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2010年12月15日 (水)

小さなお社

 晴天の一日、図書館に行くのに運動不足解消を兼ねて、普段は通ることのない相当遠回りの田舎道を自転車で走ってきました
 しばらく走ると、その集落の人々で守られているものの、あまり訪う人もないらしい風情の小さなお社があり、思わず寄り道をしてきました。
 ごく狭い境内やその周りには、正一位稲荷大明神と刻まれた小さな石碑があったり(おコン様が踏んづけられています。
 オコンサマは眷属で、乗っかっているのが大明神のカミサマ?)、Img_3739jpgtrmcc

 
 また、おコン様(白狐)が守る小さな祠もありました。Photo

 
 また基部に、それぞれ「天明八戌申二月吉日」、「天保五午二月吉日」と刻まれている2基の石燈籠があり、相当古いお社のようでした。Photo_2

 
 傍らに佇む狛犬に、お社の謂れを訪ねてみても、コマッた様子で お答えがありません。Img_3734

 
 2基の石灯籠に刻まれている天明、天保の年号から憶測してみると、教科書で習った、あの「天明の大飢饉」《江戸時代中期の1782年(天明2年)から1788年(天明8年)にかけて発生した飢饉。江戸四大飢饉の1つで、日本の近世史上では最大の飢饉》、
 および「天保の大飢饉」《江戸時代後期の1833年(天保4年)に始まり、1835年から1837年にかけて最大規模化した飢饉。1839年(天保10年)まで続いた。1836年(天保7年)までと定義する説もある》で、百姓一揆や打ちこわしが各地で起こり、飢えた人々が江戸の町に流入し、また江戸幕府の財政は深刻化し、先行き不安の時代の只中に(何やら当世事情にも似ているような・・・)それぞれ建てられた燈籠なのでしょうか。

 
 そんなことにはお構いなしに、日の当る石の上で、フタモンアシナガバチが日向ぼっこをしていました。Photo_4

フタモンアシナガバチ(二紋脚長蜂):
 体長14~18mm。腹部に黄色い2つの斑があることからこう名付けられた。市街地でよく見られ、植物の茎や垂直な壁面等に横向きに巣を作ることが多い。
 性質は(スズメバチに比べれば)おとなしくすぐに刺したりしない。

 
 暇つぶし:
 正一位稲荷大明神
 もともと、「正一位」という位はその昔の律令制の下、朝廷より諸臣に授けられた位階のことで、官人の地位を表す等級として一位から初位の位階がありました。
 ところが、奈良時代中期以降、遷都・行幸の際や、天変地異・疫病蔓延・戦乱などを鎮める臨時の祈願に際して、特に霊験あらたかであった神様を顕彰するために、この位階が神にも授位されるようになりました。
 これは神階と称して(もちろん現在はそのようなものは有りません)、諸臣に与えられる位階制度に倣うものでしたが、両者に直接的な関係はありませんでした。
 稲荷明神は、天長4年(827)、淳和天皇より「従五位下」の神階を授かって以降、だんだん昇進し、その後も進階を重ねて、天慶5年(942)に朱雀天皇より「正一位」を授かりました。
 もちろん人間と神様では、本来エラさが違いますから(神様がエラい)人間天皇が神様に位を与えるというのも何かヘンですが、そこはおおらかな日本の民間信仰で、融通無碍の世界の話、ともかく、眷属、またはカミサマのおコン様はエライお方なのです。
 今度は、油揚げを持ってお参りしなくっちゃ。

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