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2011年1月 5日 (水)

2010/12 天空列車で行くチベットへの旅⑦ 4日目、ラサ市内観光

 遅まきながら、2010年12月中旬に旅行したチベット旅日記の続きです。

4日目:
 終日ラサ(拉薩)市内観光:
 ラサの夜明けは遅いです。北京から2,000km離れていても、時間は北京と同じで、日本との時差は-1時間にセットされていますから。まあ現地の人は、そんな時間なんて方便で、そんなモノに頼らず自分たちの生活時間感覚を大切にして生活しているように見えました。

 見上げると、とにかく、空の青さに驚きます。太陽の光が散乱する時、レイリー散乱によって青など波長の短い光がより強く散乱されて空は青く見えるのですが、世界の屋根と称されるチベット高原の中心部に位置するラサは、富士山頂より少し低いくらいの高度(3,658m)にあり、大気中の微粒子も少なく、このためミー散乱が少なくなって、青よりさらに濃い藍色の空になるのです。
 ラサは現在中国、チベット自治区の首府。チベット語で神の地を意味し、中央チベットを東西に流れるヤルツァンポ河の支流キチュ河(ラサ河)の北岸にあって、1,300年以上の歴史を有する古都で、チベットの政治、経済、宗教の中心地として重要な役割を果たしてきました。
 しかし、1959年、中国人民解放軍がラサを占拠、ダライ・ラマ14世はインドに亡命してから、続く60年代から70年代にかけては、あの文化大革命によって、チベット仏教とその伝統は弾圧・否定され、残っていた仏教建築物、壁画、僧院などもほとんど破壊された歴史があります。
 その後、チベット文化の見直しや宗教の復活などが認められ、破壊された僧院の再建・修復が始まり、聖地への巡礼も許され、形だけは復活しました。
 しかしその実態に不満が鬱積し、たまりかねたチベット人僧侶たちが中心になり”人権抑圧のない自由なチベット”を求めてデモなどの抗議行動を起こしました。2008年3月、世に伝えられたチベット動乱です。むろん制圧され、その後も問題は潜在したまま、世界各国による”内政干渉”にもかかわらずそのまま現在に至っていることは周知のとおりです。

 すでに先のブログ記事でも述べたように、2006年7月にゴルムドとラサを結ぶチベット鉄道(青蔵鉄道)が開業し、それに商機を見込んだ中国人起業家も大挙してラサに入りこみ、開発、建設が進み、その結果中国の地方都市かと見紛うような街並み、景観が開かれています。
 そして現在も目まぐるしく急激な変貌を遂げています。ラサからシガツェを結ぶ鉄道工事も進んでいて、いずれはネパールまで、という話も聞きました。
 並行するようにして時ならぬ不動産開発/観光開発も行われ、この開発の勢いはチベットの奥地まで拡大進行しているようです。
 人類共通の世界遺産として培われてきたチベットの伝統的文化遺産や自然環境などが破壊されることなく、チベット人民の望むような近代化と発展を遂げてほしいと、行きずりの一観光客としては、心から願うばかりです。 

 
1)ポタラ宮: 
 紅山の頂に立つ、ダライ・ラマが暮らしたチベット象徴の宮殿。高さ115m(山を含む)、東西360m、南北300m、総面積41平方キロメートルに及ぶ巨大なもの。1994年、ラサのポタラ宮歴史地区としてユネスコ世界遺産に登録されました。(ポタラ宮、ジョカン(大昭寺)、ノルブリンカが含まれています)。
 チベット史上、ポタラ宮はダライラマの居所であると同時にチベット仏教、政治、経済の運営を執り行なう所として造営、運営がされてきましたが、現在はもっぱら国策として観光施設に特化しつしあるようです。
 また、その見学に最しては、手荷物検査、パスポート・チェック、入場者数制限、宮内参観時間制限etc.があります。
 そして何より、高山病にかからないよう自己管理が必要です。なお、その他の寺院・宗教施設も含め、内部での写真撮影はすべて禁止です。
 (写真は上から順に、①ホテルから見た朝日に輝くポタラ宮、②巡礼道から見上げたポタラ宮、③碧空に向かって登る正面階段、④画面中央に見える閑散としたポタラ宮広場、⑤白宮を出て階段を降り、これより出口に向かう)
Photo

 
 見学後、チベット料理の代表モモ(チベット風餃子)の昼食です。Img_4140

 
2)セラ寺(色拉寺):
 ラサの中心地から北に8kmほどの岩山〈セラ・ウツェ山〉の麓に立ち、日本人の多田等観や、川口慧海も修行した寺院としても知られています。
 河口慧海に関しては著書『チベット旅行記』講談社学術文庫(全5巻、1978年)をだいぶ昔に読んで承知していましたが、今回あらためてその修行の場を見学できました。
 セラ寺は1419年に創建されたゲルク派の大寺院で、現在は大集会殿と、3棟の学堂、30の僧坊などで構成されていますが、最盛期には5,500人もの僧侶が修行に励んでいたのに現在はわずかその1/20、250人で、僧侶になる自由も規制されているそうです。
 余談ながら、河口慧海については、その著書を読んだだけで、凄くて偉いお坊さん、と勝手に思い込みしていたものですが、改めて現地で、その行動、業績についての評価を(チベット人のガイド氏に)訪ねてみたところ、意外にも、口ごもりながら、はるばる日本からやってきたこと以外の評判は必ずしも良くはない、とのことで、やはり多面的な評価が必要なのだと悟りました。
 (写真上から①セラ寺への参道。出店が連なり地元の人で賑わっています。②~④セラ寺のツォクチェン(大集会殿)、⑤河口慧海が修行した学堂)Photo_2

 
3)ジョカン(大昭寺は中国語の呼び名):
 ネパール仏教様式の影響を表す金色の屋根や宝飾品が印象的なジョカンは、ラサの旧市街地の中心にある7世紀中期に創建された吐蕃時代の寺院です。正確には、本殿であるジョカン寺と、その周辺を取り囲むトゥルナン寺から構成されていて、2000年に世界文化遺産として追加登録されています。
 25,100平方メートルの面積があり、正面の屋根に輝く法輪と2頭の鹿をシンボルとする寺院で、凹形をした正面は、チベット仏教徒の巡礼者が五体投地礼を行う場所になっていて、石畳は摩耗でツルツルになっています。
 今回訪問した冬の時期にはチベット各地から押し寄せた巡礼者でごった返していて、特にジョカン内部のメインとなっている釈迦堂は、大渋滞でした。
 2階、3階と見学し、特に3階からはバルコル(八角街)、ポタラ宮、そして眼下に、五体投地礼を行う多数の巡礼者の姿が見えて、あらためて物質文明とのギャップを思い知らされました。
 (写真上から①バルコル広場からのジョカン正面、②ジョカンの前で五体投地礼を続ける巡礼者、③ジョカン中庭から見上げる2,3階、④,⑤ジョカン3階から眼下に見える五体投地礼の巡礼者、⑥ジョカン3階からバルコル、その遠方にポタラ宮を展望。Photo_3

 
4)その他:
 タンカ(仏画)等の工芸品店立寄り:
 トイレ休憩を兼ねて立ち寄り。本や手袋など買いました。他国のまたは中国他都市のような、鬱陶しいつきまといや、売りつけるための長々した無駄話がなくて、気分転換にもなりました。

 バルコル/八郭街(八角街):
 拉薩の巨大な市場の自由散策。バルコルとは、ジョカンの周囲をぐるりと巡る道のことで、日中、通りには多くの出店がオープンし、巨大な市場と化しています。場所によって、衣類などの生活必需品や土産物を扱う店、また灯明用のバター、マニ車などの仏具を中心に売る店などが集まっていて、子供時代に経験した縁日の出店の楽しさがあります。
 バルコルはこの時期、観光客が少なくなり入れ替わりに増えたチベット仏教徒の巡礼者の巡礼道になっています。
 人混みで混雑する中、チベットの習慣に従い時計回り=コルラ)で一緒に巡ってきました。巡礼者はマニ車を回し、経文を唱えながら歩いて行きますが、この大混雑の中を、行き交う荷車や、また時に割り込んでくる車も意に介さず、五体投地礼で巡る巡礼者もないではありません。信仰の力でしょう。
 単なる観光客の楽しみの一つは、出店で目移りするばかりの買い物の値段交渉。最初の冗談のような高値から、最後は、数分の1の値段でも、その値段ではもういらない、と行きかけると、追っかけてきて”それでいい”、というやりとり。両方笑顔で、トウジェチェ(ありがとう)、です。
 このような場所で非常に違和感を覚えたのは、あちこちで立哨する迷彩服の軍人と、建物の屋上に垣間見えた武装警察官の姿。見つめたり、カメラを向けないように、との注意です。
 (写真上から①広いバルコル、奥にジョカンが見えます。②バルコル広場の建物2階屋上には銃を持った武装警察官の姿(丸印)がありました。③この時期、行き交うのは巡礼者をはじめ、地元の人々が殆どのようです。④西蔵料理(シャブシャブ風でした)の夕食と、⑤民族舞踊鑑賞。)Photo_4
 夕食は民族舞踊を鑑賞しながらの西蔵料理。ここでもカター(マフラー)をかける歓迎も。夕食後ホテルへ。(拉薩泊)                    (続く)

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