしようかと迷ったのですが、他の見学は省いてもこれだけは見たいと、長時間待覚悟で行列に並んだ、そのお目当ては、大きさ世界第3位の86カラットというダイアモンド。
 やっと入館できたものの、見学者の行列はなかなか前に進みません。整理係の人が“立ち止まって人の流れを止めないように”、”進んでください”と一生懸命声を出していますが関係なしです。無理もありませんね。じっくり見たいから入館したのですから。
 展示室は4室あり、順番に進んでいたのではどう見ても時間不足(ハーレムも覗いてみたいし・・・)。そこで居合わせた警備係の女性に尋ねました。
 ”あまり時間がありません。世界3位というダイアモンドをぜひ見たいのですが、展示室とブースのナンバーを教えて下さい”。係の女性は、わかったわよ、というふうにニッコリして、出口に近い最後の展示室と教えてくれました。
 その前の部屋までは渋滞で詰まっていましたが、最後の部屋(第4室)は比較的すいていて、すぐにダイアモンドに“飛びつく”ことができました。古いアニメの見過ぎで、“ルパン3世”はエライやつだなと思いながら、それだけで満足。(そんな次元では困ったものですが・・・)
 並んだ甲斐があったというものです。(ハーレムには時間がなくて入場できず、外観だけ眺めて”スルタンはいいなあ”、とつぶやき。)最後に、集合時間前に立ち寄ったミュージアム・ショップには、当然のようにそのダイアのイミテーションが売られていました。
 レジの女性に“同じ大きさではないですよね”と聞くと、“本物の方が大きいですよ”と、もの好き日本人オジンにニッコリ。Photo_10

 夕食は街中のレストランでトルコ最後の料理「キョフテ」。正直、この時にはウドンかソバが食べたくなっていました。
 食後、イスタンブールの空港に向かい、出国手続きを経て21:20発、空路帰国の途につきました。(機中泊)

9日目:帰国
 ソウル(インチョン)乗り継ぎ。5時間ほどの待ち時間があり、成田着は予定時間より遅れて21時すぎ。
 余談ながら、イスタンブール、ソウル両空港で、出発時間を過ぎても来ない乗客があり、安全の為にその客の荷物を下ろす作業のため、出発がかなり遅れるというトラブルが続けてありました。迷惑なことで、初めての経験でした。

 国中にあまねく存在するモスク、限りなく高い天空を目指して立ち上がる尖塔、信仰心あつい人類にとって、救済のみならず時には抗争や戦乱の原因にもなっている宗教とはいったい何なのでしょうか?
 ブッダ、キリスト、そしてムハンマドと、現世界人類の大多数に大きな影響を及ぼしている開祖が現れる、そのずーっと前、チンパンジーと人類の系統が分れたのは、化石の証拠からは700万~600万年前と推定されているようですが、その頃には、サル知恵や人智を遥かに超えた世界におわしたはずの神様はどうなっていたのでしょうか。ミトコンドリアDNAを解析しても何もわからないのは事実でしょうが・・・
 ”愚かものよ、汝ごときの理解できる次元ではない”、と虚空から大天使ガブリエルの声が聞こえたような・・・・そうですよねえ。まだまだ修行の旅に出なくては、と思うのですが、観光ツアーばかりで・・・             (完) 。

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2010年9月17日 (金)

トルコ旅行⑤イスタンブール歴史地域

 8月下旬から9月上旬にかけて、イスラム国家では最も“親日的”と言われるトルコ9日間の旅に行きました。その日記です。

7日目:終日イスタンブール
 寝台特急の朝は6時モーニングコール、6時30分に食堂車での朝食、そして8時すぎイスタンブール到着。迎えのバスに乗りイスタンブール歴史地域観光へ。

「イスタンブール歴史地域」(世界遺産)
 トルコ最大の町、奥深い歴史を持つ。2回呼び名を変えた都市。紀元前からビザンティウムと呼ばれていたが、東ローマ帝国の都と定められて(紀元後4世紀)から呼び名がコンスタンチノーブルに変わり、1453年にオスマントルコ軍によって陥落されてからは、イスタンブールと呼ばれるようになった。アジアとヨーロッパを結びつけ、産業、流行、観光の中心都市として栄えている。
 特にビザンチン帝国時代のアヤソフィア大聖堂、地下宮殿、オスマントルコ帝国時代のブルーモスク、トプカプ宮殿は見事。(パンフレット)

 人口1,500万人の大都市とあって、観光名所はどこに行っても人で溢れ混雑していました。それにとても暑かったです。
 午前中は「リュステムパシャモスク」、活気と人混みの「エジプシャン・バザール(市場)」、「タクシム広場」、「イスティクラル大通り散策」などの見学で時間が過ぎました。 Photo

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 昼食には、街中の店先で実演されているのを見学した「ドネルケバブ」。見てきた印象とは異なり意外に味が淡白で、”ポン酢”をかけると大変美味しくなりました。Photo_4

 午後の観光では大規模の総合市場「グランド バザール」(写真上)、エジプトから来たというオベリスクの建つ「ヒポドゥローム」、今回の見所の一つ「ブルーモスク」、そして「アヤソフィア」を見学。異文化を十分体感しました。Photo_5

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 どのモスクでも靴は脱がなければいけません。(例外的に靴カバーでOKのところもありましたが)。
 ブルーモスクでは階段を上がったところが入り口で、そこで靴を脱いで入口脇の下駄箱に入れますが、ガイドの曰く、”皆さん、靴は脱いでここに置いてください。立派な靴は盗まれることがあります。でも皆さん、心配しないでください。”まったく同じもの”をすぐ下で売っていますから!”(かっぱらいがすぐ下で売っている、という冗談です。大都市ではどこに行ってもそうですが、スリ、置き引きなどには厳重注意するよう、再三注意を促されました)。

 予定の見学を終え、少々疲れ気味で18:30、初日と同じホテル、グランド・ジェバヒルにチェックインしてから、夕食は外のレストランでシーフード。
 このあと遅く、オプショナルツアー(民族舞踊、ベリーダンス鑑賞)がありましたが、これはパスしてホテルに戻り早々に就寝。                                           (続く)

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2010年9月16日 (木)

トルコ旅行④ギョレメ野外博物館、カイマクル地下都市、アンカラ・エクスプレス

 8月下旬から9月上旬にかけて、イスラム国家では最も“親日的”と言われるトルコ9日間の旅に行きました。その日記続報です。

6日目:カッパドキア→アンカラ→アンカラ発深夜特急アンカラ・エクスプレス乗車(走行距離320km)
 午前中自由行動で、やはりオプションのギョレメ博物館観光に行きました。

「ギョレメ国立公園」(世界遺産)
 ギョレメ野外博物館には、4世紀前後からキリスト教の修道士たちが掘り出した洞窟教会や修道院跡があり、その教会の天井や壁に見事なフレスコ画を残している。当時の修道士達にとって外敵から身を守り、信仰を守りながら生活できる貴重な地域でもあった。(パンフレット)
 標高およそ1200m近くにあるカッパドキアの朝晩は肌寒さを覚えるくらいですが、晴れた日中は結構暑く、“酷暑の日本で体得した熱中症予防対策”を実践しながらも、最後は少々あえぎながらの見学に。
 ギョレメ地区には30以上の洞窟教会が点在し,野外博物館として公開されています。内部には美しいフレスコ画が残されています。たいてい撮影禁止です。
 人も多く、行列に並ばなければ入れない一部の洞窟教会などはスルーしてしまいましたが、最後にフレスコ画が一番綺麗に残っているというギョレメ屋外博物館入り口の手前左側のトカル・キリセ(教会)(写真最後)には入場してじっくり見学しました。保存状態も良く、なかなか見事でした。1 62

 
 昼食は洞窟ホテルのレストランで煮込み料理。昼食後ふたたびカッパドキアのカイマクル地下都市見学へ向かいます。

 途中でアヴァノスの近くを流れる“赤い川”(クズル川)から採れる赤い陶土を用いるアバノス伝統工芸の陶器工場に、トイレ休憩も兼ねて立ち寄り見学。
  足でけって回すロクロと手びねりで作られる製品/作品は、美術工芸品としても美しい優れたもので、有名作家の作品はもちろん高価ですが、きれいな日用の実用品などはそれほどでもありません。6

 
カイマクル地下都市
 カイマクル地下都市の詳細は未だ不明だそうですが、まるでアリの巣のように地下へ伸びる巨大地下都市で、地下8階まであり、約1万5千人が生活できたと推定されています。アラブ人の迫害から逃れたキリスト教徒が一時避難の場所として身を隠したのだそうです。
 この地下都市の中には生活空間だけでなく、立派な教会や食料倉庫、ワイン製造室と貯蔵室などもありましたが、やはり空気の汚れと湿気などのため、長期滞在は健康上問題を生じ、難しかっただろうと説明がありました。
 地下4階までの一部の見学でも、細い迷路のような通路と、腰をかがめなければ通過できないほど低い天井も多い地下空間の上り降りは、とても息苦しい感じですっかり汗ばんでしまい、こんな環境での生活は俗人にはとても耐えられないという印象でした。
 (なお入場前に、心臓病や高血圧など持病があったり、体調不良の人は入らないように、と注意がありました。頭が悪いのは、途中で迷子にならないよう遅れず付いてくるように、とも。最後の画像は絵はがきのコピー)Photo

 
 見学後、バスはアクサライを経て、テュズ湖沿いに北上し、トルコの首都アンカラへ。途中レストランで「肉と野菜の炒め物」の夕食を取りました。アンカラ駅前で、これまでずっとお世話になったバスの運転手にお礼を行って下車。アンカラ駅でしばらく自由時間を過ごした後、22:30発の夜行列車アンカラ・エクスプレス(個室一等寝台)でイスタンブールに向かいました。しばらくぶりの夜行列車の旅です。6_3

(車中泊)                                           (続く)

                     

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2010年9月15日 (水)

トルコ旅行③カッパドキア、セマー(旋回舞踊)

 8月下旬から9月上旬にかけて、イスラム国家では最も“親日的”と言われるトルコ9日間の旅に行きました。その日記です。

5日目:コンヤ→カッパドキア(走行距離215km)
 この日は待望のカッパドキアへ。コンヤからカッパドキアへ、バスは往時のシルクロードを走ります。途中でトイレ休憩も兼ねてキャラバンサライ(隊商宿)に立ち寄り見学。隊商の宿泊は無料だったそうです。当時としてはゴージャスな施設だったことでしょう。55r

  その後、トルコの有名なヘレケ絨毯の店にも立ち寄り、その独特で精細な製作過程やたくさんの製品も説明を受けながら見学鑑賞。"空飛ぶ絨毯もある"、などと、ウイットとユーモアに溢れる話術と説明のセンスには感心しました。大変高価なものばかりですが、希望者は購入も。

 そしてカッパドキア到着後、昼食は洞窟レストランでマス料理。昼食後、世界遺産のカッパドキア観光です。
  スリーシスターズ(3姉妹)、ラクダ岩、クルチュラル谷、ウチヒサール鳩の谷などと名づけられた奇岩群や地域を見学しました。

「カッパドキアの奇岩群」(世界遺産)
 カッパドキアはアナトリア高原の中心に広がる大奇岩地帯。キノコ状の岩に代表される奇岩の不思議な景観、奇岩の中に残された岩窟教会や修道院、地下何十メートルも掘り下げられた(カイマクル等の)地下都市はカッパドキアの様々な顔だ。(パンフレット)55253

  現在ある奇岩はやがて消えていき、それと同時にまた新しい奇岩が生まれてくるという変化が今もゆっくり進行しているという説明にうなずきながら、あらためて自然の造形の妙に感じ入りました。
 (明日も続いて、カッパドキアのギョレメ国立公園とカイマクル地下都市見学です。)
 
 この日は少し早めにカッパドキアのホテル(リゾート・デデマン・カッパドキア)に入り、荷物を下ろすとすぐ、オプションのセマー(旋回舞踊)ショー見学に向かいました。

「セマー(旋回舞踊)」(世界無形文化遺産)
 イスラム教団の一つ、メヴレヴィー教団の祈りのダンスで、スカートをはいた信者が音楽にあわせてくるくると回転する行為は宇宙の回転を表しているという。
 “ショー”の名目ですがいわゆる民族舞踊などとは性格の全く異なる宗教的な行為で、旋回舞踊中の写真撮影禁止、もちろん拍手なども一切禁止で、見学中には神妙で厳粛な気分になりました。が、しかし、そこは無信心の異教徒の悲しさ、そのうち眠気も覚えながら見入りました。
 そして、ショー終了後に、写真撮影用に、ということで、改めて一人の信者さんによるデモンストレーションがあり、その雰囲気もなんとか写真に残せました。それにしても長時間にわたりクルクルと回り続けてよく目まいがしないものです。54r

 帰り際には甘いソフトドリンクのサービスがあり、それをいただいてからカッパドキアの夜景を見ながらホテルに戻り、少し遅い夕食となりました。カッパドキア泊                                           (続く)

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2010年9月14日 (火)

トルコ旅行②アルテミス神殿跡、エフェ(ソ)ス遺跡、パムッカレ、コンヤ

 8月下旬から9月上旬にかけて、イスラム国家では最も“親日的”と言われるトルコ9日間の旅に行きました。その旅日記の続きです。

3日目:アイワルク→エフェソス(エフェス)→パムッカレ(走行距離435km)
  アイワルクからエフェソス(またはエフェス)へ250km。途中ベルガマでトイレ休憩と、パッケージ・ツアー恒例?の買い物タイム(トルコ石の店立ち寄り)。
 さらにイズミール(石油精製基地があります。トルコには石油の産出がなくすべて輸入。聞くと、ガソリン価格は日本よりも高価)を経てエフェス到着。
 昼食は牛肉料理のチョップシシ(写真中)。ちなみにトルコで一番高価な肉は羊だそうです。飲み物で注文したアイラン(ヨーグルトに塩と水を加えてミキサーにかければ自宅でも簡単に作れるという、ヨーグルトドリンク)は、すこし塩っぱい味でしたが、肉料理にはよく合うようです。3r

 食後、アルテミス神殿跡(写真上)を見学しました。世界7不思議の一つで、ギリシャ神話の狩猟の女神アルテミスが祀られた神殿跡。現在は柱が1本復元されているだけの夢の跡です。

そしてエフェス遺跡へ。
 エフェス都市遺跡は地中海文明屈指の遺跡とされ、直径100m、収容人数1万5千人という巨大劇場など、素人目にはとても立派に見えましたが世界遺産には登録されていません。 
 その理由は、復元に際して多くの間違いがあることで、現地ガイドの話では、いろいろな事情もあって、いまから手直ししてあらためて世界遺産登録するかどうかはわからない、ということでした。
「エフェス都市遺跡」
 トルコ最大の遺跡。紀元前12世紀に建設された都市国家で、イオニア地方に位置している。最盛期をローマ時代に迎え、小アジア属州の首都でもあった。神殿、音楽堂、大理石通り、図書館、円形劇場は見事。(パンフレット)5r

 見学後、途中トイレ休憩も含めて今度は革製品の店に立ち寄り、買い物ツアーの趣。それから宿泊地のパムッカレに。座席は3列仕様のVIPバスということですが、腰が痛くなる頃到着。ポラット・サーマルホテル泊。

 
4日目:パムッカレ→コンヤ(走行距離410km)
 午前中、世界遺産パムッカレ観光へ。ヒエラポリス遺跡、石灰棚そしてパムッカレテレマル(温泉プール)見学。
「ヒエラポリス・パムッカレ」(世界遺産):
 石灰棚のすぐ傍には、ヘレニズム時代から出来ているヒエラポリスの街跡が残っている。背後に広がる聖地ヒエラポリスの歴史は、紀元前190年頃、ベルガモン王国の地方都市として始まった。当時内陸部に位置する都市としては類を見ないほど繁栄したといわれている。  
 かつて綿の産地であったので、「綿の城」を意味するパムッカレ。その石灰棚は、山の上から湧いている天然温泉が下の平原に流れ込む間に冷却され、含まれていた炭酸カルシュウムが残されて、まるで水の流れのような形をしている石灰の大地として形成された。この温泉が動脈硬化、カルシウム不足、皮膚病など様々な病気に効くと言われている。(パンフレット)

ヒエラポリスの街跡見学。2r

 
続いてパムッカレの石灰棚へ。
 ガイドブックのパムッカレ石灰棚は、“青白色の水をたたえた真っ白な棚田”を連想させるものですが、実際に行ってみるとそうではありませんでした。
 現在は水が少なくなって、石灰棚全部に行き渡らなくなり、そのため乾いてしまう棚が増え、放置すると白い石灰棚が黄色く変色してしまうため、今は人為的に水を流していて、ただ一度に全域に流すことはできないため、順番に場所を変えて(水を)流しているということでした。
 ですから、石灰棚パンフレットにあるような青白い水をたたえた特異な景観のビューポイントは、当日、現地に行ってみないとどの場所になるかわからない、ということでした。
 水量が減少した過程で、現在は撤去されて存在しませんが、かつて石灰棚の中に観光ホテルが建設され、水利などすべてそこから調達したため、石灰棚景観や、環境の悪化を招き、そのため国の命令によりすべて撤去されたということですが、そのようなことも原因の一つと推定されているようです。
 ”あの向こうがビューポイントです”、と教えられて行った場所は、確かに石灰棚全域が見渡せるポイントでしたが、残念ながら、青白い水を湛えた景観ではなく、少しがっかり。
 方角違いで、水を流しているところまで足を伸ばして、観光パンフレットにあるような景観を見ることができて納得しました。石灰棚には温泉水の流れる足湯もありました。5r_2

 石灰棚の上にあるパムッカレ温泉プールも見学。その後、近年開発・発展の著しい都市コンヤに向かいます。途中、昼食はトルコ風のピザ。やはりおいしいものでした。

コンヤ到着後、一旦ホテルまで行き荷物をおろしてからコンヤ市内観光に。
 インジェ・ミナーレ神学校とメヴラーナ博物館(と言っても実際は霊廟)などを見学。どこに行っても天空に向かってそびえる尖塔とトルコブルーの配色をもつ建造物があり、印象的です。3r_2

 見学後、これまでとは少し早めの18時前にホテル帰着。超高層のリクソス・ホテル泊。                                           (続く)

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2010年9月13日 (月)

トルコ旅行①トロイ遺跡

 8月下旬から9月上旬にかけて、イスラム国家では最も“親日的”と言われるトルコ9日間の旅に出かけてきました。(お仕着せのパッケージ・ツアーです。)

前置き:
 ①成田発の飛行機で、たまたま隣の席になった若い外国人から日本語で話しかけられました。“日本の方ですか”。“そうです”。“どこに行きますか”。“トルコです。カッパドキアなど楽しみにしています”。“カッパドキアはすばらしいです。私はトルコ人です。はじめて日本に来ました。名古屋で開催された「COP10のカンファレンス」*に参加しました。
 滞在は10日間でしたが、大変でした。室内は冷房が効いて寒く、屋外は熱帯かと思うくらい暑くて、寒い、暑い、寒い暑いの出入りの繰り返しですっかり体調を崩しました。ホームステイで日本語を少し覚えましたがとても難しいです。里山ウォーキングにも行きました。とても楽しかったです。今回は名古屋の近くだけしか行きませんでしたが、次は東京、京都、奈良などにも行ってみたいです。
 現在のトルコは政教分離の民主国家で、信教についても自由です。(→信教の自由は憲法によって保障されていて、他のイスラム教国に例を見るのと違い、国教とされてはいませんが、もちろんイスラム教徒が絶対多数の99%で、穏健なスンニー派が大多数を占めていて、他の宗教に対しても寛容です。)私はイスラム教徒ですが、お酒は飲みます。ただ今日は体調が悪く飲めません。お寿司、天ぷらは美味しかったです。サシミは食べませんでした”。
 (実際トルコ国内でも地域によってイスラムの戒律を厳しく守っている地域と、かなり自由度の高いところがあるようでしたが)。度々、咳き込みながら、覚えたての日本語の単語を一生けんめい思い出しながら話されました。日本語に詰まると、上手ではありませんと言いながら、流暢な英語で。(それはこちらが十分理解できず・・・)ともかくひどい咳き込みようで、見かねた妻がさし出した“のど飴”を、ありがとう、と言ってなめておられましたが、むろんそれではどうにもならず、とうとうスチュワーデスに頼んで薬と水を貰われ、(当方、風邪薬は持参していましたが、スーツケースに入れていたので間に合わず)機内食も摂らず、夜間には毛布をかぶって休まれた様子で、とても気の毒でした。
 イスタンブール到着後、“いろいろ教えてもらいありがとう”、と言うと、ちょっと間をおいて、“ドウイタシマシテ”、とにこやかに日本語で返されました。ささやかな親善でしたが、今後、次代を担う若い人同士の国際交流がもっと活発になって欲しいと思ったことでした。

*「生物多様性国際ユース会議in愛知2010」:平成22年8月21日(土)~27日(金)実施済み(http://www.cop10.com/event/000221.html
 今年(2010年)10月、愛知県名古屋市で開催される「生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)」の関連会議として、世界の青年の交流と生物多様性に関する意識の向上等を目指し、先に「生物多様性国際ユース会議in愛知2010」が開催されました。
 この会議には、日本を含め世界66カ国からの青年(高校生から大学院生)100名が参加し、COP10に向けたユースの宣言(ステートメント)などが作成されました。開催場所のうち、ホームステイは愛知県内一般家庭受け入れということで、一般市民との親善交流が図られ、また三重県菰野町においては、里山ウォーキングなどを通じて里山の自然体験等も行われました。

 ②「2010年トルコにおける日本年」(http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/turkey/2010/contents.html
 1890年9月、オスマン帝国の軍艦「エルトゥール号」が明治天皇を表敬した帰途に和歌山県串本町沖で遭難し、587人が犠牲になりましたが、救助された69人は地元住民の手厚い看護を受け、日本海軍の艦船でトルコに送還されました。これを機に、トルコの親日感情が深まったとされています。
 また近いところでは、1985年イラン・イラク戦争の最中、トルコ航空機による邦人救出劇は、両国の友好を象徴するエピソードとしてしばしば語られています。
 このエルトゥール号遭難の出来事から120年目にあたる今年は「トルコにおける日本年」と位置づけられ、今年9月2日には慰霊式典がトルコ南部の港湾都市メルシンで行われ、式典には、日本からも多くの関係者が参加されたようで、たまたま同宿ホテルで120年記念友好親善ツアーのワッペンをつけた串本町市民の方々に出会いました。

 さて、そこで今回はじめて訪問したトルコですが、緯度は日本とほぼ同じで、今夏は日本同様、特別に暑かったということで、7月、イスタンブールで53℃になったと現地在住の日本語ガイドの話しです。
 確かに暑く、9月初旬に滞在したイスタンブールの晴れた1日、大広場のデジタル温度計は36℃を表示していました。できれば訪問の時期は暑い夏は避けたほうがよさそうでした。
 次に、フレンチ、中華とならんで世界3大料理の一つとされるトルコ料理ですが、食材が豊かで、料理の種類も驚くほど豊富で、また日本人の舌にはとても美味しく、“食の国”を実感しました。食料自給率は100%だそうです。
 感動的おいしさの逸品をひとつ上げるとすれば、“サバサンド”。主食で、良質な小麦から作られる豊富な種類のパンは、トルコ人が世界一と胸をはるとおり、本当に美味しく、これに、生さばを焼いてその大きな半身を、トマト、レタスなどの野菜とともにはさんだ巨大な“鯖サンドイッチ”。
 好みでビネガーをかけて食べますが、ひとりでは食べきれないほどの、まさに満腹の絶品でした。お値段は4トルコリラ(円高のおかげで、240円ほど)でした。4r

 ともかく、トルコ人と日本人には“もてなしの心”など、どこか心情的に似通ったところがあるように感じますが、実際のところ私たち一般の日本人がトルコのことをあまり知らないように、トルコの人々も日本についてそう詳しいわけではなさそうです。親日的、ということが今後も続き、深まって行くかどうかは、これからの付き合い方次第でしょう。親近国家、と言っても冷静に考えて見れば、one of them ではあっても、only one ではありませんから。
 
イスラム
 先日も、米フロリダ州のキリスト教会がイスラムの聖典“コーラン”を集めて燃やす、として物議を醸しています。事あるごとにキリスト教とイスラム教の宗教対立が語られ、またなお繰り返される一部の過激なイスラム原理主義者によるテロ行為が、とかく世界の耳目を集めますが、イスラム原理主義者=過激派というのは間違いで、本来のイスラム原理主義運動は暴力と無縁のもので、イスラム社会内部での自浄を求める運動であって、イスラム教徒以外の人々に攻撃を与えるような考え方はそこにはない、ということです。

 長~い前置きになりましたが、今回は主体性のない単なる観光ツアーです。現地でチャーターしたバス会社から貰った観光案内パンフレットなども参考にしながら簡単な旅日記としました。
  多くのパッケージツアーで標準コースといわれる、トルコ国内9箇所の世界遺産のうち、4ヵ所をバス及び夜行列車を利用して回る9日間の行程です。(画像はクリックで拡大します)Blg2r

 
1日目:成田→イスタンブール(ソウル乗り継ぎ約13時間)
 アルメニアを過ぎたあたりで、左手に雪を頂いた山並が見えました。
トルコではビザ、入/出国書類等は不要。おりしもラマダン(断食)月で、また当日は休日とあって、途中イスタンブール市内の交通渋滞もあまりなく、ホテルには予定通り21時過ぎ到着。
 グランド・ジェバヒル ホテル泊。日本との時差はサマータイム期間中で6時間。やはり眠れませんでした。12r

 
2日目:イスタンブール→トロイ→アイワルク(走行距離500km)
 イスタンブールからマルマラ海の北側沿い(ヨーロッパ側)を走り、ダーダネルス海峡をフェリー(約30分)で渡りアジア側へ。乗船前、港のレストランで昼食の魚料理。飲み物の注文はトルコ産では唯一のビールEFES(pilsen)。暑かったせいもあり、美味しいビールでした。
 下船後バスでトロイへ。
「トロイの古代遺跡」(世界遺産):
 ギリシャの有名な英雄叙事詩ホメロスのイーリアスに語られているトロイ戦争の舞台。その伝説の木馬は遺跡の入口に立っている。ドイツ人考古学者シュリーマンがその有名な財宝をドイツに持ち去った。現在はロシアのプシュキン美術館に展示されている。(←チャーターしたバス会社から配布された観光案内パンフレットから転載:以降パンフレットと略記)
 “幼い頃に聞かされて夢見たトロイの木馬神話遺跡を、長じて遂に発見した偉大なシュリーマン”、として物語などでもよく知られていますが、現地での案内表示を読み、ガイドの話を聞くと、“偉大なシュリーマン”、という一辺倒の評価ではなく、“遺跡を発見した”功績とは別に、遺跡発掘者としては素人のシュリーマンの乱暴でむやみな発掘作業のせいで、実際、遺跡のかなりの重要な部分が破壊され、それにより必要な情報が失われてしまったことなどに関しては批判もあり、この点は結果として大変惜しまれているようです。
 なおシュリーマンが発見した財宝も未だに物議をかもしており、余談ながら、財宝がなぜロシアに、と聞いたら、シュリーマンの奥さんがロシア人だったから、とのこと。
 また今も発掘調査が進行中で、遺跡の修復、保存状態はあまりよくないように見受けられました。2

 
 遺跡のシンボルとして複製されている“木馬”は中にも登ることができて、無邪気な観光客の記念写真スポット。遊園地の風情がありました。2_42

 遺跡見学の後、宿泊地のアイワルクまで車窓からの風景をめでながらバスの旅。到着後、ハリッチ・パーク ホテル泊。
 以降、どこの宿泊地でもホテルの朝、夕食バイキングは食材、メニューとも豊富で、とてもおいしいものでした。                                                 (続く)

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2010年9月12日 (日)

ショウジョウトンボ

 コシアキトンボが飛んでいる池の周りにはショウジョウトンボもたくさん飛んでいました。P8030056

 
 ショウジョウトンボも縄張りをパトロールして、侵入者を追い払う行動を繰り返すのは他のトンボと同じですが、他のトンボに比べると草の茎などに止まることが多く、撮影は比較的容易です。そのためこれまでに何度か記事にしていて繰り返しになりますが、8月に撮った写真を掲載しました。P8030050

P8030051

P7230084trmcc

 
 ショウジョウトンボはアキアカネなどの普通のアカトンボよりもひとまわり大きい、顔まで含めて全身が真っ赤なトンボで、平地の池や用水路などに広く分布し、都市周辺でも見かける機会が多い。水面上をパトロールするように飛んでいるのがよく見られる。大きさ約45mm、出現時期5~10月、分布は本州・四国・九州・沖縄

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2010年9月11日 (土)

翅が黄色く変色したシオカラトンボ

 近郊の稲田では稲刈りもだいぶ進んでいます。先日の台風の後も、晴れた日中は相変わらず気温が30℃を越えて暑いですが、それでも秋の気配も感じられるようになりました。
 余談ながら、稲刈り中の農家の方に作柄を伺ったところ、この夏異常な暑さのせいでどうしても稲田が乾き気味になり、あまり良くなさそうだとのことで、夏野菜などもやはり不作で品薄になっているようです。

 稲穂の波の上には精霊トンボの群れが、また田んぼ脇の水が枯れかかった水路にはたくさんのシオカラトンボが飛び交っていました。P8250100

P8250114

 
 その中に、翅が少しいたんだ様子も見えますが、翅色が黄ばんだ個体が目に止まりました。P8250085

 
 しばらく腰をおろしてみていると、縄張りを行ったり来たりしています。そして”普通の”シオカラトンボが侵入してくると執拗に追い回して戻って来ます。P8250090

 
 ただどうしても黄色い翅とのコントラストがはっきり見える青い草のところには止まらず、茶色に枯れたところに止まるので、翅色がもう一つ鮮明に撮れませんでしたが、飛んでいる時に肉眼で見える色は、時には薄い金色に映ったりして、それなりに綺麗にも見えました。P8250099

 これが変異なのか、病変なのか、あるいは生理的に劣化したものなのか、どうしてこんな翅色になっているのかは分かりません。

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2010年9月10日 (金)

コシアキトンボ

 コシアキトンボは大きさ40~49mm、黒い体で腹の上部だけが白く、その白い部分が空いているように見えることから名づけられました。
 (なおこの腹部第3~4節が白いのは♂で、ここが黄色で間に黒い帯が交じっているのは♀です。)P8030010

 
 近所で一番多く見られるのはシオカラトンボで、コシアキトンボも珍しくはありませんが、普段は用水路や溜池の水面近くを行ったり来たり飛び続けていて、なかなか止まりません。それで通りがかりでは、写真に取る機会が少ないのです。
  ヨシの生えたあまり綺麗ではない水路にたくさん飛んでいますので腰を落ち着けて撮影に行ってきました。P7200083trmcc

 
 ご多分にもれず縄張り争いをしていることが多く、やっと止まってシャッターチャンス、と思うと、別の個体が飛んできて、すぐそれを追い払いに飛んでいきます。その繰り返しの多いトンボです。P8030008

P8030013

 
 メスの産卵行動も観察できました。(めすはコシの部分が黄色で間に黒い帯が交じっていますが、この画像では黄色には見えません。)
 水面上でホバリングしながら、水面に近づくと尾端を曲げてチョンチョンと水面の浮遊物に接触する連続打水動作です。
 場所を変えながら繰り返し、熱心に続けていました。3r

 出現時期は5~9月。分布は本州、四国、九州。

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2010年9月 9日 (木)

マイマイカブリ

 酷暑の続いた盛夏の草地に,枯れ草の下をくぐりながらゆっくり歩いている体長6cm位のマイマイカブリを見つけました。8

 
 草地には意外にカタツムリが目につきました。近くには齧られた痕が残るすっかり変色したカタツムリの殻もありました。2r

 
 春から秋まで見られ、おもに地上を歩き廻っていますが木に登ることもあり、本来は夜行性ですが、日陰の多い林道や草むらなどでは日中でもたまに歩き回る成虫が見られるということです。6

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 この個体は,暑さのせいかどうかわかりませんが動きは緩慢で、やがてゆっくりと枯れ草の下にもぐり込んでいきました。

 マイマイカブリは日本の固有種で、左右の前翅が羽化後にそのまま融合してしまい、開くことができず、さらに後翅も糸状に退化しているため飛ぶことができません。
 このため、長距離の移動ができず、他地域の個体群との遺伝的交流が制限され、各地域の個体群が独自の分化を遂げた亜種がたくさんいるそうです。

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2010年9月 8日 (水)

ミヤマキンポウゲ、モミジカラマツ、ヨツバシオガマ、ゼンマイ、ノウゼンカヅラとアゲハ

 暑かった8月の山地で撮りためた山野草です。
立山登山道沿い・室堂平付近で見られた植物の続き、最後です。

ミヤマキンポウゲ:
 黄色い花が霧に濡れていました。亜高山帯~高山帯の湿り気の多い草地に生える多年草で、しばしば大群落を作りますが、この場所では少なかったようです。
 高さは30~80㎝で、茎の先で分枝して、直径2㎝ほどの金属光沢のある5弁花をつけます。Img_0557_2

 
モミジカラマツ:
 キンポウゲ科モミジカラマツ属の宿根多年草。高山帯でやや湿り気のある場所に生えています。高さは40~60cm、根本から高く花茎が伸び上がり、その先に散房花序の直径1cmほどの白色の花を多数つけます。花弁はなく、白い花は雄しべの集まりです。葉の形はモミジのようです。花期は7~8月。分布は北海道から中部地方以北。
2r_18

 
ヨツバシオガマ:
 ゴマノハグサ科シオガマギク属の多年草で、高山の湿り気のある場所に生えています。高さは20~50cm。薄紫色の太くて短い花弁が数段に重なり輪生しています。
 名前のとおりシダのような葉が茎の節ごとに4つずつ輪生しています。花期は6~8月。分布は北海道から中部地方以北。
Img_0563

 
ゼンマイ:
 生育環境は、必ず渓流の脇の岩の上、といわれるとおり、雪渓の雪解け水も集めて流れる小さな沢の岩の傍にありました。Img_0591

 
 無関係のおまけ:
平地では一日花のノウゼンカズラの花が満開で、オレンジ色の暑苦しい花をたくさんつけ、それがぼたぼた地面に落ちてよけいに暑苦しいところに、アゲハがやってきて、一生懸命口吻をのばして蜜を吸っていました。2r_19

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2010年9月 7日 (火)

イワツメクサ、クロトウヒレン、コバイケイソウ、ハクサンボウフウ、ミヤマアキノキリンソウ

 暑かった8月の山地などで撮りためた山野草を掲載しています。
富山県の立山登山道沿い・室堂平付近で見られた植物の続きです。

イワツメクサ:
 登山道の岩場・砂礫地に濃霧でぐっしょり濡れていて咲いていました。濡れていて写真映りが悪く細部が分かりません。
 クモマミミナグサか、あるいはイワツメクサかはっきりしないところですが、5枚の花弁の切れ込みの深さから、花弁が10枚あるように見えるイワツメクサとしました。
 イワツメクサは本州中部の高山の礫地に多く分布する高山植物。高さ5~20cm、葉は細長く3cmほど、花期は7~9月。Photo_5

 
クロトウヒレン:
 特徴的な花姿です。一ノ越を下ったあたりに生えていました。高山の日当たりの良い草地に生える多年草で高さ30~70cm。アザミに似ていますがトウヒレンの仲間なので、棘はありません。
 葉は卵形や披針形で先が尖っています。茎葉は柄が短くひれのような翼があります。花茎にも狭い翼があり、上部に褐色の縮れた毛が密生しています。頭花は淡紫紅色で2~3個付きます。花期は8~9月。
Img_0550

 
コバイケイソウ:
 お馴染みの花です。濃霧が切れた一瞬、姿が見えました。草本の中では大型で、高さは1mほどになります。6~8月に穂の先に白い花をつけ遠くからもよく目立ち、夏の山を代表する花の一つです。
 互生する長楕円形の葉には光沢があり、硬い葉脈がはっきり見えます。なお、有毒植物で、若芽の時には要注意です。

Img_0587

 
ハクサンボウフウ:
 各地の山でも見かけられます。白山で発見され、漢方薬の「防風」に似ていることからこの名がついたとされています。高さ10cm~50cm。1つの花は径約3mmで、たくさんの花が集まってできた花序の径は約7cm。S

 
ミヤマアキノキリンソウ:
 山野に咲くアキノキリンソウの高山型だそうです。霧の中でも黄色の花がよく目立ちました。キク科アキノキリンソウ属の多年草で、亜高山帯から高山帯の草地や砂礫地に生育しています。花期は7~から9月。分布は本州中部以北。2r_17

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2010年9月 6日 (月)

アオノツガザクラ、イワイチョウ、ウサギギク、エゾシオガマ、オヤマソバ

 暑かった8月の山地などで撮りためた山野草を掲載しています。
富山県の立山登山道沿い・室堂平付近で見られた植物です。

アオノツガザクラ:
 ツツジ科ツガザクラ属の常緑小低木です。高山帯で、適度に湿り気のある岩場や草地に群生する高山植物です。高さは10~30cm。
 花は淡い黄緑色で壷状の花冠です。花冠は6~8mmで、先がすぼまり5裂しています。
 花期は7~8月。分布は北海道から中部地方以北。
Img_0586

 
イワイチョウ:
 亜高山から高山にかけての湿原などに生えています。花茎の高さは20~40cmで、花茎の先に5裂する白色の花を数個咲かせます。
 葉は根生し、厚い腎臓形で葉柄があり、縁は鋸歯状になっています。秋になると葉が黄色に紅葉します。
 花期は6~8月。分布は北海道、本州の中部以北の多雪地。2r_15

 
ウサギギク:
 キク科ウサギギク属の多年草で、亜高山~高山帯に生えています。「ウサギギク」の名前は、葉の形がウサギの耳を連想させることに由来しています。
 葉は対生してへら形。茎は単一で直立していて、高さは20~30cmで、黄色い花を一輪つけます。
 花期は7~8月。分布は本州中部以北、北海道。2r_16

 
エゾシオガマ:
 草地に生えていました。亜高山帯~高山帯の日当たりのよい草地に生え、高さ40㎝ほどになる多年草です。葉は長三角形状で粗い鋸歯があります。下部の葉は対生していますが、茎の上半部では互生します。
 上部の葉腋に黄白色の花がねじれて横向きに咲きます。花期は7~9月。分布は本州中部以北。Img_0552

 
オヤマソバ:
 登山道沿いの砂礫地に生えていました。高山帯の砂礫地や岩場に生え、高さは10~50cmになります。茎はしばしば紅紫色を帯びることがあります。
 葉は卵形で、葉柄は短く5~10mmほどです。上部の葉腋から総状花序をだし、白色から淡い紅色を帯びた花を咲かせます。花冠は5深裂します。花期は7~9月。Img_0558

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2010年9月 5日 (日)

ヤマユリ、ヨツバヒヨドリ、コイワカガミの花後の実

 暑かった8月の山地などで撮りためた山野草を掲載しています。
福島県・安達太良山で、主に下山道沿いで見られた植物の続き、最後です。2種は別の所で記録済みで重複しています。

ヤマユリ:
 道沿い林縁に、たくさん咲いていました。Img_0384

 
ヨツバヒヨドリ:
 大部分は葉が4枚(通常3~5枚)輪生しているので、ヨツバヒヨドリ。Img_0379

 
コイワカガミ:
 花を見れば誰でも知っている植物ですが、花後の実をつけた姿からはなかなかコイワカガミと分かりませんでした。Img_0325

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2010年9月 4日 (土)

ツルリンドウ、ノギラン、ノリウツギ、ハクサンボウフウ、ヤマハハコ

 暑かった8月の山地などで撮りためた山野草を掲載しています。
福島県・安達太良山で、主に下山道沿いで見られた植物の続きです。

ツルリンドウ:
 ツルで地面を這っていて、写真に撮りにくい被写体でした。3r_4

 
ノギラン:
 低山に咲く花です。ラン、の名前がついていますがユリ科植物と教わりました。2r_13

 
ノリウツギ:
 夏山でよく見かける木で、白い花は暑い中にも一服の清涼感を覚えるものです。樹皮から,和紙を漉くときの糊が取られたそうです。2r_14

 
ハクサンボウフウ:
 最初に白山で見つけられたから”ハクサン”が冠せられているということです。Img_0286

 
ヤマハハコ:
 山地に生えます。以前にも掲載済みで、重複しています。Img_03751

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2010年9月 3日 (金)

アカモノ、メイゲツソウ、イワオトギリ、コバギボウシ、ツリガネニンジン

 暑かった8月の山地などで撮りためた山野草を掲載しています。
福島県・安達太良山で、主に下山道沿いで見られた植物です。

アカモノ:
 白い花の後に、赤い実が成っています。Img_0325_1

 
メイゲツソウ:
 イタドリの、赤い花のものをメイゲツソウというそうです。きれいな赤い花でした。2r_11

 
イワオトギリ:
 あまり多くは見られなかったのですが黄色い花がよく目立ちました。Img_0288

 
コバギボウシ:
 葉が小さいギボウシ。道沿い林縁のあちこちに生えていて、花がきれいでした。Photo_4

 
ツリガネニンジン:
 ほぼ白色の花で、涼しげな風情でした。2r_12

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2010年9月 2日 (木)

クロズル、ミヤマイタドリ(オンタデ)、ミヤマシャジン(ハクサンシャジン)、ヤマハハコ

 暑かった8月の山地などで撮りためた山野草を掲載しています。
福島県・吾妻小富士の火口周回コース沿いで、乾燥した砂礫地帯に生えていた植物です。

クロズル:
 名前のようにツル性の植物だそうですが、アリ地獄のような砂礫の斜面に生えていて、近寄ることが出来ず、ツルかどうか分かりませんでした。4r

 
ミヤマイタドリ(オンタデ):
 平地に生えるイタドリの高山型だそうです。雌雄異株で、赤い花は雌花のようです。Img_0207

 
 白い花は雄株です。Img_0207_1

 
ミヤマシャジン(またはハクサンシャジン):
 ”アリ地獄”の砂礫斜面にも咲いていて、誘い込まれそうでした。Photo_3

 
ヤマハハコ:
 近隣の山地でもよく見かけました。3r_3

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2010年9月 1日 (水)

ヌスビトハギ、ノアザミ、ヨツバヒヨドリ、マルバフユイチゴ

 とうとう、と言うか、やっと、というのか9月です。”秋”は立つのでしょうか、座ったまま動かないのでしょうか。

 8月の山地などで撮りためた山野草を掲載しています。平地で見られるものもあります。
福島県・五色沼自然探勝路沿いで見かけた植物の続き、最後です。

●ヌスビトハギ:
 まだ咲き始めのようでした。近所にも生えています。
 花後の果実には刺があって、”ヒッツキムシ”になって衣服に付くとなかなか取れないで難渋します。2r_7

 
●ノアザミ:
 アザミには種類が多く、正確な同定は専門家でも難しい場合があるそうです。
 生育地や他のサイト情報も参考にして、ノアザミとしました。2r_8

 
●ヨツバヒヨドリ:
 近隣の他の地域でもたくさん目にしました。蜜を求めてチョウなど、昆虫がよく集まっているのを目にします。2r_9

 
●マルバフユイチゴ:
 見るのは初めてでした。実は食べられるそうですが、もちろんすぐに採って食べたりはしません。
 名前のとおり丸い葉で、またフユイチゴと名前にありますが、夏の初めに白色の花を付けてから、赤い実を付けます。
 草本のように見えますが、常緑のつる性小低木で、キイチゴの仲間です。(別名コバノフユイチゴ)2r_10

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