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2011年1月

2011年1月31日 (月)

2011/1 ミノムシ;新燃岳噴火ニュース

 寒い1月が終わります。

 相変わらず晴れた寒空の下、サンショの木に小さなミノムシ(チャミノガ?)(蓑の大きさ1~2cm)が幾つかぶら下がっていました。R0010029

 
 道ばたのサクラの小木にはオオミノガ(蓑の大きさ4.5cmほど)と思われるものが1つぶら下がっていました。2011119rimg0001

 
 はさみで少し切り開いてみると、元気そうな幼虫がいて、余計なことを、と怒っていました。  断面はボンドで元通り貼り合わせて、再び庭木の小枝にくっつけておきましたが・・・120r0010002jpgcctrm1_2120r0010002jpgtrmcc_2

 10月頃に終令幼虫(蛹になる直前の幼虫)になったミノムシは、簑の中で越冬します。蓑で風雨はしのげますが、寒さは蓑でも防ぐことはできません。
 この冬、庭の水鉢はずっと凍っています。ミノムシはどの程度の低温に耐えられるのでしょうか。
 無事に越冬すると、サクラの花も終わる4月下旬から5月上旬に蛹になり、その約1カ月後、成虫になります。

 
 さて、関係の無い話です。
去る1/19、霧島山・新燃岳が半年ぶりに噴火し、その後活動が活発化して各地で被害が出ていて、長期化の恐れがあるという報道です。被災地の皆さまにお見舞い申し上げます。2011131_2

 http://kirishima-live.jpn.org/

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2011年1月30日 (日)

冬、アブラゼミ抜け殻、ルリタテハ蛹、カマキリ卵鞘

 旧暦の二十四節季、七十二候で、冬の最後を締めくくる大寒の末候「雞始乳」(ニワトリ ハジメテ トヤニ ツク)になりました。ニワトリが小屋で卵を産み始める時期になって、もう次は間もなく立春です。
 ニワトリは太古から夜明けを告げる鳥として尊ばれてきましたが、今は鳥インフルエンザの犠牲になって大量殺処分されるようになってしまいました。
 “昔の豊かな自然の趣”はどんどん失われていくようです。

 
アブラゼミの抜け殻、夏の名残:
 片付けをしていた庭の片隅に、日照不足で徒長して倒伏したセンリョウがありました。引き起こしてみると、アブラゼミの抜け殻が3つもくっついていました。
 鳴き声はあまり聞かなかったと思いますが、酷暑だった昨夏の記憶がよみがえります。17_rimg0105

 
ルリタテハの蛹、秋の名残:
 枯れたホトトギスの整理をしていたら、羽化できなかった蛹が1頭、残っていました。昨秋、ホトトギスに何頭かのルリタテハ幼虫がいました。多分、カナヘビに狙われたのもいたでしょうが、無事に蛹になり、秋が終わるまでには羽化していったと思うのです。
 しかし、そのうち1頭が、何らかの障害があって羽化できず、そのままになったようです。
 黒ずんではいますが、干からびた感じがしません。チョウの幼虫に寄生するヒメバチの仲間やヤドリバエがいて、かなりの確率でやられるそうです。
 あるいはこの蛹も、その種の天敵にやられていて、春先に、蛹の中から寄生主が飛び出してくるのかも知れません。(撮影2011.1.22)2011122r0010003jpgtrm

 
カマキリの卵鞘、冬越しの姿:
 道ばたの樹の枝にカマキリの卵鞘がありました。春には孵化してたくさんの子カマキリが出てくることでしょう。でも無事”成人”するのは一握りですが・・・2011121rimg0006jpgtrm

 *オオカマキリの卵鞘に似ています。参考情報:
http://members.jcom.home.ne.jp/fukumitu_mura/kamakiri_.html 

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2011年1月29日 (土)

1月下旬、田圃道から雪の日光連山と筑波山遠望

 今週末、また厳しい寒波が来るという天気予報です。寒いけれど、晴天の続く関東にいて、北国の国道事務所による道路状況ライブ中継画像を時々覗いてみると、その大変さを痛感します。
 ”自宅の庭で"かまくら"ができる”と子供は喜んでいるけど、たまらないデス、という親の声も聞こえてきました。雪国のご苦労が偲ばれます。

 先日、雲もありましたが、上旬の1日に続いて、この冬で一番の遠景が見えた日がありましたので、記念写真。北関東の山地では雪が多いようでした。

 日光連山(2011.1.21):(画面中央が男体山。画像はクリックで拡大します)2011121fitp1210001

 
 筑波山(2011.1.21):
やはりこちらがわからでは、雪はなさそうです。2011121p1210008

 待っている春は大豊作の花粉を連れてくるそうで、待っていいものやら、遅れたほうがいいのやら・・・

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2011年1月28日 (金)

田起こしとカラス

 カラス。時には、街中で収集日に出された生ごみを荒らしに来ることがありますが、近所で群がるような姿は見かけません。普段、田圃道で見かけても、まことに絵にならないので、相手になりません。

 寒空のもと、1月中旬くらいから、近郊の田圃で田起こしの作業がポツポツと始まりました。P1140004

 
 そうするとどこからかカラスが集まってきます。トラクターを遠巻きにしているか、その翌日くらいに集まってきて、掘り起こされた稲の切株の根元にクチバシを突っ込んでは掘り返しています。P1140019

P1140008

 それなりに警戒心が強くて、すぐ逃げるので何をついばんでいるのか確認できませんが、ミミズでしょうか。長居することはなく、2~3日経つと来なくなります。
 
 話は飛びますが、この冬、島根、宮崎、鹿児島、そして愛知県の養鶏場で、高病原性鳥インフルエンザウイルス「H5N1型」感染被害が報道されています。
 1月中旬には死んでいた渡り鳥のキンクロハジロ、また衰弱した(野生の)オオハクチョウからも「H5N1型」ウイルスが検出されたと報道がありました。
 大元は渡り鳥ということなら、その段階から国際レベルのコントロールが一層待たれることになりますね。

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2011年1月27日 (木)

カナヘビ、モズの早贄に、サンショの冬芽と葉痕

カナヘビ。
 昨年、暑かった夏の記憶が消え去らない11月の初め。日中は充分暖かで、冬眠するには早過ぎると日向ぼっこを楽しんでいる姿を庭のあちこちで見かけたものでした。101img_2279

 
 春から夏、餌の豊富な山地に移り住んで子育てをしたモズが、寒くなって餌も少なくなった山を降り、里に帰ってきたのは晩秋のある日。
 親鳥(上)と賢そうな若鳥(下)です。Photo

 
 縄張りの原っぱから、庭の前の電柱にやってきて、狭い庭を覗いてみると、世間知らずのカナヘビがの~んびり。油断、大敵を知らず。
 山の暮らしで母さんモズが、ヘビをつかまえて樹の枝に突き刺しているのをしっかり習った賢いモズの子。

 ズブリッ。その力量を示す情景です。でも、痛そー!R0010017

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 山椒の冬芽と葉痕。
うろうろ、うらうらと晩秋を楽しんで終わったのだから、カナヘビさん、セーフ?、いやアウト、アウト!でしょうと、サンショのしたり顔。Photo_2

 自然は有情、そして無情なのです。

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2011年1月26日 (水)

アマガエル、モズの早贄に

アマガエル、
 芳香の漂う大輪のカサブランカ。その白い花に登って、天国に遊ぶような一時を楽しんだあの日あの時、夏の想い出。Img_06601

 
 時はめぐり、晩秋の11月。それまでの春から夏の間は、餌の多い山地に行って子育てをしたモズ達が、冬越しのために子どもを連れて平地、そして街中まで下りて来ました。(写真上が親、下は子供達)2011126

 
 そしてさっそく縄張り宣言。野原だけでは物足りなくて、街中の電柱や庭木のテッペンにまでやってきてキキキ、キーキーとやかましく鳴きながら獲物を探していたのです。

 11月と言っても晴天の日中は充分暖かです。早く冬眠すれば良いものを、庭でぶらぶらしていたアマガエルが、見つかってしまったのです。
 親の模範演技か、子供の練習だったのか分かりません。とにかくこんなことに成りました。R0010032R0010015_2

 
 そこはウグイスが春を告げに来る梅の小枝、だったのです。春に背いて、カエルの無常。
弔花の蕾も寒さのトンネルを抜けられず、なかなか開けません。R0010033

 今度生まれて来る時は、きっとモズに生まれておいで。ニンゲンは勧めないよ。

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2011年1月25日 (火)

1月のロウバイ、ホトケノザ、タツナミソウ、セイヨウアブラナ(菜の花)、そしてスギ花粉

 昨日未明には、出っぱなしの乾燥注意報を止める効果もないささやかなお湿りがありました。
 相変わらず寒いことに変わりありません。
 それでも季節は確実に進み、さわみずこおりつめる(水沢腹堅)大寒の次候を過ぎれば、もうすぐ立春。
 

●マンゲツロウバイ:
 庭のロウバイも、よそ様より遅れて開花が始まりました。119img_4626

 
●ホトケノザ:
 日溜りの草地にはホトケノザが咲いています。(年中、咲いていますが・・・)Photo_3

 
●タツナミソウ:
 玄関先で、肥料も水やりも、雑草取りもしないで放置したプランターに、不思議なくらい”めげることなく”タツナミソウが花をつけています。
 余談ながら、タツナミソウにはたくさんの種類があって、正確な同定は大変難しいそうです。ですからこの種類はわかりません。
 (葉の形が小さめで丸く、毛が生えていますので、「コバノタツナミ」かも知れません)2011119trmimg_4628

 
●セイヨウアブラナ:
 用水べりに1株だけ大きくなったセイヨウアブラナがありました。
 よく似たセイヨウカラシナとは花や葉の付き方、大きさ、また花の咲き始める時期などで区別できるのですが、近くに行けない場所に生えていましたので、正直なところ、どちらかは分かりません。121p1210027
 枯れ雑草と立ち枯れしたヨシの残る水辺には、時折まだ薄氷も 張ったりしています。

 
●スギ花粉:
 そして”今年は大豊作”という、うれしくない花粉情報もスタートしました。(http://tenki.jp/pollen/)公園の杉でも豊作の模様。R0010046

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2011年1月24日 (月)

冬枯れの里山道で(トキリマメ、ヤマカシュウ、オニドコロ、ヤマノイモ、サルノコシカケの仲間)

 冬の里山道をのんびり歩いて行くと、秋の名残の実やタネの姿がポツポツと目にとまります。
 その状態を初めて見るときには、最盛期の姿がなかなか分かりません。
 昨年12月下旬から今年1月に撮ったものを並べてみました。

トキリマメ
 これだけは、少し前に一度、おなじ里道で見かけていましたので、すぐに分かりました。
 種は黒く熟して、赤色の莢の色も少し退色し、葉も残りわずかでした。20101226

 
●ヤマカシュウ(ユリ科シオデ属)?:
 同じシオデ属のシオデかも知れませんが、とりあえずヤマカシュウとしました。
 茎には緑色が残り、葉はすっかり落ちていて様子は分かりません。
 7~20mmほどの葉柄の基部に、托葉の変形した巻ヒゲがあり、すっかり茶色になって傍の植物に絡みついて立ち上がっていました。
 茎を掴むとチクッとすることがあり、よく見るとまばらに、ごく短い棘が生えていました。
 (トゲナシヤマカシュウなのかも知れません)。
 乾燥が進んでシワシワになった球形で暗緑色の実(大きさ約8mm)を”シャンデリア”風にぶら下げていました。
 花の咲く時期に確認しないと、この写真だけではよく分かりません。20101226_2

 
●オニドコロ:
 蔓性の多年生植物です。 さく(朔)果は、ややしわのある3つの翼が3方向に出た形のもので、既に開裂していて、中の有翼の種はすっかり無くなっていまいた。
 (すでに葉は落ちていましたが、ハート形の葉は一見ヤマノイモに似たものです。
 なおヤマノイモと違い、こちらの芋は有毒で食べられません)。
20101226_3

 
●ヤマノイモ:
 畑の傍や、生垣などに絡まっているのも見かける身近なものです。
 蔓に付くむかごは美味しいです。さく果の鞘は三つ葉のクローバーのようです。
 中に扁平な翼のあるタネが入っています。2011120

 
●おまけ:
 切り株にたくさんのキノコ(担子菌)が生えていましたので、記念撮影。
 名前はわかりませんが、サルノコシカケの仲間でしょうか。20101226rimg0025jpgcc

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2011年1月23日 (日)

綿毛の種5種:コウヤボウキ、センニンソウ、ボタンヅル、ガマ、タンポポ

 綿毛の種(種髪、冠毛などと、綿毛のでき方で区分されますが、それはさておいて)の中で、美しさで代表格はガガイモ、と思うのですが、その他にも山野にたくさんの綿毛の種があります。
 今までに手元に溜まった写真を並べてみました。

●コウヤボウキ(2010.12.26山地で撮影):
 花のほうが趣があります。春先になっても綿毛種は飛んでいかないで、残っていることが結構あるようです。20101226

 
●センニンソウ(2010.12.2山地で撮影):
 よほどの強風でなければ、飛距離は伸びない感じです。20101226_2

 
ボタンヅル(2010.12.26山地で撮影):
 センニンソウよりすこしは遠くに飛べるでしょうか。Photo

 
ガマ(の穂)(2011.1.21近くの用水路で撮影):
 ”因幡(いなば)の白うさぎ”の伝説でも有名です。
 その昔は穂わたを枕や座布団の詰め物にもしたそうですが、今はところによっては用水路に密生したりして、水路環境管理上も迷惑な存在になっています。
 この時期、円筒形の穂はソーセージが”爆発”したようになっています。
 ほぐれた綿毛は強風に煽られるとあたり一面、陽の光を受けて輝きながら舞い上がり、空中を飛んでいきます。
 あたかも羽虫の大群が飛んでいるかのようです。20111

 
タンポポ(2011.1.21):
 これまで春を告げるニュースになっていましたが、例年に比べて特に冷え込みが厳しい大寒のさなかにも、いじけてはいるものの花を開いています。
 年中開花すると、今年はじめてタンポポが開花した、などのニュースにならなくなりつつあります。20111_2

 なお余談ながら、タンポポの開花条件に付いては諸説があり、少しずつ違いがあってよく分かりません。

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2011年1月22日 (土)

2011/1 ガガイモ袋果、種髪のタネ、大ブレーク④

 大部分の種が外れた種髪の固まり。Rimg0014

 
 絶妙の展開で花びら風。Rimg0006

 
 ほぐれたものの、無風でとどまった種髪のタネ。風を受ければ飛び立っていくことでしょう。Rimg0003

 根が生えて動くことが出来ない植物の”分布域拡大手段”として、風に乗り空を舞うという、よくできた「綿毛の種(種髪や冠毛など)戦略」です。    (完)

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2011年1月21日 (金)

2011/1 ガガイモ袋果、種髪のタネ、大ブレーク③

 種髪だけ塊になって残っていた”舟”Rimg0015

 
 ほぐれ始めた袋果、周りには、種がとれて種髪だけで残ったものも。Rimg0021

 
 袋果の舟の中に、タネだけバサっと残っていたもの。どういう経過でこんなふうになったのでしょう。Rimg0022

 
 これもほとんどタネだけ外れ落ちて種髪だけ残った様子のもの。”舟”の底に種が残っているのかも。Rimg0024

 
 タネが”舟”に残り、傍に開かない種髪の塊が転がりでているもの。Rimg0026
 まだまだ、多彩な姿で地面に転がっています。
                                 (続く)

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2011年1月20日 (木)

2011/1 ガガイモ袋果、種髪のタネ、大ブレーク②

 この時期、倒れることなく立ち枯れたヨシの茎に絡みついて残っていた袋果は、例外もありましたが、大半は、片側の”舟”だけ残り、種髪の種は飛び去って空っぽになっていました。
 しかし、釣りキチおじさんの専用通路として踏み倒されたヨシの周りには、茎からちぎれて離れ落ちた袋果が大量に散乱して”開裂”していました。
 その綿毛の量といったら、拾い集めれば小さなクッションぐらい作れそうなほどでした。Rimg0020

 
 写真はすべてちぎれて落下した袋果のものです。はみ出したり飛び出したりした種髪(綿毛)と種には、様々な状態のものがありました。地面に落ちてしまったことが主な要因になったのでしょう。Rimg0025 

Rimg0023

Rimg0019

Rimg0018
                                (続く)

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2011年1月19日 (水)

2011/1 ガガイモ袋果、種髪の種、大ブレーク①

 散歩コースの調節池の水際にはヨシ原があります。水際の近くには、大型の草刈機も行かないので、夏に繁茂したヨシは、冬枯れしてそのまま残っています。
 夏の間、3m程にも伸びたヨシの茂みには、まず近づくことは困難です。ただし釣りキチの親父さんたちが水際まで行くために、長靴を履いて踏み倒したところが数カ所ありますが、そこは、”開拓者専用”の踏み跡になっています。

 先日、相変わらずの晴天で、風もなかったので運動を兼ねて近くまで行ってみました。ヨシ原は刈り取られて原っぱになっていますが、水際には5m程の帯状に、冬枯れのヨシの茂みが残っていました。その茂みに、1m程の、”釣りキチおじさん開拓道”があって、水際に出ています。Rimg0033

 
 釣り人の姿はありません。なんとなく、そこをたどって水際に向かうと、驚いたことに、あたり一面、ヨシに巻きついたガガイモの袋果が”炸裂”していたのです。半端な量ではありません。Rimg0028jpgcc

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 思うに、夏の間に猛烈な勢いで繁殖して、大量の袋果を付け、人も機械も入らないので刈り取られることなく、そのまま熟して炸裂したのです。Rimg0035

 集めたら、小さなクッションくらいは作れそうな気がするほどの量です。種髪だけの塊になっているものがあれば、当然、種だけが袋果の”舟”に残っているものなど、実に様々の状態で経過することが観察できました。
 もちろん、これほどの光景に遭遇したのは初めてのことでした。
 これまで繰り返してガガイモ(の種髪)について記事にしましたが、これ以上のことはもう無いだろうということで、少々くどいですが、撮影した写真全部を次回より数回に分けて掲載することとしました。

 余談ながら、先頃、ちょうど池の対岸になる堤防草地に、この種髪のタネが広い範囲に散り敷いていたのを見つけてびっくりしたのですが、多分ここから時折吹く強風に運ばれたのではないかと想像しています。

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2011年1月18日 (火)

ミノムシ、オオミノガヤドリバエ、キアシブトコバチ

 図書館に回り道して行く途中の用水べりに、何本かの、すっかり落葉したアカメガシワの小木が自生しています。
 通りがかりに、冬芽と葉痕・維管束痕を覗きます。頂芽は裸芽で細かい毛が密生しています。Photo_2

 暖かそうないでたちで、防寒対策はしっかり出来ているようです。
 
 さて、そのうちの1本にだけ、ミノムシが沢山ぶら下がっているのが目にとまりました。隣り合った他の木にはなぜか見当たりません。昔は柿の木などによくぶら下がっていたものですが、そういえば最近はあまり見かけません。

 そのうちの一つで大きさを測ってみました。約6cmあり、なかなか立派なミノでした。
 オオミノガ幼虫の作品と思われます。Rimg0001a

 
 確認できた全部の写真を取りました。11個ありました。中味は、破いて見ないと分かりませんので触りません。Photo_3Photo_5Photo_4

(最後の1枚は穴埋め用で、枝の途中にある冬芽と葉痕・維管束痕です。)

 
ミノムシについて:

 
        蓑蟲
   新訂高等小學唱歌(第二學年)/昭和10年

 作詞:作者不詳
 作曲:信時 潔

   1. みのむし みのむし
     蓑は手のもの 笠がない
     笠はなけれど 蓑さへあれば
     雨が降っても 濡れないだらう

  2.みのむし みのむし
    蓑を乾すなら 朝がよい
    露は落ちても 小枝の蓑は
    宙にぶらりと 落ちないだらう

 子供の頃からよく知っていた唱歌です。新しい歌など全く覚えられませんが、こんな古いものは脳みそのどこかに、後生大事に格納されているようです。

 ミノムシは、昔は身近な環境にごく普通にいました。夏、筒状の蓑の中に焦げ茶色の”イモムシ”がいて、手で引っ張ったくらいでは破れない丈夫な蓑をはさみで切り開いてイモムシを取り出し、短冊に切った五色の色紙と一緒に瓶に入れておくと、きれいな五色の簑を作ったのを見て喜んだりしたものです。
 私は作ったことはありませんが、切り開いてシート状にした簑を何枚も縫い合わせてサイフにすると、お金が貯まる、と言っていましたっけ。

 気がついてみると、今は見かける機会が少なくなりました。もともと、ミノ蛾の幼虫であるミノムシは、園芸果樹や茶、また植木などを食害する害虫で、昔はごく普通に見かけたものです。
 ところが、害虫であるミノムシを退治するため中国で大量に放飼されたていた天敵のオオミノガヤドリバエが、我が国に偶発的に侵入して、今まで天敵のいなかったミノムシに寄生するようになり、1990年頃からだんだんミノムシの個体数が減少しはじめ、現在は各地で、自治体によっては、絶滅危惧種に指定されるまでになっているということです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%8E%E3%83%A0%E3%82%B7

 余談ながら、更に、このミノムシの天敵オオミノガヤドリバエに寄生して、これをやっつけてしまうキアシブトコバチなどの寄生蜂も普通にいて、”敵の敵は味方”、という自然の絶妙な”仕掛け”もあるということです。
 キアシブトコバチといえば、我が家の狭い庭にもやってきたことがありました。自然は奥深いです。

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2011年1月17日 (月)

冬将軍到来、フジの冬芽と葉痕・維管束痕

 昨日、日本付近は冬型の気圧配置が強まり、上空には今冬一番の強い寒気が流れ込んだために全国的に強い風が吹いて冷え込み、また山陰、北陸地方など日本海側を中心に大雪となりました。雪国は大変だったようですね。
 当地では夜半に申し訳ていどの降雪があっただけでした。北東に位置する筑波山は雲の中で見えません。Rimg0001

 
 陽が昇るとすぐに融けました。また朝には直線距離で約120km、南西の市街地の向こうに富士山が見えました。Photo

 
 さて、話し変わって:
 フジの冬芽と葉痕・維管束痕
 町裏を流れる排水路に沿って、ごく短い距離ですが、整備された遊歩道があって、その途中に藤棚が設けてあります。初夏には藤の花が垂れ下がって綺麗かと思えば、そうはならないで、(棚下を)通行する妨げになるというので、せっかく伸びた蔓を定期的に切り詰めてしまうので、花が咲くのはあまり見られないのです。ミスマッチです。
 昨秋の終に、一斉に刈りこまれた藤棚で、頭の上にある枝に、冬芽と葉痕が見えました。
日頃の扱いに不満なのか、誰を見てもあまり機嫌よさそうな顔つきは見つかりませんでした。Rimg0085jpgtrmcc

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 今年の初夏こそ、いい顔して綺麗な花を咲かせて欲しいのですが・・・これは人間側の問題ですね。

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2011年1月16日 (日)

センダンの実とヒヨドリ

 普段あまり通らないところですが、畑の中に、黄色くなった実を鈴なりにつけた大きなセンダンの木がありました。遠くからでも、黄色い実が目立ちました。
 近くで見上げると、枝ぶりがセンダンではありません。木のてっぺんまで、別の蔓性の木に巻きつかれているからです。
 巻きついた木の葉の茂る時期にはセンダンと分からないかもしれません。Photo

 傍らに、名前はわからないのですが、更に大きな樹木があって(→後日、エンジュと分かりました)ヒヨドリが群がっていました。
 たくさんの小さい実をつけていたようですが、そのほとんどが既に食べつくされていて、樹の下には、消化されなかった種の混じったおびただしい数の糞が落ちていました。

 しばらく見ていると、その樹から、ときどき数羽のヒヨドリがセンダンの黄色い実成りの中にやってきます。
 しかし実を食べるところは、その間には観察できませんでした。112p1120010jpgtrm

 
 センダンの実に含まれる成分として、多種の苦味トリテルペン及びクマリン誘導体等の神経および胃腸毒素の報告が有ります。
 人には有害で、食べられませんが、ヒヨドリは、ほかに食べる木の実がなくなったら、センダンの実も食べるようです。
 樹の下にはたくさんの実が落ちていましたので、一粒つまんで、果肉を潰し、種を取り出してみました。
 果肉は少なく、種は、稜がある硬い殻の、大きなものでした(写真右下。白飛びしてわかりにくいです)。Rimg0037

 食べるにしても、これでは一度にたくさんは無理でしょうね。

 冬芽と葉痕は、やっぱりお猿さん顔でした。112rimg0040

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2011年1月15日 (土)

2011.1 調節池全面結氷

 連日最低気温更新の日々、昨日1/14は、軒下に吊るした温度計はマイナス2℃。関東も週末は更に寒気が厳しくなり、しかも荒れ模様になるとの天気予報。
 共通一次試験に望む皆さんは体調管理に留意して頑張ってほしいものです。

 散歩コースの調節池も、昨日の朝には全面結氷した様子。先日から凍り始め、強風で波立ち薄氷が壊れ、再び凍りつきの繰り返しで、デコボコの凍結表面です。ともかくこれほど広く凍ったのは20年来、初めてのことです。Img_4614

Img_4612

 
 あまり風もない正午過ぎ、再びのぞきにいくと、南側の岸辺付近は融けていたようですが、その他はまだ凍っているようでした。
 軽量のコガモは氷の上に、カルくないデブのカルガモは氷が割れた水中にいました。P1140066 P1140069

 
 その他で氷の融けたところに集まっていたのは常連の青首(マガモ)、ヒドリガモなど。P1140073

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2011年1月14日 (金)

1月のホトケノザ、ヒメオドリコソウ、オオイヌノフグリ、そしてヒバリも

 大晦日からずっと晴天続きで、そのため湿度はカラカラです。さすがに空気はけっこう冷たくなりました。風の強い日には、鼻の奥がツンと痛くなることもあります。しかし雪国のご苦労に比べれば、どうってことはありません。
 散歩に出ると、日当たりの良い畑地の脇に、早春雑草の代表格の、ホトケノザが赤色の唇形花を、ヒメオドリコソウも淡いピンクの唇形花を、そしてオオイヌノフグリが皿型の青い花をつけていました。Blg2011112rimg0046

 1枚の画面にすっぽりおさまるごく狭い範囲に一緒に生えていた、春のかけらです。

 いずれの花も、真夏の間には見かけませんが、小春日和になる11月位から冬の間の日当たりに、時々咲いているのを見かけます。

 
 枯れ草色の原っぱには、Rimg0002

 
 少し距離が遠すぎて不鮮明ながら、まだ鳴き声をあげていないヒバリの姿も見えました。Blg2011112

 そのうちに、空を仰げば揚げ雲雀、でしょう。

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2011年1月13日 (木)

アオサギさんとダイサギさん

 晴れた冬日のお昼前、少しばかりの間を置いて、田んぼの脇の堤防に、アオサギさんとダイサギさん、お腹が空いたと思案顔。Photo

 
 やがてどちらもかたわら(傍)の、水路に向かいいそいそと、魚を捕りに行きました。
ダイサギさんはトコトコ歩き、斜面を降りて水の中。あたりをキョロキョロ見回して、Photo_2

 
 ヨシの根元に見つけた魚、狙い定めて一回目、捕れたと思えば水だけ飲んで(ゲボッ)、二回目やっぱり空気だけ(オエッ)、三度の正直、捕れたかな、Photo_3

 
 と、思いきや突然に、あのアオサギさんの長い首、ヌーっと突きでたそのサマ(様)に、びっくり仰天ダイサギさんは、慌てて飛び退き、睨み合い。
 ”ナ、ナンダよゥ、突然に!”
 ”オメエこそ何やってんだ、うサギじゃあるめェし、空振りばかりの下手糞がァ!”Photo_4

 
 腹が減っては戦もできぬ。飯食う前の争いはやめておこうと、そこはサギ、いサギよくお別れで、元いたところに退却します。Photo_5

 
 こちらを見つめてアホサギ、いやアオサギが言う。
 ”それにしても暇なおっさんやなあ。今、政治が大変なんやろ、あ、そうか、人間には相手にされへんな”。
 ”うるさい、サギなんかに言われたくないわ、しかしなんで関西弁やねん。あのな、大阪にはもっと出来るサギがおるで。呑み込めんほどの大きな魚を捕るんやて、知らんか?”。Photo

 ”そんなん知らんわ”。
 ”田舎のサギはアカンな”。
 ”何言うねん、振り込めサギより、よっぽどマシや”。
 そらそうだ、と思わず納得する暇人日記。

(ダイサギ、としましたが、チュウサギと区別が難しくよく分かりません。この時期、嘴の色も足の色も同じで、口角の切れ込みの長さは判然としないし。体の大きさは、アオサギに負けないくらいに見えましたから、ダイサギかと。
 参考:http://homepage2.nifty.com/takibi_club/bird/sagi-2.html

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2011年1月12日 (水)

散歩道から見えた冬の山並

 地球上に生息する生物種の中で、単独種としては最多数の生き物としてはびこってしまった人種、今後、日本は減少に向かい、中国では一人っ子政策で歯止めがかかり、それで、このまま行けばインドがトップに躍り出るらしい。
 そして2011年の後半には地球人口は70億人に、そしてさらにこのまま行けば2045年にはなんと90億人に達するという。さてこれから、どうしたらいいのでしょうか。
http://nationalgeographic.jp/nng/magazine/1101/feature01/movie/index.shtml  、または
http://video.nationalgeographic.com/video/player/specials/sitewide-redesign/ngm-7billion.html

 そんな大命題はさておいて、小さな小さな私のブログの世界。
 毎日最低気温の記録を更新しながら、晴天が続いていますが、天空は快晴でも地上近くは常に白く霞んで、散歩道から遠くの山並みが見えることは殆どありません。
 そんな中で、先日8日のこと、直線距離でおよそ70km以上遠くの、冠雪した山並みを、鮮明ではないものの、見ることができました。
 望遠で写真を撮ろうとすると、地上にはびこった人種の棲み家や、目障りな文明的・利便・発明構築物などが邪魔になって、それらを”踏み越えても踏み越えても、障害物”、と種田山頭火の気分。
 縄文時代にタイムスリップしたように、見苦しい前景はすべて塗りつぶして、散歩道から見えるはずの山並360度を、描画ソフト「カシミール」に、描画してもらいました。
 関東平野に住んだ縄文人は、時には澄み切った碧空と、地平を区切って見えるこれらの山々に、神々の存在を確信したのでしょうね。
 描画は、北東方向から反時計回りに切り取って並べました。(画像はクリックで拡大します)Blg2011111360

 それで、実際の風景です。きっと、もう神様はお留守になったようにも見えますが・・・

①北東方向、一番近くで、直線距離約45kmに青く霞む画像右、筑波山(876m)と、距離50km,左の加波山(709m):
 一番見える頻度が多い山です。何度も登りました。こちら側から冠雪が見られることは殆どありません。13_45km876m709mrimg0094jpgcc

②北は視界をふさがれて山は見えません。

③北北西~北西:この方角に一番多くの山が見えます。まず男体山~日光白根山まで。
 写真上、画面右が直線距離85kmにある男体山(2,484m)、雪が付きにくい山です。まだ機会がなくて登ったことはありません。(同、写真中)。
 そして写真上、左端が、直線距離90kmにある日光白根山(2,578m)。一度登りました。(同、写真下)85km2484m90km2578m

 
 あいだは障害物で見えなくて、わずかに隙間となった位置に、100km離れた武尊山(2,158m)が見えました。真っ白で、雪が多いようです。登ったことはありません。麓にスキー場があります。18_100km2158mp1080005

 
 そして約75km離れた、雪は少ない赤城山(黒桧山)(1,828m)です。一度は登りました。18_75km1828mp1080008

 その日、その時に見えた山はこれだけでした。そして北西の浅間山、更に西の秩父山系、最後に見える南西の富士山、丹沢山系は、(富士山を除き)見えないことが殆どです。
 空気が澄んで夕焼けがきれいな時に、シルエットで浅間方面が見えることがありますが、識別は困難です。なお、市街地が広がる南は東京方面、東は埼玉都心方面で、山地は見えません。
 こうしてみると関東平野は、やはり平らです。

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2011年1月11日 (火)

獅子柚子(ジャガタラユ、鬼柚子)の砂糖煮(ピールもどき)

 暮れに、所用で出かけたついでに、いつも立ち寄る東秩父村の東秩父農産物直売所で、「獅子ユズの砂糖煮」を買い求めました。はじめてのことで、珍しく、帰路もう一度立ち寄ったときには売り切れでした。
 獅子柚子は以前にも、買い求めたことがありますが、その時は、食べるより、観賞用として飾っておくのに良いと言われて、玄関に飾っていましたが、そのうちミカンが腐るのと同様に、カビが生えて軟腐しましたのでそのまま生ごみになりました。
 今回、砂糖煮を作られた方が、獅子柚子も販売されていましたので、中で一番小ぶりなものを一つ買い求めて、正月休みの間に、獅子柚子の砂糖煮(ピールもどき)を作ってみました。
 むろん全くの素人で、ネット記事など一応参照しましたが(例http://blog.livedoor.jp/bagel_lab/archives/1112493.html )用いる獅子柚子の品質、特徴などによって、作り方にそれぞれ工夫があるようです。どうやらこれしかない、というレシピはなさそうで、自分勝手に”試作”してみました。

 その結果、自画自賛ですが、簡単で、まあおいしかったので、記録しておくことにしました。

1) 材料:
 獅子柚子(小ぶりのもの)1個:600g
 砂糖:350g
 蜂蜜:50g
 すだち(絞り果汁):100g
 フロストシュガー:適量
 水:適量

2) 作り方:
 獅子柚子。ゆうに直径20cm近くもありそうな”巨大な”産物もありましたが、とても手におえそうにないので、一番小さなものを買いました。それでも普通のみかんなどに比べると”巨大”です。Rimg0005

 
2-1)
 計量すると600gでした。早速、砂糖煮にとりかかります。外側を水洗いし、水を拭きとってから、まず半分に切り分けます。更に、少し厚めの5mmくらいにスライスしていきます。Photo

 今回のものは、半分に切っただけで、ユズとして食べられるようなシロモノではないことがわかりました。またブンタンやザボンなどで、いわゆるワタと呼ばれる皮の内側の白い部分は、普通は柔らかですが、こちらは分厚く丈夫で、少々オーバーな例えですが、蕪大根を輪切りにしたような感じに近いものでした。
 ワタを取り除く、など一切しないで(種だけ取りましたが)そのまま全部使用することにしました。

2-2)
 苦み抜き前処理:
 スライス片を、適当な大きさに切り分けてからステンレス製の平鍋に入れ、ひたひたになる程度の水を加え、(浮き上がって沈みません(写真上)のでステンレスの落し蓋で抑え)一度沸騰するまで加熱します。Photo_2

 その後煮えこぼれないように火力を調整して、真っ白だった”ワタ”に透明感が出てきたところで(約30分位)、火からおろし、一度ザルにあけます(写真下)。煮汁(は捨てましたが)には黄色い色がついていました。

 今回はこの「調理工程」は一回限りとしました。多分これでナリンギン (Naringin)などの苦味が抜けて、しかし香りの精油成分も減り、粘度成分のペクチン質も減少しますので、やり過ぎないほうがいいのかも、と、めんどうだから手抜きです。

 再びステンレス製平鍋に入れ、砂糖350g(たまたま手元にあった三盆糖を使用しましたが、原料由来の風味を損なう心配のない精製白糖のほうが良いのかも知れません。)残り物の蜂蜜50g、を加え、そのままでは砂糖などが全体になじまないので、適量の水を加えて、弱火で40分ほど焦がさないように煮ます。
 予想外に多くシロップ液が残っていました。水は入れなくて良かったのかも知れません。

 さらに手元にあった「すだち」数個の絞り液(100gほどでした)を加えて、焦げ付かない程度の弱火で煮詰めます。この間、煮崩れを防止するため、かき回すことは一切しませんでした。(およそ30分ほど)。

2-3)
 まだかなりのシロップ状になった砂糖液が残ったままでしたが、そこで加熱は止めて放置し冷却します。冷えると、ペクチン質が柔らかなゼリー状になるようです。(写真上)
 一切れずつ箸でつまみながらペクチンゼリーをまぶす感じで(それほどたくさんあるわけではありませんが)ステンレスバットに並べます。これに、手元にあったフロストシュガー顆粒をふりかけてまぶし、天日乾燥にしました(写真中)。
 晴天続きで、1週間ほどベランダに出して乾燥したら、あめ色になり、手でつまんでもくっつかず、さりとて”皮革”のようにカチカチにもならないで、試作品完成です。
 もとの獅子柚子と同じ位の量、約600g程あり、たくさん出来てしまいました(写真下)。見た目には充分美味しく、いけそうです。Photo_3

 
3) 食べ方と保存:
 そのまま食べてみるとかなり歯ごたえ(噛みごたえ)があって、歯の丈夫な人なら大丈夫でしょうが、歯の悪い人には問題がありそうです。
 そこで包丁または調理用鋏で切ってみると比較的簡単に切れますので、短冊に切って、それを紅茶に入れてみると、柔らかくもどって、これなら誰にでもうけそうでした。Img_4595

 (余談ながら、柑橘類やリンゴなどから得られるペクチンは、砂糖濃度が70%以上程度で、特にpH3以下の酸性度でないとゲル化(ゼリーになることが)出来ません。
 また、出来上がった砂糖煮の水分活性Awは分かりませんが、カビが生える可能性がありますので、保存は冷蔵庫中にしたほうが無難です。)

 追って書き:
 後日、2回目に作ってみた記事をこちらに掲載しています。

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2011年1月10日 (月)

白梅の花ほころぶ

 年末に借りた本を返しに、運動がてら出かけた隣町の図書館。道すがら、白梅が数輪咲いているのが目にとまりました。一輪以上の暖かさです。
 キャリヤー俳人ならここで一句、なのでしょうが、精進しなくても廃人に近づきつつある身なれば、ウメー一句など無理というもの。
16_rimg0093jpgcc

  「梅一輪、二輪三輪、やがて散りン」 

 
 傍の、実も食べ尽くされた柿の木では、大食いのヒヨドリがやかましくピーヨ、ピーヨ、もうないよ。13_p1030022

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 冬来たりなば春遠からじ、いやいや、冬はこれから本番です。

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2011年1月 9日 (日)

イチョウの冬芽と葉痕・維管束痕

  畑道脇にイチョウが植えられています。すっかり葉を落として、枝にポツポツのぞいた丸い冬芽が目立ちました。Rimg0057

 
 イチョウの枝には長枝と短枝があり、冬芽は短枝の上に出来ています。Rimg0048jpgtrm

 
 坊主頭で短躯の冬芽の姿はユーモラスで、枝の上に鎮座するお地蔵様のようにも見えます。
 また、葉痕の中にある小さな丸い維管束痕は2個で、豚の鼻のようにも見えて、豚の鼻だらけの袈裟掛けもまた珍妙です。なかなかイーでチョウ。20114r

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2011年1月 8日 (土)

七草の日、田んぼの中の天神様とバイブル

 昨日は全国的に冷え込みがきつかったようです。中でも、寒いことでは有名な北海道広尾郡大樹町では-23.9℃を記録したというニュースでしたが、自宅でも屋外のメダカ鉢に氷が張りました。
 年末から晴天続きですが、さすがに吹く風は冷たく、お昼前にカメラをぶら下げて外出し、撮影のため手袋を外すとすぐに指がかじかんでしまいました。

 広い水田地域の真っ只中に、ぽつんと一本、傾いだ松の樹があり、脇にごく小さなお社(祠)があります。Rimg0101

 
 普段は近くに行くこともなく、ましてやその由来も何も知らないのですが、軟弱者、寒さに耐えかねて近道して帰る時、傍を通りかかりました。

 見ると、お正月にお祀リがされた様子がありましたので、はじめてのこと、昨年末に習ったばかりの五体投地礼もしないで、失礼ながら”覗きに”行ってみました。Rimg0100

 
 石造りの観音扉が開いていて、中に『天神宮』が納められてあり、鏡餅とミカンがお供えされていました。
 そして外には、なんと”THE REVISED ENGLISH BIBLE”なるものが、奉納、なのか、お供えなのでしょうか、立てかけてありました。Rimg0097

Rimg0098jpgtrm Rimg0099jpgtrm

 何時からのことか分かりませんが、年末からずっと晴れ続きで、一度も雨が降っていないせいもあって、真新しいように見えました。
 もちろん、天神様にも聖バイブル様にも畏れ多く、近寄ったり触ったりはいたしません。
 
  田の中の 小さき宮の天神に 改宗 勧(ススム)や 改訳聖書(RIVISED BIBLE)  (詠み人:奇々怪々)

 日本は覇気に乏しいけれど、不思議に満ちた良い国です。天神様、ヤソ神様に改宗されますか?

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2011年1月 7日 (金)

2010/12 天空列車で行くチベットへの旅⑨ 6、7日目、ラサ、成都、北京、そして帰途に

 2010年12月中旬に旅行したチベット旅日記の最終回です。
 
6日目:
 ラサ→成都→北京。

ノルブリンカ(ダライ・ラマの夏の離宮):
 午前にラサ(拉薩)市内の西部に位置するノルブリンカ(ダライ・ラマの夏の離宮)観光。36平方kmの面積を持つ敷地内には歴代のダライ・ラマが建てた幾つもの離宮があります。
 中でも最大の見所はダライ・ラマ14世が実際に生活していたタクテン・ミギュ・ポタン。1956年竣工の離宮ですが,、内部にはトイレ付きのシャワールームなどがあったり、ロシアから贈られたラジオや、インドのネール首相から贈られたレコードプレーヤーなどもあって、”懐かしく”見学できました。
 チベット・オペラの上演がされたという広場や、2008年北京オリンピックに合わせて、大々的に”整備されてしまった”正門周辺なども、さもありなんという思いで見学してきました。国家権力の威光で、不可能はありません。
 (写真上から、①朝一番、ホテルの目の前に建設中の「公安 POLICE」の建物を見下ろし、見納め、です。②ラサ市内へ。どこに行ってもある"整備された”広い石畳の公園ふう広場を通り、③ノルブリンカ入り口です。持ち物検査があります。④門をくぐると案内図の石板があって、それに従って進むと、⑤歴代のダライ・ラマが建てた離宮巡りコースになります。Photo

 ⑥チベット暦で6月末から7月中旬のショトン祭りで上演されるアチェ・ラモ(チベット・オペラ)観劇広場を過ぎて、⑦、⑧最大の見どころ、タクテン・ミギュ・ポタンです。内部での写真撮影はできません。⑨瞑想に疲れたダライ・ラマが散歩に出て、途中で休憩する”お茶室”もあったり、⑩その他多くの離宮があります。)Photo_2

 
ラサ発、空路、成都経由で北京へ。
 ノルブリンカの見学を終え、少し早めに、郷土料理の昼食後、トイレ休憩も兼ねてチベット特産のおみやげ店に立ち寄り。ヤク肉製品などたくさんありました。少し買い物をしてから、ラサ空港に向かいます。
 沿道には「西蔵軍区政治部愛民学校」(何の教育をするのでしょうか)、という大きな看板がある長大な建物があったり、無造作に道ばたに洗濯物が干されていたり、新旧ないまぜにしながら変貌を遂げていく周辺の情景がありました。
 以前は曲水経由の遠回り道だったものが、ラサ河特大橋(1,583m)、嘎拉山トンネル(2,447m)、ヤルツァンポ特大橋(3,788m)の開通で距離で約30km、時間で30分短縮されています。
 更に高速道路も建設中とあって、まさに建設の槌音も高く、開発が進む風景ですが、その脇には巡礼道があって、風に乗って飛んでくる埃を浴びながらも、やはり五体投地礼でラサに向かう巡礼者の姿が目に入りました。
 ラサ空港到着。そして中継地の成都に向けて飛び立ちます。成都が近くなる頃、飛行機の右手に広がる白雪の峰々に見とれているうちに、午後6時3分、日没を迎えました。(写真はクリックで拡大します)Photo_3
 
 成都空港で乗り継ぎ、北京に向かいます。夕食は機内食。ラサ空港から北京までの所要時間は合計約5時間35分。
 北京空港着後、初日と同じホテルへ22:30着。ホテル・チェックイン後、シャワーを浴びて、ラサで買って来たビールを飲んで、日本から持参したインスタント焼きそばを食べて、幸せを噛みしめることができました。(北京泊)

 
7日目:
 空路帰国の途に。ホテル発10:30、北京発13:25→成田へ。
午前9時半、空港近くのホテルの窓から見える風景は、急激な近代化・発展の代償に失った青い空でしょう、オリンピックに際してマラソンレースに参加拒否をされた選手が話題になったとおりで、相も変わらずスモッグ模様の北京でした。
 荷物を整理して北京空港へ。とにかく広いです。オリンピックに向けて得意の突貫工事で拡張されたそうですが。成田もこうナリタい?。ほぼ定刻に北京空港離陸。7

 成田空港帰着17:55、無事帰宅しました。

 
旅を終えて:Photo_4
 (航空機内雑誌から無断コピー)

 チベット高原の湖のほとりを、はるかなるラサの聖地に向かって五体投地礼で進む巡礼者の姿、そしてヤクの革紐で作られたロープに、ヤクの角でつくったフックをかけて、急流の谷間を渡って行き来するチベット人の姿を紹介した写真ですが、何を伝えようとしているのでしょうか。(現在の新しいものはスチール製のワイヤーロープと金属製の滑車だそうですが。)

 当然ながら、不条理の歴史を遡って元に戻すことは極めて困難です。ただ、歴史は必然として変化していきますから、将来、不具合をただし、自由で平等な人間として相互理解、互恵の関係を築いていくためには、次代を担う新しい価値観をもった若者の叡智と努力に希望を託していくしかありません。
 そしてそのためには、何よりも、そのような若者が育つ環境を如何に準備し、整えていけるかが大事と、今回のささやかな観光ツアーにおいても、ヤギの住みつく頭ながら、しみじみ感じたことでした。(完)

2011.1.8追記:
 km45さん(http://blogs.yahoo.co.jp/kanazawa4512)(以前の記事URLはこちら:http://kanazawa45.wordpress.com/page/3/)より、今回記事に掲載した、成都に向かう機中から撮影した白雪の高峰写真の右側の一番高い峰は、四川省の最高峰(チベット自治区以外で)ミニヤコンガ山(7,556m)、とお教えをいただきました。
 記してお礼申し上げます。
 それにしても、人間が定住する地球環境の中で、一番の高所は国際宇宙ステーションの地表から375km。
 これでも、地球をリンゴに例えれば、その皮から少し頭を出した程度(村山 斉)。
神々が住むヒマラヤの高峰も、地球表面の薄いひび割れの凹凸に過ぎませんが、どうして人間はそんな高みに惹かれるのでしょうね。

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2011年1月 6日 (木)

2010/12 天空列車で行くチベットへの旅⑧ 5日目、ラサ郊外観光

 2010年12月中旬に旅行したチベット旅日記の続報

5日目:
ポタラ宮広場:
 午前中に、ラサ市内とメインのポタラ宮広場を見学。ポタラ宮を巡る巡礼道には早朝から大勢の巡礼者がマニ車を回しながら歩いています。ポタラ宮近くの駐車場から巡礼道、車道を横断して広場まで歩きます。
 この広場は巡礼道と車道を隔てた南側にある広場で、2005年のチベット自治区成立40周年に合わせた改修工事で整備されたそうです。
 ”天安門広場”風のだだっ広い広場で、ポタラ宮全景を正面に見る写真スポットではありますが、巡礼者は訪れることはなく、観光客のいないこの時期には人影もなく寒々とした雰囲気でした。観光シーズンには”宗教行事は除く”大きな催し物が開かれるということで、賑わうのでしょう。
 2003年に印刷された絵葉書の風景と比べてみると、違いは歴然です。チベット宗教的雰囲気は消され、観光施設に特化する近代化・開発が進んでいるのです。いずれはポタラ宮内部の観光は許可されなくなるかもしれないと聞きましたが、将来はどう”発展”するのでしょうか。
 (写真上から、①2003年絵葉書、②2005年整備ポタラ宮広場、③広場正面のポタラ宮、④塔屋に君臨、翻る五星紅旗、⑤広場から車道を隔てた向こうの巡礼道を行く巡礼者、⑥巡礼道を行く巡礼者(バス車中から))Photo_5

 
カンパ・ラ(峠):
 ラサから、最高地点4,800m近くの高地までバスで登ります。バスに戻り、巡礼道を埋める巡礼者を車窓に目にしながら、ラサ市区から出てラサ川沿いに中尼公路(318号線)を南下します。チュシュ(曲水)を出たところで左折し、ヤルツァンポ河の橋を渡り、その先で右折して山道に入ります。
 うねうねとカーブの連続する急な舗装道路が、冬枯れで茶色一色の大地を縫って登っていきます。道路は登るに連れて損傷がひどくなっていて、あちこちでパッチワーク風に部分補修工事が進められていました。
 補修するはしから壊れていくという感じで、道路整備、維持管理はさぞかし大変だろうなと思います。工事で出た瓦礫はパワーシャベルの機械力ではなく、薄い空気の中で、手にしたシャベルですくい上げ、工事用ダンプ車の荷台に放り上げるチベット人作業員の姿には、驚き以上の何かを感じてしまいました。
 大型車が故障して止まっていたり、超大型のタンクローリーが這うようにゆっくり登っていたり、時には思わず首をすくめるような光景も眺めながら進むと、タルチョのはためく石塚(オボ)が見えてきます。これが標高4,749mのカンパ・ラです。ラというのはチベット語で峠です。
  カンパ・ラを越えてしばらくで標高海抜4,770m地点に到着します。バスを降りると強い紫外線が降り注ぐ中、さすがに空気は刺すように冷たく寒いです。それを忘れさせるように青く美しいヤムドゥク湖(標高4,250m、チベット仏教三大聖湖の一つで、”トルコ石の湖”といわれる青い湖)が眼下に眺められました。
 総面積は621平方キロメートルで琵琶湖より少し小さく、水深は最深部で60m、周囲の山から流れこむ雪解け水が水源となっています。
 そして遠くにネンチンカンサン峰(標高7,191m)を眺望することができました。
 (写真上から、①ヤルツァンポ河を渡る、②道中では、舗装観光道路など迷惑な放牧ヤクや羊の群れを随所に見かけます。③山岳道路を登る、④タルチョに埋もれる石塚(オボ)、カンパ・ラ付近、⑤峠越え、眼下に望むヤムドゥク湖、⑥ネンチンカンサン峰遠望)Photo_11

 改めてチベット大自然の美しさに感動しました。なお夏期の観光ハイシーズンには、緑の草原が更に美しいコントラストを見せるそうですが、空には雲が湧いて、ネンチンカンサンは見えないことがほとんどだそうです。
 ここまで来るのに、道路補修工事現場の徐行などの道路事情もあって、所要時間はラサから約3時間弱ほどでした。
 舗装道路が出来る前は6時間位かかったそうですから、道路開発/建設の効果は偉大です。ただ観光開発や関連事業に直接的には無縁の地元の人々は又違う思いで見ているのでしょう。
 

ヤムドゥク湖:
 カンパ・ラ越えからしばし雄大な景観を楽しんだら、バスでヤムドゥク湖畔まで下ります。湖畔のレストランで昼食。傍にはトイレの番犬?、ヤク、鶏なども暮らしていました。
 昔、湖は冬季に全面結氷し、人もヤクも車も渡ることができたそうですが、現在は温暖化のせいで、そうはならない、ということでした。こんな所にも影響が出ているのですね。
 (写真上から、①湖畔からレストラン、峠方面を望む、②レストラン周りに暮らしている動物。元気ですね。③無愛想な国定自然保護区の看板、④タルチョの向こうにネンチンカンサン峰、⑤さざ波の立つ湖水面。水辺だけは氷がありました。)Photo_8

 
 昼食後、往路を戻ります。

民家を訪問:
 途中、チベット遊牧民の民家を訪問しました。正直のところ、観光施設でもない一般家庭を覗き見することには多少戸惑いもありましたが、家族の人々は(もう慣れていることもあってか)ごく自然に、つくりものではない笑顔と態度で迎えて下さり、安堵の気持ちになりました。
 門をくぐると広い前庭があり、庭を取り囲むように、納屋ふうの建物がめぐらされて、その一角には解体されたヤクがぶら下がっていて、その前にはヤクの首が無造作に金盥に置かれていて、その隣の家畜小屋にはヤクがいて、鶏がいて、そして家屋正面右奥には、これまでも街中、道中でよく見かけた太陽光を利用した湯沸かし器があって。
 ヤカンに触ってみると火傷しそうなくらい熱くなっていました。これこそ故障なしの省エネ・ソーラーパワーです。
 母屋は大きな建物で、室内には伝統的な調度品が備え付けられ、電化製品も揃っていて、隣接する台所で早速、奥さんがバターと塩の入ったバター茶をミキサーで調製して出してくださいました。おいしいものでした。
 (あえて気になったことは、入り口の上部に魔除けとして置かれたミイラ化したヤクの頭部ではなく、その横に高く掲げられた五星紅旗。国家の政策のおかげで、こんなに豊かな生活をしています、というPRの協力をさせられているのではないか、と。考え過ぎでしょうか)(写真はクリックで拡大します)Photo_9

 
 お礼を言っておいとましてから、民芸品店にトイレ休憩を兼ねて立寄り。その後、今日最後のネタン大仏見学に。

ネタン大仏:
 往時、通過した318号線沿いの小山に掘りこまれたネタン大仏(崖に彫られた磨崖仏で、彩色された数体の観音像です)を見学。
 最も大きいのは一番奥に彫られた釈迦牟尼像で、高さ9.8m、幅7.9mと、比較的小ぶりではありましたが、つくられた時期は11世紀ということでした。
 これまでの寺院で、お参りしたときに奉納するつもりで、結局ずっと持ち歩いていたカターを、ここで、やっと収めてきました。おかげさまで高山病にならないで。(まあ、頭の中にヤギがいますから・・)Photo_10

 ネパール料理の夕食後、ホテルへ。(拉薩泊)    

 (続く)

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2011年1月 5日 (水)

2010/12 天空列車で行くチベットへの旅⑦ 4日目、ラサ市内観光

 遅まきながら、2010年12月中旬に旅行したチベット旅日記の続きです。

4日目:
 終日ラサ(拉薩)市内観光:
 ラサの夜明けは遅いです。北京から2,000km離れていても、時間は北京と同じで、日本との時差は-1時間にセットされていますから。まあ現地の人は、そんな時間なんて方便で、そんなモノに頼らず自分たちの生活時間感覚を大切にして生活しているように見えました。

 見上げると、とにかく、空の青さに驚きます。太陽の光が散乱する時、レイリー散乱によって青など波長の短い光がより強く散乱されて空は青く見えるのですが、世界の屋根と称されるチベット高原の中心部に位置するラサは、富士山頂より少し低いくらいの高度(3,658m)にあり、大気中の微粒子も少なく、このためミー散乱が少なくなって、青よりさらに濃い藍色の空になるのです。
 ラサは現在中国、チベット自治区の首府。チベット語で神の地を意味し、中央チベットを東西に流れるヤルツァンポ河の支流キチュ河(ラサ河)の北岸にあって、1,300年以上の歴史を有する古都で、チベットの政治、経済、宗教の中心地として重要な役割を果たしてきました。
 しかし、1959年、中国人民解放軍がラサを占拠、ダライ・ラマ14世はインドに亡命してから、続く60年代から70年代にかけては、あの文化大革命によって、チベット仏教とその伝統は弾圧・否定され、残っていた仏教建築物、壁画、僧院などもほとんど破壊された歴史があります。
 その後、チベット文化の見直しや宗教の復活などが認められ、破壊された僧院の再建・修復が始まり、聖地への巡礼も許され、形だけは復活しました。
 しかしその実態に不満が鬱積し、たまりかねたチベット人僧侶たちが中心になり”人権抑圧のない自由なチベット”を求めてデモなどの抗議行動を起こしました。2008年3月、世に伝えられたチベット動乱です。むろん制圧され、その後も問題は潜在したまま、世界各国による”内政干渉”にもかかわらずそのまま現在に至っていることは周知のとおりです。

 すでに先のブログ記事でも述べたように、2006年7月にゴルムドとラサを結ぶチベット鉄道(青蔵鉄道)が開業し、それに商機を見込んだ中国人起業家も大挙してラサに入りこみ、開発、建設が進み、その結果中国の地方都市かと見紛うような街並み、景観が開かれています。
 そして現在も目まぐるしく急激な変貌を遂げています。ラサからシガツェを結ぶ鉄道工事も進んでいて、いずれはネパールまで、という話も聞きました。
 並行するようにして時ならぬ不動産開発/観光開発も行われ、この開発の勢いはチベットの奥地まで拡大進行しているようです。
 人類共通の世界遺産として培われてきたチベットの伝統的文化遺産や自然環境などが破壊されることなく、チベット人民の望むような近代化と発展を遂げてほしいと、行きずりの一観光客としては、心から願うばかりです。 

 
1)ポタラ宮: 
 紅山の頂に立つ、ダライ・ラマが暮らしたチベット象徴の宮殿。高さ115m(山を含む)、東西360m、南北300m、総面積41平方キロメートルに及ぶ巨大なもの。1994年、ラサのポタラ宮歴史地区としてユネスコ世界遺産に登録されました。(ポタラ宮、ジョカン(大昭寺)、ノルブリンカが含まれています)。
 チベット史上、ポタラ宮はダライラマの居所であると同時にチベット仏教、政治、経済の運営を執り行なう所として造営、運営がされてきましたが、現在はもっぱら国策として観光施設に特化しつしあるようです。
 また、その見学に最しては、手荷物検査、パスポート・チェック、入場者数制限、宮内参観時間制限etc.があります。
 そして何より、高山病にかからないよう自己管理が必要です。なお、その他の寺院・宗教施設も含め、内部での写真撮影はすべて禁止です。
 (写真は上から順に、①ホテルから見た朝日に輝くポタラ宮、②巡礼道から見上げたポタラ宮、③碧空に向かって登る正面階段、④画面中央に見える閑散としたポタラ宮広場、⑤白宮を出て階段を降り、これより出口に向かう)
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 見学後、チベット料理の代表モモ(チベット風餃子)の昼食です。Img_4140

 
2)セラ寺(色拉寺):
 ラサの中心地から北に8kmほどの岩山〈セラ・ウツェ山〉の麓に立ち、日本人の多田等観や、川口慧海も修行した寺院としても知られています。
 河口慧海に関しては著書『チベット旅行記』講談社学術文庫(全5巻、1978年)をだいぶ昔に読んで承知していましたが、今回あらためてその修行の場を見学できました。
 セラ寺は1419年に創建されたゲルク派の大寺院で、現在は大集会殿と、3棟の学堂、30の僧坊などで構成されていますが、最盛期には5,500人もの僧侶が修行に励んでいたのに現在はわずかその1/20、250人で、僧侶になる自由も規制されているそうです。
 余談ながら、河口慧海については、その著書を読んだだけで、凄くて偉いお坊さん、と勝手に思い込みしていたものですが、改めて現地で、その行動、業績についての評価を(チベット人のガイド氏に)訪ねてみたところ、意外にも、口ごもりながら、はるばる日本からやってきたこと以外の評判は必ずしも良くはない、とのことで、やはり多面的な評価が必要なのだと悟りました。
 (写真上から①セラ寺への参道。出店が連なり地元の人で賑わっています。②~④セラ寺のツォクチェン(大集会殿)、⑤河口慧海が修行した学堂)Photo_2

 
3)ジョカン(大昭寺は中国語の呼び名):
 ネパール仏教様式の影響を表す金色の屋根や宝飾品が印象的なジョカンは、ラサの旧市街地の中心にある7世紀中期に創建された吐蕃時代の寺院です。正確には、本殿であるジョカン寺と、その周辺を取り囲むトゥルナン寺から構成されていて、2000年に世界文化遺産として追加登録されています。
 25,100平方メートルの面積があり、正面の屋根に輝く法輪と2頭の鹿をシンボルとする寺院で、凹形をした正面は、チベット仏教徒の巡礼者が五体投地礼を行う場所になっていて、石畳は摩耗でツルツルになっています。
 今回訪問した冬の時期にはチベット各地から押し寄せた巡礼者でごった返していて、特にジョカン内部のメインとなっている釈迦堂は、大渋滞でした。
 2階、3階と見学し、特に3階からはバルコル(八角街)、ポタラ宮、そして眼下に、五体投地礼を行う多数の巡礼者の姿が見えて、あらためて物質文明とのギャップを思い知らされました。
 (写真上から①バルコル広場からのジョカン正面、②ジョカンの前で五体投地礼を続ける巡礼者、③ジョカン中庭から見上げる2,3階、④,⑤ジョカン3階から眼下に見える五体投地礼の巡礼者、⑥ジョカン3階からバルコル、その遠方にポタラ宮を展望。Photo_3

 
4)その他:
 タンカ(仏画)等の工芸品店立寄り:
 トイレ休憩を兼ねて立ち寄り。本や手袋など買いました。他国のまたは中国他都市のような、鬱陶しいつきまといや、売りつけるための長々した無駄話がなくて、気分転換にもなりました。

 バルコル/八郭街(八角街):
 拉薩の巨大な市場の自由散策。バルコルとは、ジョカンの周囲をぐるりと巡る道のことで、日中、通りには多くの出店がオープンし、巨大な市場と化しています。場所によって、衣類などの生活必需品や土産物を扱う店、また灯明用のバター、マニ車などの仏具を中心に売る店などが集まっていて、子供時代に経験した縁日の出店の楽しさがあります。
 バルコルはこの時期、観光客が少なくなり入れ替わりに増えたチベット仏教徒の巡礼者の巡礼道になっています。
 人混みで混雑する中、チベットの習慣に従い時計回り=コルラ)で一緒に巡ってきました。巡礼者はマニ車を回し、経文を唱えながら歩いて行きますが、この大混雑の中を、行き交う荷車や、また時に割り込んでくる車も意に介さず、五体投地礼で巡る巡礼者もないではありません。信仰の力でしょう。
 単なる観光客の楽しみの一つは、出店で目移りするばかりの買い物の値段交渉。最初の冗談のような高値から、最後は、数分の1の値段でも、その値段ではもういらない、と行きかけると、追っかけてきて”それでいい”、というやりとり。両方笑顔で、トウジェチェ(ありがとう)、です。
 このような場所で非常に違和感を覚えたのは、あちこちで立哨する迷彩服の軍人と、建物の屋上に垣間見えた武装警察官の姿。見つめたり、カメラを向けないように、との注意です。
 (写真上から①広いバルコル、奥にジョカンが見えます。②バルコル広場の建物2階屋上には銃を持った武装警察官の姿(丸印)がありました。③この時期、行き交うのは巡礼者をはじめ、地元の人々が殆どのようです。④西蔵料理(シャブシャブ風でした)の夕食と、⑤民族舞踊鑑賞。)Photo_4
 夕食は民族舞踊を鑑賞しながらの西蔵料理。ここでもカター(マフラー)をかける歓迎も。夕食後ホテルへ。(拉薩泊)                    (続く)

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2011年1月 4日 (火)

土地改良地区の稲荷神社

 炬燵とテレビのお守りにも飽きてきた正月3日、山陰地方では降雪のため多数の漁船が沈没という気の毒な天候だったのに比べ、申し訳ないほど相変わらずの晴れ模様で無風だったので、自転車で散歩に外出。
 はるか遠くに冠雪した日光連山(栃木県)や赤城連山(群馬県)なども見えて、人通りの全くない脇道を走っていると、以前たまたま立ち寄ったことのある集落の稲荷神社が見えました。
 むろん人っ子ひとりいませんが、いつも閉まったままの雨戸が開けられていているようですので行って見ました。P1030017

 
 ガラス戸も開けられていて、中を拝観することができました。もちろん初めてのことですが。Rimg0059

 
 お堂の左上に扁額が掲げてありました。意外に色彩が鮮やかでした。描かれているのは、よく知られた日本神話に登場する天岩戸(あまのいわと)伝説の1場面のようです。
 (乱暴者の須佐之男命の所業に怒った太陽神、天照大御神が天の岩戸に引きこもってしまったので、世の中が真っ暗闇になってしまった。そこで困った神々が天安河の河原に集まって、鶏を鳴かせ、火を焚き、雅楽を奏し、笑いさざめいている、それを何事かと不審におもった天照大御神が天岩戸の扉を少し開けたところで、待ち構えていた天之手力雄(アメノタジカラオ)がこじ開けて、アマテラスの手をとって外にいざない、再び世の中は明るくなった、という)Rimg0060

 
 正面には、眷属のお白狐様がお並びでした。その奥にまだ何やら(ご本尊?)鎮座ましますようでしたが、分かりません。Rimg0061

 
 前庭の狛犬さんには帽子をかぶせて記念撮影。不信心者の所業には狛犬もコマッタようです。本来ならこちらもお狐様がふさわしいのでしょうけれど。Rimg0062

 古来この地は湿地帯が広がっていて、農業の適地ではなかったそうですが、江戸時代から土地改良などが行われ、更に現代になって本格的な整備が行われて、一帯は水田地帯になっているところです。
 近年のお稲荷さんは商売繁盛の守護神という”ご利益”がメインのようですが、商売とは無縁のこんなところに、どうして稲荷神社が祀られているのかと思えば、元々、古くは朝廷が、雨乞いや止雨と共に五穀豊穣を願ったり、国の安穏を願われるなどして祀られた、本来穀物、農業の神様だった、ということで、納得したものです。

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2011年1月 3日 (月)

ロウバイ

 あわてふためく狼狽、ではなく、花木の蝋梅(ロウバイ)のことです。自宅のものは遅咲きでまだ蕾ですが、昨年末、所用で出かけたよそ様のお庭のロウバイ(蝋梅)は12月下旬には開花して、あたりに馥郁とした甘い香りを漂わせていました。
 蝋細工のような質感がある花びらが名前の由来で、花の少ない冬の時期、お正月の花としても人気の花木です。
 園芸品種として、花の中心部に茶褐色の輪が入る「満月蝋梅(マンゲツロウバイ)」と、Rimg0007_2

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 花の中心部もすべて黄色で、より透明感のある「素心蝋梅(ソシンロウバイ)」があります。Rimg0010_2

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 お正月用にと枝を切っていただいたものを車の後部座席に積んで帰ると、車の中はむせるほどの香りにつつまれました。今も玄関の花瓶に活けて楽しんでいます。

 出かけた際に、いつもの峠道は工事中で、しばらく走らなかった定峰峠を経由して、ずいぶん久しぶりに秩父の両神山を遠望してきました。12241400rimg0002jpgtrmcc

 ツツジの咲く頃が登山適期だそうですが、まだ登ったことがありません。 

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2011年1月 2日 (日)

キンクロハジロ、オナガガモ

 元日のちょうどお昼ごろ、初詣の参拝客で混雑する神社の一角にある都市公園の池に、冬鳥がたむろしていました。ホシハジロ、キンクロハジロ、オナガガモ、ヒドリガモ、留鳥のバンも。

 人混みのない”田舎”の池に飛来しているものは、人影を認めると、たいてい安全距離まで遠ざかっていきますが、都市公園の池では全く様子が違っていて、人を見るとどんどん近寄って集まってきます。紛れもなく、餌を与える人が多いということでしょう。

 写真には撮るけれど、餌はくれそうにないと判断するとさっさと向こうにいる人の方へと回っていってしまいました。都市にやってくると目ざとくなるのでしょうね。おかげで、ド・アップの写真になりましたが・・・

キンクロハジロ:
 オナガガモが一羽割り込んで・・・Rimg0023jpgtrm

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 金色のまるい目に黒い体で、羽(翼)が白いキンクロハジロ(ただしオスの場合で、メスは、頭、頸が黒褐色で、背、胸、は褐色)、よーく見ると”後頭部の頭髪”に、何故か、”全員””寝ぐせ”が付いている、おかしな連中なのです。分かりますでしょうか。”冠羽”だそうです。Rimg00241Photo_2

 
オナガガモ:
 こちらは相対的に警戒心は少ない鳥で、ご近所の池でも近くにきますが今シーズンは、まだ飛来していません。Rimg0025

 渡り鳥については一層の、鳥インフルエンザ注意が必要になったようですね。

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2011年1月 1日 (土)

2011年の初めに

 明けましておめでとうございます。物理的な時の流れに切れ目はありませんが、新しい年のスタートとして、ともかく、起動もすっかり遅くなった”古脳”もリセットです。

 山陰や北陸地方では大雪の年明けになり大変のようです。ここのところ当地(関東)も冬らしい寒さになりましたが、北国のご苦労に比べればずっと楽なものです。

 元日、目覚めたら、日の出は6時54分位ということで、間に合いそうだったので、残月の散歩コース田圃道に”取材”に行ってきました。(6:36)201111636rimg0017

 
 既に早起きの、お犬様同伴のご常連が、それぞれのコースでお待ちかねです。そして、予告時間通り、偉大な太陽のお出ましです。太陽神にむかって手を合わせるお方さまも。2011654img_4570

 
 さて、昨年末のことですが、カチッ、カチッと、火打石を打つような鳴き声を立てて、狭い庭先にジョウビタキがやって来ました。冬鳥としてやってきた小鳥です。住宅地でも時々その姿を見ることがありますが、我が家にまでやってきたのは初めてです。
 銀髪の派手な衣装の雄ではなく、やさしい感じの雌でした。庭先に残っていた僅かなサンシュユの実を見つけてやってきたようで、こんなモノでわざわざお越しいただくのは気の毒なくらいでしが。

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 相変わらずやかましいのはヒヨドリと、20101228rimg0033

 全く歓迎しない、群れで騒ぐムクドリです。まあそれぞれの都合で仕方ありませんが。
 そんなことはともかくとして、今年もどうぞ宜しくお願いいたします。

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