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2010年12月

2010年12月31日 (金)

2010/12 モミジバフウ:冬芽と葉痕・維管束痕

 年齢を重ねるに連れてどんどんスピードアップして流れていく一年が”もう”終わりました。今年も代わりばえしない拙いブログを書き連ねてしまいましたが、一年間、貴重な時間を費やして訪問していただいた皆様に、お礼を申し上げます。有難うございました。
 積み残した原稿は年明けにぼちぼち、ということになりましたが、来年もまたよろしくお願いいたします。

 締めくくりのご挨拶は、モミジバフウの元気坊やに登場してもらいました。北風に吹かれて完全に葉を落とした木には、茶色になった実がまだ少し残ってぶら下がっていました。Photo

 
 そして冬を越し春を待つ新梢には、すっかり仲良しで顔なじみになった楓の坊やがいました。維管束から滲み出した水滴が表情を豊かにしていました。Rimg0067

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 風邪ひいて枯れないように頑張って、春には、一向に元気のでない日本の後押しが出来ますように。そして元気に明るく新しい年度がスタートができるようがんばります。有難うございました。

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2010年12月30日 (木)

2010/12 天空列車で行くチベットへの旅⑥ 余話:ジャマの木/冬芽と葉痕

 ここで、お話は少し先にとんで、こぼれ話です。 

 ポタラ宮の見学を終え、石組み階段を降りながら見下ろす足元の庭園、そしてその先に歴史的景観をぶち壊しながら、中国人起業家資本によって急速に”開発/近代化”が進む市街地や、宿泊ホテルなどが一望できます。(2010.12.14撮影)Img_4134

 
 その昔は、チベットの伝統精神文化が息づく聖地のゆたかな 原風景が広がっていたに違いありません。
 階段をおりきって外に出ると、すっかり葉を落とした古木の庭園があります。主だった樹木の太い幹には「銘木古木」森林保護管理局、という金属プレートが取り付けられていて、樹名欄には中国語で、読めない名前が書いてあります。
 チベット人ガイドのTさんに聞くと、柳の種類で、チベット語では”ジャマ”といいます、とのことでした。

 細く長く伸びてしなる枝に、冬芽と葉痕がありました。Img_4139
 

 大きさは5mm程のかなり小さい(ピンぼけになりました)、しかし愛嬌のあるものです。Img_4138

 
 突然ですが、チベットモンキーです。3756575498_4f0b30d1ed

 
 印象が似ているので勝手に、チベットモンキーコン(痕)と名づけました。Img_4139_2

                                                                  (続く)

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2010年12月29日 (水)

2010/12 天空列車で行くチベットへの旅⑤ 3日目、青蔵鉄道ハイライト3

  (参考:http://kanazawa45.wordpress.com/page/3/

  脳内居住ヤギあこがれの天空列車も、いよいよ最終路、フィナーレを飾る、これこそ一番のハイライト・シーンを迎えます。ダムション駅を出発して20分後位から、雪をかぶった険しい山並みが見えてきます。標高7,000mを超える白雪の高峰が見られるのは、世界の鉄道でこの青蔵鉄道だけ。
 そして17時03分、車窓に迫るハイライト・シーンは標高7,162mのニェンチェンタンラ峰の眺望です。(画像はクリックで拡大します)3164917057162m

 ”皆様、右手をご覧ください。我が国が世界に誇る青蔵鉄道の車窓に迫り来るのは、白雪峰の中でも、圧倒的な山容を誇る標高7,162mのニェンチェンタンラ峰でございます。とくにニッポンの前期高齢者の皆様には、ぜひとも、迫り来る冥土へのお土産に、しっかりと眼に焼き付けて下さいませ。謝々”、”Ladys & Gentleman we are soon~, thank you”、と、中国語と英語での車内放送サービス、など、余計な事は一切ありませんので、”山より団子”のお客様には、静かな快適旅が出来るのです。(チョッ、チョモランマは見えネエの。やっぱりネパールかァ。ブツブツ:ネパールまで行かなくても、ラサからシガツェへ、そこから車でティンリーに行き、更に雑ロンボクのテント村まで行けばチョモランマのチベット側登山口でチョモランマ観光の基地があります)。

 
 18時を過ぎ、さすがに光が弱くなってきた日暮れ時に、列車は終着地点のラサ市街域に入り、18時18分、キチュ河(ラサ河)の鉄橋から、なんとかポタラ宮を確認することが出来ました。131818img_40771818

 
 そしてそれから程なくして、約24時間20分の長旅終着駅ラサに18時26分、到着です。降車して記念撮影、そして、3重連機関車の写真も、と先頭車両の方に急ぐと、降車中の先頭客車(硬臥車)まで行ったところで、それより前には来るな、戻れ!と、やっぱりホームで監視している無愛想から、案の定、大きなゼスチャーで追い返されました。
 むろん禁止区域無断侵入、強制連行、カメラ没収はたまりませんから、”素直に”引き返して、駅舎改札出口に向かいます。ラサの駅舎は、これまた長大な建物で、中央部が白色の建屋で、その両脇に煉瓦色のウイングが付属する構造。全貌は、かなり遠くからでないと確認できません。
 ともかく煉瓦色の巨大な駅舎を出て、白色駅舎を見に行こうとすると、またもや警備の無愛想から、こっちに来るな、向こうを大回りして駅舎から離れろ、と追い払われます。31826_2

 
 こうして世界に冠たる天空列車でサービス満点の列車旅が終わりました。陽も落ちてきました。気力も落ちてきました。大方の人々が、正直、疲れたわ、と言います。
 さすがに陽の落ちたラサ(標高3,640m)は富士山より少し低い程度の高地で、この時期、夜間は-5℃以下に冷え込みます。首をすくめながら、明日からラサ観光のお世話になる迎えのバスに乗り込みます。
 バスの中で、チベット人男性で現地ガイドのTさんから、歓迎のカター(マフラー)をかけてもらい、また携帯用酸素ボンベを受け取ります。そして途中レストランに立ち寄り夕食を済ませてから、3日間滞在するホテルに向かいました。
 ホテルチェックイン20時20分。好立地のホテルは、出来て間もない新しいホテルで、広い部屋に、高山病対策の酸素ボンベ(ただし使用は有料)、過乾燥防止の加湿器などが常備されています。暖房設備はもちろんありますが、更に寒がり日本人のために、電気パネルヒーターも部屋に持ってきてくれました。
 至れり尽くせりで、働いているチベットの人々はとても穏やかで、笑顔の対応はとても親しみにあふれたものでした。どこかの無愛想とは大違いです。
 既に観光シーズンは終わっていているので、宿泊するのは私たちだけだということ。そのおかげで、ハイシーズンにはとても確保できないという、窓から、正面にライトアップされたポタラ宮が見える部屋に泊まれる好運に恵まれました。なお余談ながら、観光客の減る冬季は休業するということでした。Photo

 
 窓の向こう正面に浮かび上がったポタラ宮。(翌朝気が付きましたが、目前の青い光の点いた建物は、建設中の大きな建造物で「公安」の看板が掲げられていました。部屋の中までホテルから見下ろし丸見えです。余計なことですが、いずれ目隠しせよ、と言われるのでしょうか)132030img_40892030

 高地環境に慣れていない体のため、初日は、シャワーは軽くすませ、アルコール類は一切控えるように、とのお達しです。気のせいか、少し頭痛がしましたし、列車の車中泊では寝不足で、疲労感もあって、早々にベッドにもぐり込みました。
 ポタラ宮のライトアップは午後9時までのようでした。
                    (続く) 

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2010年12月28日 (火)

2010/12 天空列車で行くチベットへの旅④ 3日目、青蔵鉄道ハイライト2

 2010年12月中旬に旅行したチベット旅日記の続報です。
 (参考:http://kanazawa45.wordpress.com/page/3/

 青蔵鉄道最高標高地点のタングラ峠5,072mそして直後のタングラ駅5,068mを過ぎると窓外には冬枯れした茶色の絨毯のような草原地帯の風景が展開します。またアムド(安多)を過ぎ、更に次のツォナ湖駅に近づくと、湖が見えるようになります。
 見え始めてから通り過ぎるまで(11:48分~11:57くらいまで)少し時間がかかりました。チベット族に「神の湖」と呼ばれる湖の面積は、琵琶湖の2/3ほどで400平方キロメートルを超える大きさだそうです。
 このツォナ(錯那)湖は、湖としては最高地点の海抜4,650mに位置する高原淡水湖でが、線路に近いところにあって、最も接近するところでは数十メートルほどのところに見えます。
 果てしなく広がる高原と碧空のもと、凍結した表面の氷が、ぶつかり合って”御神渡り”のように盛り上がり、遠目には白い波のようにも見える景観は格別に美しいものでした。311481115

 
 ツォナ湖が遠ざかり見えなくなった12:00、待ちにまった食堂車での昼食です。ガイドブックにあるようなサービスとはおよそ無縁の無愛想が運んでくる中国料理 を、15分ほど楽しんで、ほとんどの人がほとんど食べ残します。(私もおなじ、食事後の写真)。もうかなりへばってきたようです。
 12時59分、ナクチュ駅の一つ手前、ヨロヨロしそうな標高4,646mのガンシゥ(崗秀)駅に停車しますが、もちろん外には出られません。31200151259

 
 ガイド氏から、次のナクチュ(那曲)駅では降りられます、ただし停車も発車も何の予告もありません。ホームに出て気がついたら発車してしまったということのないよう、くれぐれも置き去りにされないように、自己責任で降車する方は十分留意して降りてください、と教えられたナクチュ駅に着きました(14:26分)。
 デッキまで行って待ち構えている間、そこに来た駅員3人(やはり無愛想)に、パントマイムで、停車時間は2分くらいか、と指2本立てて尋ねると、”6ミニッツ”、と口を聞いてくれました。話せるのだ!
 ホームに降りて、乗っている車輌の前で記念撮影。そして先頭の3重連機関車と駅舎の写真を撮ろうと乗車車輌位置から離れようとすると、ホームで監視していた駅員(監視員?)が、そっちには行くな、戻れと手を振って追い返されます。しかたねえな、と泣くナクチュういに従って、その場で見える範囲で写真を撮り、すぐにコンパートメント席に戻りました。14266

 現地購入のガイドブックに、「ナクチュ駅は美しいチャンタン草原の中にあり、周囲を一望できること。青空に浮かぶ白雲、湖、ヤク、羊に草原、雪山などが織りなす壮大な風景は実にすばらしい。
 ナクチュの平均標高は4,000m以上で『世界の屋根の上の屋根』と呼ばれる。8月(チベット暦6月)の競馬祭りはナクチュが誇る伝統行事」、とありますが、下車して見えたのはほとんどこの(掲載)写真だけの範囲。不平を言ってはいけません。微妙な関係の中で乗せて頂けるだけで、充分幸せを感じなくてはいけないのです(グッスン)。

 ナクチュを過ぎ、50分ほど走ってから、再び高山風景が遠望できるようになり、白銀の鋭鋒が見え始めました。そして15時22分、ナクチュとダムションのほぼ中間地点に位置するサムディン・カンサン峰(6,590m)が正面に見えるようになりました。
 裾野に広がる冬枯れの高原には放牧のヤクの群れも眺められて雄大な風景です。脳内居住のヤギが喜びます。
 やがてサムディン・カンサン峰は遠のいていき、列車は次のダムション駅に向けて走ります。3151415226590m

 
 ナクチュ駅を出てから約2時間後の16時21分、標高4,293mのダムション駅に停車。ここも降りられません。ダメでションぼりです。駅の周囲は遊牧地帯だそうです。31621

                 (続く)

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2010年12月27日 (月)

ガガイモ種髪の種が飛ぶ

 12月初旬、調節池の堤防斜面に、白い綿毛が広範囲に飛び散っていました。傍に行ってみると、多数のガガイモの種です。近くにはガガイモは見当たりませんから、遠くから集団で風に運ばれ、斜面に吹きつけられて着地したのでしょう。1207rimg0008_2

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 発芽率はさほど悪くはありませんが、その割には植物体の分布は多くないようです。定期的に行われる草刈り作業で、大半は排除されるからでしょう。

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2010年12月26日 (日)

山茱萸(サンシュユ)花芽と葉痕・維管束痕

 毎年、新梢が伸びて狭い庭の通行にじゃまになるサンシュユです。結実が少なくなるのを承知で秋に切り詰めてしまうのですが、鋏を逃れた枝には小さな赤い実がつきます。
 虫エサが少なくなったご近所のスズメさんや、嫌われ者のムクドリ、そしてご近所の熟した柿を食べつくしたやかましいヒヨドリの目にとまると、一たまりもありません。アッという間に全部なくなります。
 リビングの窓から覗くと、赤い小さな実がたった2粒残っていました。その一粒の記念写真です。赤い、一粒だけの暖かさです。20101223rimg0001_2

 
 ついでに、来春早々に閃光花火のような黄色の花を開く花芽と、Rimg0001jpgtrm

 
 ごくごく小さな葉痕・維管束痕の顔写真も記念に撮ってやりました。元気で冬越しをするように。Rimg0005

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2010年12月25日 (土)

散歩コースの鳥:コガモ、モズ、マガモ、アオサギ

 12月下旬、いつもの散歩コース一順で見かけたいつもの鳥たちです。

 用水路にかたまっていたコガモ。いつものごとく雌は神経質にすぐに飛び立って、残りのオスも逃げ出す寸前。Rimg0020jpgtrmcc

 
 用水べりの立木のテッペンで、いつものようにモズが高鳴き、縄張り宣言。Photo

 
 用水対岸の藪には、モズの幼鳥が声も立てず隠れるように。Pc200020jpgtrmcc

 
 調節池に行くと、今シーズンはマガモが目立ちます。カルガモ1羽が真ん中で、取り囲むように青首〈マガモの♂)3羽と雌1羽、それにコガモの♂1羽。水面一帯に、はっきりした縄張りもなく、群れて浮かんでいました。Pc180021jpgtrmcc

 
 帰路の田圃道では、珍しく7羽のアオサギがたむろしているのを見かけました。7人の詐欺、か。相変わらず、絵にはならないなあ。201012

 皆んな鳥インフルエンザには気をつけろよ。

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2010年12月24日 (金)

2010/12 天空列車で行くチベットへの旅③ 3日目、青蔵鉄道ハイライト1

 ヤクにもヤギにも迷惑千万でしかない、4000mを超える高地を走る天空列車は、ケムリと同類の人種にはあこがれの的でした。しかし、憧れすぎ、期待し過ぎはいけません。
 ”揺りかごのような適度の振動”も、もともと寝付きの悪い身にはさしたる効果もなく、狭苦しい2段ベッドの浅い眠りにも飽きて、まだ暗いうちに起きて髭剃りして、明けやらぬ時間を持て余しているうちに、8時の朝食時間になりました。
 食堂車に行きますが、まだ外は薄暗いまま。あまり食欲はありませんが無理やり口に押し込みます。
 早々と食事も終わりにした8時14分頃に、地平線が明るくなり始めました。そして8時54分、日の出です。空気が澄んでいて爽やかな光景でした。見届けてから、固定のままで収納出来ない2段ベッドのコンパートメントに戻ります。直射日光が挿し込むと、そこだけ暑いのです。と言って、カーテンを引くと景色が眺められないし・・・
 暇つぶしに、あらためて昨晩のうちには出来なかったコンパートメント室内設備の確認をしました。酸素吸入口の確認や、うまくコントロール出来ていない空調設備や、室内照明スイッチなど、あれこれ触りながら、もっとまともな案内か説明がないのかと、こぼします。でも文句を言ってはいけません。そんなことも知らないで乗るほうが悪いのです。3800

 
 情報サービスの車内放送など何もなく(”観光列車”だという当方の勝手な思い込みだったようで、この時期は観光シーズンも終わって観光客は少なくなり、乗客はもっぱら地元の人達の”買出し列車”、というのが実態のようで、だから余計な情報案内など誰も必要としていない、というのが実際なのでしょう)、正直なところ、どの辺を走っているのか確かなところがよくわかりません。GPSを持っていくべきでしたが、後の祭りです。
 列車のすれ違いなどで時々停車がありますが、コンパートメントからは駅舎や駅名表示板の見えない位置だったりします。事前に停車の案内はなく、また発車も気がつくと動き出しています。そういうわけで、列車からホームに出られたのは、現地ガイドに教えられた、後の、那曲(ナクチュ)駅だけでした。

 それはともかくとして、(後から写真撮影時間記録とガイドブック情報などを比較してわかったのですが)、9時過ぎから10時前くらいの間に、列車はトト河を過ぎ、通天河(トンティエン河)そして布強格(プーチャングゥ)あたりへと、永久凍土地帯~メコン川源流付近~近くの山の斜面に黒ごまのように見えるヤクの群れが見える高原放牧地域へと走り抜け、さらに遠くに万年雪を頂く高山地帯にさしかかったようです。Blg3913956

 
 そして10時14分、インターネットでも事前に確認して待ち構えていた、鉄道駅としては世界一標高の高い唐古拉(タングラ)駅(5,068m)に接近し、通過ホームの左側を見ていても駅舎と駅名表示板はシャッターを押すまもなく目前を流れさり(したがって、駅舎全景と駅名表示板の画像は借り物です)、アッという間に通り過ぎてしまいました。
 ともかく、”5,068mを通過した”という事実で、頭の中に住みついているヤギを満足させました。(写真はクリックで拡大します)31014

 
 タングラを過ぎてすぐ、10:18、遠くに白雪の高山脈が見えてきます。コンパートメント閉じこもりに飽きて、列車のデッキに行ってみると、窓がガチガチに氷りつています。斜めに写っているのは、何故かドアに斜めに立てかけられた長いモップの柄。
 (そこでささやかな疑念が。高度10,000mを飛ぶ大型機の機外の空気はマイナス40~50℃、でも、飛行機の窓はガチガチに凍結などしないよねえ。それに準じた構造設計のはずなのに、なぜこんなにガチガチに・・・、やはり何かおかしいらしい。反対側のドアには、密閉度を知らせる信号ランプが赤色に点灯していて、男3人がどんどん叩いたりしていた、それにカメラを向けたら、写真撮るな、あっちへ行け、と追い払われたっけ。トイレの窓はコンパクト・デジカメなら外に突き出せるくらいまで手で押し下げて開けられる、この時空気が勢い良く窓外に流れ出る様子はない、また気密列車内で、圧力センサー(気圧を計測して高度に換算表示する)高度計を装備している腕時計を持っている人の標高表示は、”気密列車内の圧力”を正確に標高4,000以上相当に表示している、などの逸話もあったりして、まあ余計なことは深く考えないことに。)
 そうこうしている時から約1時間、11:10位までの間、窓の外には凍てついた風景が続きます。3am10181110

 
 11:40、トイレ・トラブル状態です。実は、写真に撮った時間がこの時間で、昨夜にはトラブルが発生していました。だんだんひどくなったようです。何らかの原因で排水管が詰まったらしく、トイレで使用した手洗いなどの排水が、トイレ床の排水目皿からブース内に吹き出し、数cmの深さに溜まってくるのです。一つ前の軟臥車輌まで行ってみてもだいたい同じようです。
 トイレだけではなく洗面所で流された水も、足元の窪みに溜まり始め、そこからあふれた水が、廊下の絨毯を伝って、とうとうコンパートメントの敷居を越えて室内床まで侵入してきました。(なお1車輌に4人/1室のコンパートメントは8室あり、車輌定員は32人です。)
 取られた対策というと、とにかく箒で一生懸命掃くだけで、それでは大した効果はありません。
 遂にイレに鍵がかけられて使用できないようにされてしまいました。長時間の列車旅にトイレ無しというのは冗談ではありません。現地ガイドを通じてクレーム。鍵は開けられましたが、水たまりは未解決のまま。
 幸い、多くの人はトレッキング・シューズを履いていましたので、水溜りに入ることは問題ありませんでしたが・・・
 おかげで、室内が極度の乾燥から守られて薄い酸素中での呼吸も楽になり、車輌気密不良で外気と同じ気圧になれば、高山病予防のための高地馴化訓練にもなるし、ありがたい事だと、どこまでも善意の固まりの「お客様」達でした。それに比較すれば、ヤクは偉い動物です。31140

 こうして”快適な”列車旅は続きます。
                     (続く)

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2010年12月23日 (木)

2010/12 天空列車で行くチベットへの旅② 1日目~2日目

 続いて旅の記録です。

1日目:
 成田→北京(空路北京へ、約3時間55分)、着後夕食はレストランで。ホテル着(21:30) (北京泊)

2日目:
 ホテル発5:30、北京07:45発→西寧へ(空路)。西寧に近づくにしたがって、窓外はアースカラー一色の風景になり、その中にも段々畑らしき地形も識別できて、はるばると来たものだという感慨がわきました。1210231101

 10:20、西寧着。空港内外では、たまたまですが、白い帽子をかぶった回族の人たちの集団が目につきました。

 その後、昼食はレストランで。

タール寺(塔爾寺):
 午後、西寧市内観光に。チベット人女性の現地ガイドの案内で、中国最大規模のチベット教寺院タール寺(塔爾寺)へ。
 タール寺は西寧から26km、1561年に創建され、山門、花寺、小金瓦殿、大金瓦殿、大経堂、九間殿など、漢民族とチベット民族の建築様式を結びつけた古建築群からなっています。ゲルク派の開祖ツォンカパの生誕地でもあり、文化財が豊富です。
 今も500人以上の僧侶が修行に励み、現ダライ・ラマ14世も学んだチベット仏教ゲルク派六大寺院の一つ。
 山門をくぐるとすぐに目に映ったのは、五体投地礼の巡礼者の姿です。1331

 五体投地礼は、チベット仏教独特の礼拝方法で、仏像や高僧に対して、仏法への帰依を表す作法です。チベット仏教信者の中には、五体投地礼(キャンチャ)を行いながら、巡礼を行う人も未だ少なくありません。
 故郷から聖地ラサやカイラス山を目指して、何ヶ月も、あるいは何年もかけて往復という苦行を積む信者もあれば、ちょっとしたお金持ちは、トラックをチャーターして巡礼する巡礼団もあるということです。

 知人が自ら体験して、人生観が変わったということも聞いていましたが、やはりあらためてカルチャーショック、です。
 「五体投地礼」の作法について、女性ガイドから、あらためて次のように教えられました。

(1)胸の前で合唱。ただし手のひらは少し離す。
(2)合唱したまま、手を頭の上に上げる:身体で帰依を現す。
(3)合唱したまま、手を口の前に戻す:言葉で帰依を現す。
(4)合唱したまま、手を胸の前に戻す:心で帰依を現す。
(5)合唱を止めて、両手両膝を地面につける。
(6)うつぶせになり、両手両膝を伸ばしきったところで合唱をする。
(7)起きあがり、(1)に戻る。

 このようにして、まさに尺取虫のように前進するのですから、必要とされる労力(体力)と時間、そして何より信仰心の力については、俗人には計り知れないものがあります。

 外国人の観光客がお参りするときは、略式で、(1)~(4)1回で良い。この時、“世界に平和がもたらされるように”また、“旅行が安全にできるように”お祈りしてください、というやさしいガイドでした。
 〈(5)&(6)にすすむと、そのまま干からびたイモムシのように転がったまま(7)に戻れない、と一瞥して見抜いてしまったからでしょう〉。

 寺内の随所に備えられているマニ車の中には経文が収納されていて、マニ車を1回まわすと、お経を1回唱えたことになるそうです。
 信仰心には縁遠い東洋の島国生まれの”(葬式)仏教徒”も、神妙に”略式礼”とともに遠慮がちにマニ車を回してきました。Photo_2

 
西寧駅へ:
 タール寺の観光後、バスで青蔵鉄道・西寧駅へむかいます。
 駅では”1等寝台車(軟臥:上・下2段のベッド 4人1室のコンパートメント)乗客専用”の待合室”に”軟禁”されます。無愛想なおばさん駅員が一人いて、他の乗客が入ってこないように、また勝手にホームに出ることが無いように”監視”されます。
 ちなみに混雑する”その他大勢の待合場所”に行くと、列車時刻案内の電光掲示板があり、乗車予定の列車ナンバーはT27、発車時刻は18:08と分かりました。
 人気の全く見えない広いホームの奥には、既に入線しているらしい列車が見えますが、写真を撮りに出ることはできません。ホームに出られるドアを開けようとすると、”無愛想”に制止されます。170517301808

 待ち時間の間に旅客健康カードの記入が必要ですが、すべて中国語で書かれていて分かりません。北京から全日程付き添いの現地ガイドに全員記入してもらい、住所氏名のみ日本語で自筆記入で済みました。
 発車時刻直近になって、”無愛想”が切符を切ります。切符は、団体ツアーということで、添乗員がまとめて”無愛想”に渡して切符切り。そして、いそいで入線していた列車に乗り込みます。
 写真を撮る余裕などありません。なおこの切符はすべてラサで回収されてしまうということで、乗車記念に欲しくても、何も残りません。

 列車輌はカナダの航空機メーカー、ボンバルディア社の航空機技術によって開発された密閉構造で、拡散式酸素供給装置によって車内の酸素濃度を平地の75~80%に保つことができ、更に、各寝台列車や座席には酸素吸入口が設置されていて、差し込み用のチューブが配布されています。
  トイレは垂れ流しではなく、タンク式で水洗で、環境汚染問題もありません。ですから、諸設備は設計どおりの性能が発揮できるように、運転管理要員の管理技術と、品質管理が備わっていて、実行されるならば、「安心」です。
 それで安心だったか、と問われれば、なんと言ったらいいのか・・・。ともかく乗客サービス、などという概念はないお国柄です。日本国は過剰ですが。

 それはともかく、西寧発18:08、ラサ(拉薩)へ約2,000km、約24.5時間の天空列車旅のスタートです。割り当てられた1等寝台車(軟臥:上・下2段のベッド、4人1室のコンパートメント)で同室になったご夫婦ともども、荷物の収納・整理に一苦労して、なんとかこれからの長い列車旅に備えます。
 夕食は列車食堂。油こってりの中華料理がさっそく胸につかえて、前途多難の予感です。日本からカップラーメンやお菓子、また各種スティック・パック嗜好飲料、スープのパックなどもたくさん持参しました。お湯は、一応は、列車内の給湯器から自由に得られます。Photo_3

 日暮れの西寧を発車した列車は夜を徹して青海省を駆け抜け、まだ真っ暗な早朝、ゴルムド駅に停車。ここまで先頭に立っていた中国製機関車は、高度4000m以上を走る高山用の米GE社製・新鋭ディーゼル機関車を接続した”3重連”にバトンタッチ。
 終夜、とても寝付かれない寝台の上で、きっと今、作業しているんだろうなとウトウトしながら想像するのみでありました。(車中泊)  
              (続く)

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2010年12月22日 (水)

2010/12 天空列車で行くチベットへの旅① 青蔵鉄道と日程

 青海省とチベット(西蔵)を結ぶ青藏鉄道(青海チベット鉄道)は、1974年に着工され、2006.7.1に全通しました。(そして現在、ラサ市からシガツェ市まで延長工事が行われていて、将来はネパールまで延長の計画があるそうです。)
 当時、Google Earthでたどってみて、あらためてすごいものが出来たものだと思っていました。爾来、煙とヤギと”〇〇”は高いところに登りたがる、という習性に逆らい難く、一度は是非乗ってみたいと思っていたものです。      〈以下、画像はクリックで拡大します〉Blg

Photo

 開通後、日本の旅行社ではこの青藏鉄道を天空列車と称して、標高5,000mの高地を走る列車ツアーが催行されるようになりました。
 しかしその後2008年に起きたチベット暴動による情勢不安などもあって、ツアーは一時低調な時もあったようで、また最近の中国との微妙な雰囲気などもあり、出かけることについて少しためらいもありましたが、せっかくの機会でもあり、行ってみることにしました。
 そしてその結果、予想以上に、表面的な観光旅行では語られない、話せない、民族、文化、社会、政治経済等々、色々な根深い、そして困難な問題が潜在していることをあらためて実感してきました。
 それゆえに、今回は一層明確に、旅行ガイドブックや、パンフレットなどの耳学問情報と、実際は相当違う、ということもあらためて再認識したものです。やはり、良いところも悪いところも、百聞は一見にしかず、で判断です。

 当然のこと、青蔵鉄道の開通によって(外国人の)チベット旅行についてのハードルは格段に低くなったとのことですが、行く先々で立哨する兵士、また五体投地礼の巡礼者などで混雑するラサの中心繁華街では、建物の屋上で監視に立つ武装警官の姿を認めるなど、やはり違和感も感じたことでした。
 また現地で購入した絵葉書の風景(2003年版)は、現在とは大きく異なるもので、実に衝撃的”発展”(というより、改悪ぶり)にも驚きを禁じえませんでした。

余談:
 チベットにはグランドキャニオンを凌ぐスケールで、昔から多くの探検家の挑戦を拒んできた伝説のツアンポー渓谷(ヤルツァンポ大峡谷)があります。
 今回のツアーコースからは、離れたところで関係ありませんが、出かける前に読んだ2010年第8回、開高健ノンフィクション賞・受賞作品の『空白の5マイル チベット 世界最大のツアンポー渓谷に挑む』(角幡唯介著、集英社刊))で知った、角幡氏単独行による、文字通り命をかけた探検の凄さは凡人の想像を絶するものがありました。Img010
 (ワイヤー・ブリッジ:写真は現地で購入した本から”無断”借用)

余談の余談:
 ツアンポー峡谷一体を自然公園にし、その生態系を後世に残す、として進められているらしい、「ヤルツァンポ大峡谷、2010年までに総合的な観光地へ!」という、センセーショナルな記事の紹介もありました。http://www.thesalon.jp/themagazine/culture/post-46.html 

Img011
 (ヤルツァンポー・渓谷 )

 実際、開発整備の進んだコースには、多くの中国人観光客が訪問しているようです。Google Earthにもたくさんの画像が貼り付けられていて、その雰囲気を垣間見ることが出来ます。http://commondatastorage.googleapis.com/static.panoramio.com/photos/original/7970495.jpg

旅日程:
 観光客が減り、入れ替わりに聖地に向かうチベット教徒の巡礼者が増える冬の時期、空は澄み切って白雪の高山が良く見えるということで、12月中旬の、1週間を選びました。
 富士山の標高を上下する高地での冬季滞在になるため、寒さ・乾燥対策と、特に高山病対策(水分補給2~4リットル/日など)は必須です。

1日目:
 成田→北京(空路北京へ、約3時間55分)、着後夕食レストランへ。ホテル着(21:30) (北京泊)

2日目:
 ホテル発5:30、北京→西寧(空路)、西寧着後、昼食はレストランで。午後、西寧市内観光へ:中国最大規模のチベット教寺院タール寺(塔爾寺)。観光後、バスで西寧駅へ。
 青蔵鉄道、西寧発18:08(天空列車)でラサ(拉薩)へ約2,000km、約24.5時間の列車旅。4名1室〈2段ベッド・コンパートメント〉の1等寝台車、夕食は列車食堂。(車中泊)

3日目:
 明るくなって景色が楽しめるようになったのはトト河あたりから。列車中から、(崑崙山脈はまだ暗くて見えません)、長江源流のトト河、タングラ山脈、蔵北草原の遊牧の風景が眺められる。朝、昼食は列車食堂。18:26ラサ(拉薩)着。着後、カター(マフラー)にてチベット式の歓迎。夕食後、ホテルへ(拉薩泊)

4日目:
 終日ラサ(拉薩)市内観光:世界遺産ポタラ宮(布達宮:紅山の頂に立つ、ダライ・ラマが暮らしたチベット象徴の宮殿)。昼食後、セラ寺(色拉寺:岩山〈セラ・ウツエ山〉の麓に立ち、日本人の多田等観や、川口慧海も修行した)、そしてジョカン(大昭寺:ネパール仏教様式の影響を表す金色の屋根や宝飾品が印象的)の観光、。
 その他、タンカ(仏画)等の工芸品店立寄りや、バルコル(八角街:拉薩の巨大な市場)の自由散策。夕食は民族舞踊を鑑賞しながら西蔵料理。夕食後ホテルへ。(拉薩泊)

5日目:
 午前にまずポタラ宮広場を見学後、バスでラサ郊外観光へ向かう。カムパ・ラ(峠)越え(海抜4,770m)。バスで約3時間弱ほど。ヤムドゥク湖(標高4,250m、チベット仏教三大聖湖の一つで、”トルコ石の湖”といわれる青い湖)、遠くにネンチンカンサン峰(標高7,191m)を眺望。湖畔まで降りて湖畔のレストランで昼食後、往路を戻る。
 途中、チベット遊牧民の民家訪問。また、民芸品店立寄り後、ネタン大仏(崖に彫られ彩色された観音像)観光。ネパール料理の夕食後、ホテルへ。(拉薩泊)

6日目:
 ラサ→成都→北京。午前にラサ(拉薩)市内のノルブリンカ(ダライ・ラマの夏の離宮)観光。郷土料理の昼食後、ラサ空港に向かう。
 ラサ発、空路、成都経由で北京へ。所要時間約5時間35分。夕食は機内食。着後ホテルへ(22:30)(北京泊)

7日目:
 空路帰国の途に。ホテル発10:30、北京発13:25→成田着17:55

 怠け者ゆえ、写真の整理が進みません。途切れとぎれになりますが、単なる観光旅行ということで、少しずつアップします。
                  (続く)

2011.1.8追記:
 ちょうど1年前に旅行されたkm45さんのブログが、現時点(2010/12)とは少し事情が異なる部分もありますが、大変参考になりました。
http://kanazawa45.wordpress.com/page/3/

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2010年12月21日 (火)

頑張るモンキチョウ、モンシロチョウ、ベニシジミ、そして元気なヒメアカタテハ

 12月になってからも遅くまで、風もなく陽射しが温かい日の草原に、モンキチョウやモンシロチョウ、そしてベニシジミ、さらにヒメアカタテハが飛んでいました。
 ヒメアカタテハ以外は寒さに弱く、もう引退時期は過ぎているはずなのですが・・・
 けっこう、ひらひら飛び回り、草地に降りるとポツポツ開いているタンポポで吸蜜したり、陽に向かって翅をいっぱいに広げて暖をとっていました。

 
●タンポポで吸蜜するモンキチョウの♀〈撮影12/18〉:
 飛んでいるときは(上からみると)白く、モンシロチョウと見違えることもあります。
Img_4542

 
●枯れ草の上で暖を取るモンキチョウの♂〈撮影12/18〉:
 翅を閉じても全体に黄色味が強いです。飛んでいるときは(上からみると)きれいな黄色です。
Pc190048

 
●草地に降りて翅を広げ、暖を取るモンシロチョウ〈撮影12/20〉:Pc200022

 
●ベニシジミ〈撮影12/20〉:
 翅はぼろぼろで歴戦の痕が伺われました。
1207rimg0012jpgtrm

 
●ヒメアカタテハ〈撮影12/10〉:
 枯れ草に降りて日向ぼっこする姿がありました。まだまだ、きれいなお姿でしたね。127img0016

 モンキチョウは幼虫で、モンシロチョウは蛹で、ベニシジミは幼虫で越冬し、成虫は越冬できない、ということになっていますので、いつまで今のお姿で頑張れるのでしょうか。
 ヒメアカタテハの越冬は主に幼虫とされていますが、関東地方以西では、成虫でも越冬するとされています。
 ただし冬の間には物陰に潜んでいて、飛ぶ姿を見かけることはごく稀ということですが。 

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2010年12月20日 (月)

クリオオアブラムシの出産

 12月中旬も終わり頃になった晴天の日中、モミジバフウの新梢に、黒ゴマのようなものが付いているのが目につきました。
 どう見てもアブラムシの仲間です。ただ、触覚は短く、脚は長く、大きさは4~5mmはありそうな大型です。Photo

 
 あちこちの場所に点々と付いていて、近寄ってみると、別のところではお尻りを持ち上げて、なにやら出しています。ゴキブリの卵鞘の風情です。Rimg0034jpgtrm

 
 拡大してみると、卵ではなく、仔虫を生んでいたのでした。Rimg0032jpgtrm

Rimg0084

Rimg0031jpgtrmcc

 
 アブラムシの出産シーンに出くわすなんて、あまり”嬉しい”ことではありませんが
・・・
 ネットで少し調べてみると以下のような情報がありましたが、「無翅胎生雌虫」発生時期や、吸汁樹種など、記載内容に少しずつ一致しない点があって、正しいかどうか分かりませんが、姿形などからクリオオアブラムシ(ではないか)としました。

クリオオアブラムシ:
 全身黒色の大型アブラムシで、触覚は短く、脚は長い。なお有翅型の翅は黒色で、白い斑点がある。冬季には卵で越冬し、成虫は死ぬ。
 体長: 無翅胎生雌虫 約4~5mm
 出現期: 無翅胎生雌虫は4~6月 越冬卵を生む成虫は10~11月
 吸汁樹種: クリ、クヌギ、カシ類などブナ科の樹液を吸う。〈今回たまたま見かけた木、モミジバフウはマンサク科〉
 

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2010年12月19日 (日)

ヤブヘビイチゴ、コバノタツナミ、サザンカ

 12月になっても初旬は例年に比べて比較的温かい日が続きました。その後平年並みになったようです。
 少し湿り気が残る田圃の畦に、ヤブヘビイチゴが群生し、赤い実をつけていて目立ちました。

ヤブヘビイチゴ:
 一見美味しそうですが、まずいものです。1202img_3745

 
コバノタツナミ:
 玄関先に放置したままの古びたプランター にこの冬も、コバノタツナミが薄紫の唇形花をつけました。健気なものです。1205img_3816

1205rimg0002

 
 庭のサザンカの花も咲きました。Rimg0058

 もうすぐ冬至です。

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2010年12月18日 (土)

コンクリートの上に生えた蘚苔類(ネジクチゴケ、ダイダイゴケ類、不明苔類)

 都市や山地を問わず、コンクリート製の構造物・建設物上に蘚苔類が生えて著しく、景観、美観を損ねている光景を日常的に見る機会があります。
 これを逆手にとって、都市のヒートアイランド現象を抑える手段として、コンクリート構造物や壁面などに、コケ植物(スナゴケなど)を人工的に貼りつけて定着させる、などの試みもなされているようです。(→http://www.cit.nihon-u.ac.jp/kenkyu/kouennkai/reference/No_40/4_kenchiku/4-004.pdf

 コンクリートに含まれるカルシウムを好むコケ類があるそうです。以下がそうなのかどうか。たまたまそこにあっただけかもしれません。

 
ネジクチゴケ(蘚類):
 山地斜面の法面のコンクリート擁壁に生えていました。かなり乾いて葉が萎縮していましたので、絵合わせは困難でしたが、ネジクチゴケとしました。間違っているかもしれません。Photo_2

 
ダイダイゴケの仲間(地衣類):
 橋のコンクリート部分に橙色のかさぶた状になって生えていました。古くなったコンクリート製の溝蓋などにもたくさん生えて美観を損ねています。Photo_3

 
不明のコケ:
 古くなったコンクリートブロックにマット状に着生していました。それなりに色が綺麗だったので撮ってみたものです。これも地衣類でしょうか。2010410img_6048

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2010年12月17日 (金)

樹皮に生えたコケ:コダマゴケ(タチヒダゴケ)、不明のコケ、ヒナノハイゴケ

 分厚い樹皮が発達した大木の根元近くには、いろいろな苔が着生しているのを見かけます。だいたい主だった種類は決まっているようです。

 代表選手は
コダマゴケ(タチヒダゴケ):
 樹木に着生する蘚類の代表的な種類で、平地に生えている広葉樹の樹幹に着生する小型のコケで、あまり大きなマット状にはならず、通常は親指大程度の固まりになるそうですが、こちらはかなり大きなマット状に広がっていました。
 胞子体は雌苞葉の間に埋もれたようにできますが、上部にひだのある釣り鐘状の帽が顔をだすということで、写真と図鑑を見比べて絵合わせでコダマゴケとしました。20010410

 
不明のコケ:
 同じところの樹皮に生えていた苔です。葉が乾いてチリチリ巻いているようです。何種類か混じっている様にも見えて、名前は結局わかりませんでした。200941img_7012trmcc

 
ヒナノハイゴケ:
 スダジイ大木の樹皮に大きなマット状になって着生していました。オレンジ色のサク(朔)が目立ちました。サクの径は1ミリぐらい。サクの中に、無数の胞子が入っています。
 サクの先には蓋があり、それが外れると中の胞子が飛び散ります。200932
 
 オレンジ色の蓋にちなんでクチベニゴケ(口紅苔)とも呼ばれています。

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2010年12月16日 (木)

ギンゴケ、ツチノウエノコゴケ?

 舗装された生活道路で、お犬様の散歩道になっていて、御用達のためにお立ち止まりになる辺りには、決まってコケ類が生えています。
 コケは高等植物と異なり、養分や水分を吸収するための根っこを持っていません。
 持っているのは体を支えるための根で、仮根と呼ばれるものです。
 養分や水分は、アタマからふりかけてもらうしかなく、そういう状況なっているのでしょうか。 
 乾燥するとくるくる葉が縮まり、水がかかるとたちまち、みずみずしい葉に変身する、そんなことも手伝って、たまたま観察した時の写真1枚で名前を探すことは素人にはなかなか難しい原因にもなっています。
 名前はともかくとして、造形的に面白いものが多く、時々思いつくままに写真に撮ってみるのですが・・・

 
●ギンゴケ:
 道ばたに年中、ギンゴケが点々と生えています。日照りが続くと大きな乾燥した塊になって美観を損ねますが、雨降り後はしっとりした感じでそれほど見苦しくはありません。
 日が傾いて、斜めに光があたった部分が、文字通り銀色に光ってみえる一刻がありましたので撮ってみました。Img_5528

 
 胞子体のアップ。Photo

 
●ツチノウエノコゴケ:
 舗装わきの土の上に小さな苔がありました。手持ちの図鑑で絵合わせしてみましたが、正直のところ分かりません。
 ちょうど都合の良い名前と絵がありましたので、これにしましたが、多分間違っているでしょう。
 たくさんのサクをつけていて、まだ「帽」をかぶった若い胞子体も見られました。
 画像として面白いです。Blg412r

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2010年12月15日 (水)

小さなお社

 晴天の一日、図書館に行くのに運動不足解消を兼ねて、普段は通ることのない相当遠回りの田舎道を自転車で走ってきました
 しばらく走ると、その集落の人々で守られているものの、あまり訪う人もないらしい風情の小さなお社があり、思わず寄り道をしてきました。
 ごく狭い境内やその周りには、正一位稲荷大明神と刻まれた小さな石碑があったり(おコン様が踏んづけられています。
 オコンサマは眷属で、乗っかっているのが大明神のカミサマ?)、Img_3739jpgtrmcc

 
 また、おコン様(白狐)が守る小さな祠もありました。Photo

 
 また基部に、それぞれ「天明八戌申二月吉日」、「天保五午二月吉日」と刻まれている2基の石燈籠があり、相当古いお社のようでした。Photo_2

 
 傍らに佇む狛犬に、お社の謂れを訪ねてみても、コマッた様子で お答えがありません。Img_3734

 
 2基の石灯籠に刻まれている天明、天保の年号から憶測してみると、教科書で習った、あの「天明の大飢饉」《江戸時代中期の1782年(天明2年)から1788年(天明8年)にかけて発生した飢饉。江戸四大飢饉の1つで、日本の近世史上では最大の飢饉》、
 および「天保の大飢饉」《江戸時代後期の1833年(天保4年)に始まり、1835年から1837年にかけて最大規模化した飢饉。1839年(天保10年)まで続いた。1836年(天保7年)までと定義する説もある》で、百姓一揆や打ちこわしが各地で起こり、飢えた人々が江戸の町に流入し、また江戸幕府の財政は深刻化し、先行き不安の時代の只中に(何やら当世事情にも似ているような・・・)それぞれ建てられた燈籠なのでしょうか。

 
 そんなことにはお構いなしに、日の当る石の上で、フタモンアシナガバチが日向ぼっこをしていました。Photo_4

フタモンアシナガバチ(二紋脚長蜂):
 体長14~18mm。腹部に黄色い2つの斑があることからこう名付けられた。市街地でよく見られ、植物の茎や垂直な壁面等に横向きに巣を作ることが多い。
 性質は(スズメバチに比べれば)おとなしくすぐに刺したりしない。

 
 暇つぶし:
 正一位稲荷大明神
 もともと、「正一位」という位はその昔の律令制の下、朝廷より諸臣に授けられた位階のことで、官人の地位を表す等級として一位から初位の位階がありました。
 ところが、奈良時代中期以降、遷都・行幸の際や、天変地異・疫病蔓延・戦乱などを鎮める臨時の祈願に際して、特に霊験あらたかであった神様を顕彰するために、この位階が神にも授位されるようになりました。
 これは神階と称して(もちろん現在はそのようなものは有りません)、諸臣に与えられる位階制度に倣うものでしたが、両者に直接的な関係はありませんでした。
 稲荷明神は、天長4年(827)、淳和天皇より「従五位下」の神階を授かって以降、だんだん昇進し、その後も進階を重ねて、天慶5年(942)に朱雀天皇より「正一位」を授かりました。
 もちろん人間と神様では、本来エラさが違いますから(神様がエラい)人間天皇が神様に位を与えるというのも何かヘンですが、そこはおおらかな日本の民間信仰で、融通無碍の世界の話、ともかく、眷属、またはカミサマのおコン様はエライお方なのです。
 今度は、油揚げを持ってお参りしなくっちゃ。

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2010年12月14日 (火)

今シーズン最後のトンボ、まだ沢山いるイナゴ、トノサマバッタ

 たくさんの昆虫が、成虫としてのライフサイクルを終える時期になりました。今年最後に撮ったトンボのつもりでしたが、どっこい、まだ飛んでいる赤トンボもいました。

ギンヤンマ:(2010.11.10撮影)
 この個体は、前日の強風で木の葉が舞い散った池に一緒に浮かんで命を終えていたものですからあまり参考になりませんが、長生きだったのでしょうか。1110img_3550

 
アカトンボ:
 里山で日向ぼっこしていたもの:(2010.11.19撮影)1119img_3583

1119img_3606

 数日前の12/07には散歩コースの農道でも飛んでいるのを見かけました。元気よく逃げられて写真なしです。

 
コバネイナゴ:
 12月中旬になっても、晴れた堤防の草原に行くと、一歩足を踏み出すごとに、足元の草からたくさんのイナゴがバラバラと飛び出していきます。発生時期からしても、多すぎて不思議なくらいですが・・・Photo_4

 コバネイナゴは水田や池の周辺など湿った草原でよく見られ、黄緑色型や褐色型があります。イネ科の植物の害虫でしたが農薬などのせいで近郊ではごく少ないようです。
 佃煮として食べられているのは主にこの種類。年1回発生し、発生時期は8~11月。卵で越冬します。

 
 温暖化のせいでしょうか。そういえばトノサマバッタもまだ飛んでいます。127rimg0001

 ”黄色に実った”二番穂が残っている田圃もまだ少しあります。

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2010年12月13日 (月)

ガガイモ、袋果と種髪の種

 12月初旬に採取して屋外に放置していたガガイモの袋果を割ってみました。まだ未熟で充分乾いていない袋果ですが、中には長い種髪のついた種が鱗のように整然と配列された塊がありました。Photo_4

 
 これをそ~っとほぐしてみました。Photo_5

 
 その一部を取り外して、室内に持ち込み、空気の流れのないところでしばらく観察してみました。
 ひとつだけ取りはずした種は、乾燥するに従って、種の4倍ほどのまっすぐに伸びていた種髪の束が、すこしずつほぐれながら外側から徐々に反り返ってくるのがわかりました。3_2

 
 その後も時間と共に種髪は展開して反り返っていき、ついにはボール状のダウン(羽毛)を思わせるようになりました。45

 なかなかうまく出来た自然の妙です。これならそよ風に乗せて容易に遠くまで種を飛ばせることが出来ますね。

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2010年12月12日 (日)

ガガイモの袋果

 夏、用水縁に繁茂してたくさんの花を付けていたガガイモの群生も、秋の除草作業ですっかり刈り取られてしまいました。
 12月初旬の晴れた日、そのあたりに行ってみると、大型除草機械が近づけない水際に刈り残された蔓があり、そこに袋果が出来ているのが見つかりました。2個です。

1個目:
 やや小ぶりでした。雨で増水した際に水没した形跡があり、泥汚れが付いていましたが、外殻はほとんど茶色でしたがまだ開裂していませんでした。Img_3635

Img_3636

 
2個目:
 短い雑草の草むらで埋もれているのが見つかりました。蔓を引っ張って持ち上げた写真です。
 こちらも泥で汚れていました。まだ”完熟”はしていない様子でしたが、やや大きめでしたので、こちらを採取して持ち帰りました。Img_3638

Img_3637

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2010年12月11日 (土)

クズ/冬芽と葉痕・維管束痕

 クズも葉痕探しでは定番の人気キャラクターです。しかしながら昨今は荒地や空き地などで、実に傍若無人にはびこり、環境管理処置にコストの掛かる大迷惑者に成り果てています。こうなると可愛さも半減してしまうようです。

 
 大繁殖して今は黄色くなった株の一角に、Img_3768

 
 大量の「まめ果」が付いていました。鞘の金色の毛が光ります。Img_3756

 
 実の入りはあまりよくないものが多いようでしたが、1本の鞘を開けてみると、まだら模様の小さな(約3mm)豆が入っていました。Photo

 
 木質化した蔓にできた冬芽と葉痕・維管束痕です。たまたま日陰にあって顔色が悪いようですが・・・Img_3766jpgtrm

 
 10人十色といった面持ちでしょう。Blg9r

 クズ、くず、グズ、と名前を呼ぶのはかわいそう、でしょうか。

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2010年12月10日 (金)

オニグルミ/冬芽と葉痕・維管束痕(2010/12) 

 今年早くも登場の、例年お世話になる定番のオニグルミです。用水縁に生えています。
 目鼻立ちがはっきりした大きな葉痕・維管束痕は、分かりやすい顔つきで一番人気でしょうか。

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1127img_3683

Img_3687

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2010年12月 9日 (木)

センダン/冬芽と葉痕・維管束痕

 毎年、繰り返しで、この時期になるとブログの記事ダネとしてお世話になっているセンダンです。畑の脇に1本生えていて、傍のサクラや他の雑木と競合するので常に邪魔にされて枝を切り詰められるので、なかなか大きく枝を張れない気の毒な木です。
 11月末、まだ実が残っていました。1129pb290009

 
 もともと下枝は全て剪定されていて目の位置には有りません。見上げた位置の枝に葉痕が見つけられますが、なかなか撮影に適したものがなくて、今回は写真1枚だけです。お猿さんの顔ですかね。1129pb290015_2

センダン:
 日本では関東以西の暖地に分布する落葉高木です。初夏に淡紫色の花が咲きます。花が散ると緑色の実がなり10~12月頃に黄褐色に熟しますが、落葉後にも残っています。果実は長径1.5~2cmほどの楕円形の核果です。
 なお、実は(鳥は食べるようですが)有毒で人は食べられません。http://www.mnc.toho-u.ac.jp/v-lab/yakusou/shun/11-sendan.html 

 余談ながら「栴檀は双葉より香し」のセンダンはビャクダン(白檀)の別名で、このセンダンとは別の木です。

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2010年12月 8日 (水)

カワウ、ヒドリガモ、マガモ、ホシハジロ、キンクロハジロ

 冬晴れで風のない日に調節池に行くと、何種類かの冬鳥が来ています。休日には、池にたくさんいる天然のコイやヘラブナ釣りの”釣りキチおじさん”達がいて、長い竿をふりまわして遠くまで仕掛けを飛ばすので、鳥は警戒して水面の一番遠くにかたまって休んでいます。
 ですから鳥見物には少し条件が良くありません。
 それでも、釣りキチおじさん達の傍に陣取って遠くの水面を眺めていると、警戒心の少ないヒドリガモなどは少しずつ水面の中ほどまで近寄ってくることがありますが、人影のある間はずっと遠くに離れたままの鳥もいて、8倍の双眼鏡ではあまり役に立たないほどです。

 
カワウ:
 留鳥で、通年、姿を見ますが頻度はそれほど多くはありません。魚を取りにやって来ます。頬とクチバシは白と黄色。警戒心が強く、用水路にも降りていますが人影を察知するとすぐに飛び去ります。
 調節池でも、すぐに潜水しながら遠ざかっていきます。水から上がって休んでいる、首筋が白いのが♂です。127

 
ヒドリガモ:
 一番初めに姿を見た冬鳥で、飛来数も毎年、比較的多いです。警戒心は比較的少なくて、幅の狭い用水路にも姿を見せることがあります。1127_3

 
マガモ:
 釣りキチおっさん二人連れの会話。
 青首が来てるな。狩猟解禁になったから、ここ(近年禁猟区になりました)に来たんだ。昔はこの辺でも撃ってたよ。青首1羽1万円で、5万円位は浮いてるな。メスは撃っちゃいけねえんだよ。ああそうかい。だけど散弾撃ちゃ、そばにいるメスにも当らあな。すぐに毛(羽)をむしって裸にしてぶら下げてりゃあ、わかりゃしねえけど。S

 青首も寝たフリしながら(でも眼はあいていました)聞いている風情。そういうものなんですか。
 まあ皆んなここに来ていてよかった。ゆっくりしていってね。ただ鳥インフルエンザ持ち込みはゴメンだがねえ。(青首の前を横切っていった写真中央手前はヒドリガモの♀でした。)

マガモ:
 体長50~65cm。翼開長75~100cm。繁殖期のオスは黄色のくちばし、緑色の頭、白い首輪、灰白色と黒褐色の胴体とあざやかな体色をしている。メス はくちばしが橙と黒で、ほぼ全身が黒褐色の地に黄褐色のふちどりがある羽毛におおわれる。
 非繁殖期のオスはメスとよく似た羽色(エクリプス)になるが、くちばしの黄色が残るので区別できる。幼鳥は、くちばしに褐色みがある。(wikipediaから)

 
ホシハジロ:
 冬鳥です。”安全距離”の遠くにいたヒドリガモの群れを撮った写真を拡大してみるとその中に写っていたので気が付きました。
 例年、飛来数は少ないものの観察できていました。不鮮明な写真ですが掲載しました。赤い目をして、赤茶髪の頭に黒い胸。もっと近くに寄ればいいのに。食べないから。1126pb260036

 
キンクロハジロ:
 冬鳥です。飛来しているのは確かですが、なかなか近くで観察できるチャンスがありません。その名のとおり、金色の眼に黒い体と白い羽ですが、見分けがつかない不鮮明な写真です。1128_2

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2010年12月 7日 (火)

ハクセキレイ、コサギ、アオサギ、バン、オオバン

 穏やかに晴れて風もない日に散歩に出ると、いつでもいるハクセキレイやコサギ、時々やってくるアオサギなど(留鳥)、そして通年、近隣地域で暮らしているらしいのに、当地には気まぐれにやってくるバン、オオバン(留鳥・漂鳥)などに出会います。代わり映えしませんが、それらの鳥です。

ハクセキレイ:
 たんぼ道ではチョウチョやトンボを追いかけ、水辺では水生昆虫を食べています。普段はすぐに逃げますが、腰を下ろしてみていると、直ぐ目の前までやってくることもあります。1127

 
コサギ:
 夏鳥/留鳥のチュウサギはすっかりいなくなり、コサギが時折、用水に降りています。1119pa190005

 
アオサギ:
 サギ仲間では最大で、飛んでいるときは”立派”ですが、地面でボーッとしている姿は落ちぶれています。1128

 
バン:
 秋以降に姿を見ることが多いのですが、個体数は少ない鳥です。警戒心が強く、水辺の草に隠れるように歩いていきます。後ろ姿しか撮れませんでしたが、クチバシから額板が黄色だったのでまだ若鳥のようです。泳ぐ姿は不恰好です。1127_2

 
オオバン:
 通年いるらしいのですが当地では夏期にはあまり見かけません。クチバシから額板にかけては白色です。水辺に生えたヨシの陰に数羽いました。浅い水底に生えた水草を食べているようです。1204

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2010年12月 6日 (月)

キタテハ(秋型)

 11月下旬になると、用水縁に繁茂していたカナムグラもさすがに枯れ始めましたが、まだ枯れ残りがある草地に羽化して間もないらしいキタテハがいました。
 幼虫はカナムグラを食草としていますので、この時期にも蛹が羽化したのでしょう。
 翅をひろげて光をいっぱい受けています。Img_3653

 
 近寄るとフラフラという感じで少し飛びますが、すぐ近くに降りて、やはり翅を広げています。翅の裏側は地味な枯葉色ですが、Photo_3

Img_3647

 
 表は綺麗な色です。Img_3646

 
 すぐ近くにももう一頭、こちらはまだ翅が伸びきっていない様子で、草につかまって、じっと翅の伸びきるのを待っている様子。2

 早くしないと小鳥の餌になってしまいますが・・・

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2010年12月 5日 (日)

コウヤボウキ

 里に近い低山の林縁にコウヤボウキの花がポツポツありました。遠目にはあまり目立たない風情です。Img_3555

 コウヤボウキに初めて注目したのは、しばらく昔の春先のこと。葉がすべて枯れ落ちて、木質化した針金のように細い茎の先に、タンポポの冠毛のような長い球状の綿毛がついた種がまだ残っていた時でした。

 コウヤボウキ(高野箒)はキク科コウヤボウキ属の落葉小低木です。一見、草(草本)のように見えますが木本です。1110img_3556

 
 樹高は60~100cmで、枝は細くてよく分岐しています。秋が深まる頃になると1年目の茎の枝先に一輪ずつ白ないし淡い紅色の花(頭花)をつけます。
 頭花は10~14枚の筒状花からなって白い房状、長さ1.5cmほどで筒状花の花びらは深く5裂しています1110img_3552

Img_3587

 
 拡大してみると裂片がカールしていて、なかなか魅力的な造形です。Img_3585

 高野山で竹箒の代わりに枝を束ねて箒として使われたことから、この名があります。
 開花時期:9~11月、分布:本州(関東地方)~九州。

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2010年12月 4日 (土)

アキノタムラソウ

 11月中旬、山里のハイキングコース沿い林縁の草地にアキノタムラソウが点々と咲いていました。”アキノ”という名前がついていますが、夏には咲き始めますので、かなり長い間楽しめる野草です。Img_3566

 
 アキノタムラソウは、シソ科アキギリ属の多年草で野原や疎林・山里の道ばたなどに生えています。
 葉は対生し3~7個の小葉からなる奇数羽状複葉で、小葉は鋸歯のある長さ2~5cmの広卵形。先は尖っています。下部の葉には長い柄があり、また茎の上部の葉は複葉とならず葉柄も短いです。なお、葉には変異が多いということです。
 茎は四角で、上部で分岐し、高さ20~50cm。Photo

 
 茎の上部に長さ10~25cmの花穂をだし、長さ1~1.3cmの青紫色の唇形花を数段輪生します。Photo_2Img_3563

 
 花冠の外側には白い毛が多く見られます。Photo_3

 花期は7~11月、分布は本州、四国、九州。
 花の少なくなった晩秋の山地で見た花は、とても印象的でした。(なおナツノタムラソウ、及びタムラソウという名前の別の植物があります。)

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2010年12月 3日 (金)

ふりゆくものは、ぴんころで

 昨日の午後、玄関先にアブラゼミの抜け殻がコロリと落ちていました。下肢の部分が欠損していますので、今夏、庭で羽化した時につかまっていた枝から、今になって落ちたのでしょう。Img_3726_2

 
 さて、時あたかも師(お坊さん)も走り回らなければならないほど忙しい12月、1日付のA紙夕刊の一面大見出しは「ぽっくり逝きたい」。
 ”ぴんぴん長生き、ころっと往生”、という最後を迎えたいと望む熟年者がふえて、”ぴんころ祈願ツアー”も人気という。いづれ当方にも案内のダイレクトメールが届くかしらん。

 そういえば、しばらく前に『ぴんころ館』というユニークな名前を聞いたことがあったっけ、と調べてみると、ありました。
 平成16年3月、青森県五所川原市(旧市浦村)にできた健康保険施設の保健センター市浦(ピンコロ館)です。
 ここには、NHKのFM放送で、旧市浦村のピンコロ館(死ぬまで元気)の役割を聞いた「ピンコロズ」(ばってん荒川、石井トミコ)コンビが、自分たちが歌う健康作りの歌「ピンコロ音頭」「ピンコロルンバ」を、『ピンコロ館』でぜひ紹介したいということで訪問されたそうですし、また各種のイベントが催されて、地域の健康増進にずいぶん貢献している施設のようです。

 万物が、「熱力学第2法則」にしたがってエントロピーが増大する方向にむかうなら、全て、形あるものは崩壊へと向かい、秩序あるものは無秩序に向かい、命あるものは必ず滅びへと向かう。高度精密生物機械としての人間もしかり、でしょう。

 先ごろ、日本人一人の全ゲノム解読(理化学研究所が初)がなされたということで、生物「人間」に関する理解はどんどん進んでいるようです。
  さりながら、その人間の大脳が創りだす「心」についての理解は、なかなかそう簡単にはいかないようですね・・・  

    花さそふ嵐の庭の雪ならでふりゆくものはわが身なりけり  

 花びらも全て散ってしまった今ごろは、なおさら古りゆく我が身、です。Img_3743

Img_3744jpgtrm  (12/2、草地に咲いていたシロバナタンポポとセイヨウタンポポ)

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2010年12月 2日 (木)

山里の木の実:ウメモドキ、ガマズミ、ムラサキシキブ

 人里に近い低山の林縁には、晩秋になると実をつけるいろいろな種類の低木や潅木があって、それがハイキングの楽しみでもありますが、またそれらの木の実は、特に昆虫類が少なくなった秋冬季には、野鳥の餌としても重要なものになっています。
 野鳥が食べる木の実は、人が食べて必ずしも美味しいものとは限りません。グミ、ヤマブドウなど美味しいものも多いですが、野鳥が好んで食べるガマズミ、サクラの実などはあまり美味しいとはいえません。
 ドングリ、エゴノキなど等、渋味,苦味,辛味などを含む実は、そのままでは人の口に合いませんし、また中には人に有害なものもありますから注意が必要です。

 さて、晩秋の一日、ピーヨ、ピーヨと甲高いヒヨドリの鳴き声が聞こえる山道を辿っていくと、林縁に、真っ赤に色づいたウメモドキ、 ガマズミ、 そして薄紫のムラサキシキブがありました。ただ、いずれの木の実も、すでにその数はだいぶ残り少なくなっていましたが。

 
ウメモドキ:Img_3551

 
ガマズミ:1119img_3605

Photo

 
ムラサキシキブ:
 山野に生える落葉低木。苗木がホームセンターなどでも売られていて、お庭などに植えられ、薄紫色の実を鈴生りにつける「ムラサキシキブ」(と呼ばれている木)は「コムラサキ」の場合が多いようです。
 自生のムラサキシキブは、コムラサキに比べて実のつき方がまばらで、いっそう自然な感じがしました。1119

 
 野鳥が好む漿果類では、ガマズミ,ウメモドキ、ナナカマドなどの赤色や、ツルウメモドキ、トキワサンザシ、柿など橙色のものが圧倒的に多いものです。
 一方、薄紫色系統の木の実はムラサキシキブなどで、多くはありませんが、こちらはあまり好まないそうです。ほかに餌がなくなると食べるということで、人と同じように野鳥にも”おいしい色”というのがあるのですね。
 なおウメモドキの実は、果肉の部分に発芽抑制物質があり、小鳥のおなかを通過しないと発芽しない仕組みになっていて、それで鳥に種を遠くに運んでもらい分布を広げるそうで、ほかにもこのような特性を持った木の実はたくさん有るそうです。うまく出来ています。

参考:
 図書館の植栽コムラサキシキブ:Img_3747

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2010年12月 1日 (水)

晩秋の甲府盆地から眺めた山岳風景

 11月が駆け足で通り過ぎていき、ついに師も走る12月です。ますます慌ただしく、足早になるのでしょう。

 さて、所用のため訪れていた11月、甲府盆地のところどころで、折々に眺めた山の風景を並べてみました。

 
金峰山頂の五丈岩:
 水ヶ森林道の樹間から垣間見た奥秩父の盟主・金峰山、頂上にそびえる五丈岩です。その昔、よじ登ったことがありました。1027pa270007jpgcc

 
富士山:
 舞鶴城址公園からの展望。夏、2回登ったことがありますが、登る山ではない、眺める山、というのが感想です。113img_3522

 
南アルプス遠望:
 躑躅ヶ崎園地から。ここからは、日本第2位の標高を持つ北岳は見えませんが、この初秋、登ることが出来ました。1119pb190011jpgcc

 
甲斐駒ケ岳:
 同地から、ズームアップ。もう、登山は難しいかなあ、と眺めましたが・・・1119pb190010

 
奥秩父、木賊山:
 休日で人影の全くなかった道の駅”みとみ”から仰ぎ見る秩父山系。西沢渓谷はここの近くです。紅葉は盛りをだいぶ過ぎていました。1124img_3617

 悠久の自然の中にも、確実に流れていくあわただしい人間の時間を感じないではいられません。気持ちだけでもスローライフ、と行きたいものですが・・・ 

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