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2011年4月22日 (金)

北インドの旅(2011/3初旬)(その7/完)

北インドの旅7~9日目:

7日目:アグラ発→ジャイプール移動

 ホテル発8:00、陸路ジャイプールへ、約230km、約5時間30分。 途中で世界遺産:ファテープル・シークリーに立ち寄る。

◯ファテープル・シークリー:
 1986年世界遺産登録。建設後14年で放棄されたつかの間の都。アグラ中心部から南西37kmのところに位置するアクバル帝の城跡。世継ぎに恵まれなかった3代アクバル帝は、聖者シェーク・サリーム・チシュティーの予言によって男児(後の第4代皇帝ジャハーンギール)を得た。
 これにちなんでアクバルは1571年に、首都をこの地に移転させた。約5年をかけて建設された都は3km×1.5kmの土地を城壁で囲み、その中央の丘に宮廷やモスクを赤砂岩で築いた壮大なものだった。遺跡は2ヵ所に分かれ、南側のジャマー・マスジットには巨大なブランド門と、預言者シェーク・サリーム・チシュティーの白い廟があり、壮大な回廊が四方を囲む。
 一方、北東側の、柱が幾層にも積み上げられたパンチ・マハルや、ディワーネ・カースの円柱の王座は石組みだが、木組みを思わせる遺跡。
 水不足が原因で、わずか14年後には立ち去らなければならなかったという。そのせいで抜け殻になった赤い城都はそれほど痛まないで残っている。(以下、画像はクリックで拡大します)7

 
 昼食はセットメニュー

 午後:ジャイプール市内観光に。

◯風の宮殿:
 シティー・パレスの東側、バザールの大通りに面している優雅な、ジャイプールのシンボル。かつて宮廷の女性たちがここから町を見下ろしたという。彫刻を施したテラスがびっしりと並ぶ。正面の大きさに比べ奥行きは非常に浅い造り。
 窓は手前に張りだしていて、見るからに風通しが良さそうな、風の宮殿。裏側にある階段から上に登ることもできる。正面で写真撮影のみ。7_4

 
◯シティー・パレス(町の宮殿):
 マハーラージャ(王様)が今も暮らす。1726年に時のマハーラージャ、サワーイー・ジャイ・スィン2世によって造られた。ジャイプールの街の中心に位置する建物。一部が博物館になっている。
 ムバーラク・マハルはテキスタイルの展示館。ほかにも絵画や写真が展示されたアートギャラリー、昔から使われた武器を展示した武器館などがある。
 また、ラージェンドラ門を通って次の間に入ると、ディワーネ・カースと呼ばれる貴賓謁見の間がある。
 入り口に置かれている二つの巨大な銀の壺はギネスブックにも登録されている世界で一番大きな銀製品、王様の沐浴用に1.8トンのガンガーの水をいれてイギリスまで持参したとか。7_3

途中トイレ休憩を兼ねて民芸品店、宝石店のショッピング

 夕食はインド民族舞踊を見ながら。さすがに食欲なし。
                           (ジャイプール泊)

 
8日目:ジャイプール観光後→デリーへ移動、夜デリー発、帰路へ

午前:ジャイプール、アンベール城観光:
 城に向かう途中に水の宮殿が眺められる。ジャイプールの王様の別荘で、ボートでしか渡れないため、セキュリティーは万全という。やがてアンベール城が見えてくる。

◯アンベール城:
 ジャイブールの北東11kmのところ、周囲の町を圧倒して建つ、丘の上の巨大な山城。築城が始まった16世紀には、ここが、カチワーハ家の王国(アンベール王国)の首都であった。
 観光には駐車場から山の上の城までジープで往復。また城までいくジープの代わりに、名物の象のタクシーもあり、観光客には人気。
 門をくぐると「一般謁見の間」があり、本殿はその右側の門の奥。81

 
 また「鏡の間」ともよばれる「勝利の間」の壁面には、鏡をちりばめた幾何学模様の装飾が施されていて見事。 
 また、その「勝利の間」の屋上から見える池の真ん中にはやはり幾何学模様をした庭園がある。
 庭園を挟んで反対側の「歓喜の間」は、室内を水が回るように造られていて、涼しく暮らす工夫が凝らされている。
 外に出ると、ここにも怪しげな絵があった。王様は、とにかくお好きであったらしい。82

 
 観光後、陸路で、デリーへ(約250km、約5時間30分)

 昼食はインド料理

その後、デリー空港へ:

デリー発20:20帰路へ(所要時間約7時間)         (機中泊)
                          
 
9日目:成田着06:55

 旅行中、なれない食事や衛生環境などの影響を受けて、かなりの人が下痢に見舞われましたが、私は何とか持ちこたえました。
 ただマスクは付けていましたが凄まじい粉塵などで気管支をやられ、帰宅後もしばらくひどい咳に悩まされましたが。
 また再びインドに来てみたいか、という質問にはほとんどの人は沈黙。ともかく、”無いものがない”といわれるインドです。
 道ばた、空き地、駅のホーム、どこで人が寝ていても、それは”ホームレス”ではなく、”どこでもホーム”なのです。都市部を離れると、どこでもトイレです。屋外で大小便をする姿があちこちで目につきます。
 そして超清潔国の日本人に目には、とても綺麗とは言えないガンガーでスピリチュアルな生活を送る人々の日常は驚きです。
 社会福祉は、と問えばそれは寺院が完璧に行なっていて困ることはない、という。また牛がどこにぶらついていても、その牛は”野良牛”ではなく、”神聖な”牛なのです。
 2011年の後半には地球人口は70億人に、そしてさらにこのまま行けば2045年には90億人に達するという。そしてインド人口は、このまま行けば、2030年頃に中国を抜いて世界一になるだろうともいう。 http://nationalgeographic.jp/nng/magazine/1101/feature01/movie/index.shtml
 (真っ黒い画面が表示されますが、下部、左端にあるスタートボタン(▲)をクリックすればスタートします。)

 ともあれ、この国の人々の逞しさの一面も感じてきました。多様性の統一と混沌のなかに維持された民主主義国家。
 うわべを見るだけの観光で、そんな簡単には異文化の理解はできないこともあらためて感得できた旅でした。
                 (完)                     

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