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2011年1月 7日 (金)

2010/12 天空列車で行くチベットへの旅⑨ 6、7日目、ラサ、成都、北京、そして帰途に

 2010年12月中旬に旅行したチベット旅日記の最終回です。
 
6日目:
 ラサ→成都→北京。

ノルブリンカ(ダライ・ラマの夏の離宮):
 午前にラサ(拉薩)市内の西部に位置するノルブリンカ(ダライ・ラマの夏の離宮)観光。36平方kmの面積を持つ敷地内には歴代のダライ・ラマが建てた幾つもの離宮があります。
 中でも最大の見所はダライ・ラマ14世が実際に生活していたタクテン・ミギュ・ポタン。1956年竣工の離宮ですが,、内部にはトイレ付きのシャワールームなどがあったり、ロシアから贈られたラジオや、インドのネール首相から贈られたレコードプレーヤーなどもあって、”懐かしく”見学できました。
 チベット・オペラの上演がされたという広場や、2008年北京オリンピックに合わせて、大々的に”整備されてしまった”正門周辺なども、さもありなんという思いで見学してきました。国家権力の威光で、不可能はありません。
 (写真上から、①朝一番、ホテルの目の前に建設中の「公安 POLICE」の建物を見下ろし、見納め、です。②ラサ市内へ。どこに行ってもある"整備された”広い石畳の公園ふう広場を通り、③ノルブリンカ入り口です。持ち物検査があります。④門をくぐると案内図の石板があって、それに従って進むと、⑤歴代のダライ・ラマが建てた離宮巡りコースになります。Photo

 ⑥チベット暦で6月末から7月中旬のショトン祭りで上演されるアチェ・ラモ(チベット・オペラ)観劇広場を過ぎて、⑦、⑧最大の見どころ、タクテン・ミギュ・ポタンです。内部での写真撮影はできません。⑨瞑想に疲れたダライ・ラマが散歩に出て、途中で休憩する”お茶室”もあったり、⑩その他多くの離宮があります。)Photo_2

 
ラサ発、空路、成都経由で北京へ。
 ノルブリンカの見学を終え、少し早めに、郷土料理の昼食後、トイレ休憩も兼ねてチベット特産のおみやげ店に立ち寄り。ヤク肉製品などたくさんありました。少し買い物をしてから、ラサ空港に向かいます。
 沿道には「西蔵軍区政治部愛民学校」(何の教育をするのでしょうか)、という大きな看板がある長大な建物があったり、無造作に道ばたに洗濯物が干されていたり、新旧ないまぜにしながら変貌を遂げていく周辺の情景がありました。
 以前は曲水経由の遠回り道だったものが、ラサ河特大橋(1,583m)、嘎拉山トンネル(2,447m)、ヤルツァンポ特大橋(3,788m)の開通で距離で約30km、時間で30分短縮されています。
 更に高速道路も建設中とあって、まさに建設の槌音も高く、開発が進む風景ですが、その脇には巡礼道があって、風に乗って飛んでくる埃を浴びながらも、やはり五体投地礼でラサに向かう巡礼者の姿が目に入りました。
 ラサ空港到着。そして中継地の成都に向けて飛び立ちます。成都が近くなる頃、飛行機の右手に広がる白雪の峰々に見とれているうちに、午後6時3分、日没を迎えました。(写真はクリックで拡大します)Photo_3
 
 成都空港で乗り継ぎ、北京に向かいます。夕食は機内食。ラサ空港から北京までの所要時間は合計約5時間35分。
 北京空港着後、初日と同じホテルへ22:30着。ホテル・チェックイン後、シャワーを浴びて、ラサで買って来たビールを飲んで、日本から持参したインスタント焼きそばを食べて、幸せを噛みしめることができました。(北京泊)

 
7日目:
 空路帰国の途に。ホテル発10:30、北京発13:25→成田へ。
午前9時半、空港近くのホテルの窓から見える風景は、急激な近代化・発展の代償に失った青い空でしょう、オリンピックに際してマラソンレースに参加拒否をされた選手が話題になったとおりで、相も変わらずスモッグ模様の北京でした。
 荷物を整理して北京空港へ。とにかく広いです。オリンピックに向けて得意の突貫工事で拡張されたそうですが。成田もこうナリタい?。ほぼ定刻に北京空港離陸。7

 成田空港帰着17:55、無事帰宅しました。

 
旅を終えて:Photo_4
 (航空機内雑誌から無断コピー)

 チベット高原の湖のほとりを、はるかなるラサの聖地に向かって五体投地礼で進む巡礼者の姿、そしてヤクの革紐で作られたロープに、ヤクの角でつくったフックをかけて、急流の谷間を渡って行き来するチベット人の姿を紹介した写真ですが、何を伝えようとしているのでしょうか。(現在の新しいものはスチール製のワイヤーロープと金属製の滑車だそうですが。)

 当然ながら、不条理の歴史を遡って元に戻すことは極めて困難です。ただ、歴史は必然として変化していきますから、将来、不具合をただし、自由で平等な人間として相互理解、互恵の関係を築いていくためには、次代を担う新しい価値観をもった若者の叡智と努力に希望を託していくしかありません。
 そしてそのためには、何よりも、そのような若者が育つ環境を如何に準備し、整えていけるかが大事と、今回のささやかな観光ツアーにおいても、ヤギの住みつく頭ながら、しみじみ感じたことでした。(完)

2011.1.8追記:
 km45さん(http://blogs.yahoo.co.jp/kanazawa4512)(以前の記事URLはこちら:http://kanazawa45.wordpress.com/page/3/)より、今回記事に掲載した、成都に向かう機中から撮影した白雪の高峰写真の右側の一番高い峰は、四川省の最高峰(チベット自治区以外で)ミニヤコンガ山(7,556m)、とお教えをいただきました。
 記してお礼申し上げます。
 それにしても、人間が定住する地球環境の中で、一番の高所は国際宇宙ステーションの地表から375km。
 これでも、地球をリンゴに例えれば、その皮から少し頭を出した程度(村山 斉)。
神々が住むヒマラヤの高峰も、地球表面の薄いひび割れの凹凸に過ぎませんが、どうして人間はそんな高みに惹かれるのでしょうね。

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コメント

「チベットの旅」を堪能しました。広大な自然、澄み切った大空などは、現地で接しないと、その感動を味わえないのでしょうね。でも、綿密で丁寧なレポートを読んでいると、思わず引きこまれ疑似体験をさせていただきました。
いつもは、自然界の生き物の生態などに眼を向けられている好好爺だと思っていましたが、人間界にも、鋭い観察力をお持ちだったのですね。
「人の幸せ」って、人により、それぞれの感じ方・考え方があります。価値観・人生観・宗教観が万民共通でないように、「幸福」とは、その人の主体性から生ずるべきもので、尊重されこそすれ、他から強制されるべきものではないでしょう。
チベットの現状を思うに、「こうすれば、抑圧された民衆が解放され幸せになれる。」という、「親切」という名の「おせっかい」を大国が行っているように見えます。
恵まれた自然、文化はその国、その民の貴重な財産です。それらが彼らの意思とは別の次元で壊され、変革されていくのは悲しいものです。
宗教はその際たるものです。「チベット教」の真髄はもはやチベットにはなく、インドのある地域やブータン・ネパールなどに存在していると極論する人もいます。もしもそれが事実ならばもはや文化の破壊・崩壊です。
その大国は一党独裁の政治体制で国内の言論の自由もないようですから、その国の民が「幸せ」なのかどうか・・・それすら議論する事が封じられていて、「不幸せ」のような気もします。
かって、欧米列強国や日本を声を大にして非難していた「帝国主義・覇権主義」の呼び名を、今では逆に、そのまま己が国へと向いている事をこの大国は自覚していないのでしょうね。
・・・「覇気に乏しいけれど、不思議に満ちた良い国の民」の戯言でした。
 

投稿: ハクナマタタ | 2011年1月10日 (月) 14時03分

>成都が近くなる頃、飛行機の右手に広がる白雪の峰々に見とれている

それは、四川省の最高峰(チベット自治区以外で)ミニヤコンガ山(7556m)です。写真の右側の一番高い峰がそれです。雲がなく、山系全体が撮れていますね。

投稿: km45 | 2011年1月 7日 (金) 23時20分

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