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2012年3月11日 (日)

モニターツアー(岩手県久慈市)(2)

 3.11、東日本大震災の発生から1年。鎮魂の日です。尊い犠牲を無駄にしないために明日への備えをしっかり進めなくてはなりません。
 被災地の復興にも落差があり、先頃の報道では、やはり地震や津波による被災地の復興が進んでいないと答えた人が72%にのぼったということです。

 そんな折柄、限られた時間・地域ながら、報道だけでは伝わらない現地の生の”風”や”におい”そして人々に触れたモニターツアーです。

久慈の魅力を楽しむ1日目:
 東北新幹線二戸駅からバスに乗り換え、二戸市で伝統食の雑穀料理のお昼をいただき、また地元有志の方々による民話劇、民話を見聞きしました。
 その後、久慈へ。国内最大の琥珀産地といわれる久慈の「久慈琥珀博物館」を訪問、そこでは勾玉アクセサリー作りも体験できました。                           (久慈泊)

1)雑穀料理:
 雑穀は、どこの地方でも、昔から田んぼの脇や畑などで少しずつ栽培されてきたごく自然な作物です。
 そして岩手県の雑穀生産高は日本一でした。少し古い資料 (2006/4/3、朝日新聞 朝刊 岩手全県11地方版 )によると、「雑穀王国」と呼ばれる岩手県の雑穀(ヒエ、アワ、キビ、アマランサス、ハト麦、モロコシの6種類)の生産量は、2004年は552.9トンで、全国の51.2%を占めたということです。また2005年の生産量は740.5トンとのことでした。
 (なお最近の状況について農水省の統計資料【→http://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/kensaku/hin3.html 】を見ましたが「雑穀」としてまとめられた最近のデータはありませんでした。)

 特に田んぼが少なく、夏の季節風「やませ」による冷害が発生するなどの気象環境により稲作が困難だったことから、麦や雑穀が主食であったという二戸地方では、食べるものがないときのために、保存性が高いひえ、あわ、きび、たかきびなど雑穀を保存するのは当たり前のこととして受け継がれてきたそうです。
 そしてそのような生活体験を通じて、様々な工夫が生かされ、伝統の味として今に伝えられた先人の知恵が詰まった雑穀料理の昼食をおいしく頂きました。Blg11

 
 また食後には、地元有志の皆さんによる手作りの民話劇(シーツを利用して描いたという、大型紙芝居(「馬のせりと煮売家」)、そのあと、お国言葉での民話を楽しませていただきました。
 何ともいえない懐かしさやぬくもりが伝わってきました。あとでお話を担当された「語り部」のおばあちゃんに伺ったところ、「”孫がお婆ちゃんの言葉はわからない”というのです。けれども故郷のなまりや方言はしっかり保存したいとがんばっています」、とのことでした。本当にそうですね。Blg12

 
2)久慈琥珀博物館へ:
 久慈地方は、国内最大の琥珀産地として知られています。久慈琥珀博物館は、古くから琥珀採掘の行われた土地でもある久慈市郊外に所在し、国内では唯一の琥珀専門博物館です。
 ここでは手作りの勾玉づくりを体験しました。館員の皆さんの指導と“励まし”を頂きながら、限られた時間(約1時間)ではありましたが、あらかじめ勾玉に型どりされた琥珀原石を、”指先や爪も一緒に”紙やすりで“無心に”削りながら、我ながらよく出来たと自己満足の作品に仕上がりました。
 博物館のすぐ近くに保存されている琥珀坑道跡を見学し、琥珀神社にも参拝しました。Photo_2

 
現地から:
 大震災の後もしばらくの間は、長期にわたり続く困難に立ち向かい、懸命にがんばっている被災地に“旅行”するなどという気持ちは誰にも起こらなかったことでしょう。
 しかしそのような自粛が続けば、地域の美しい自然や伝統文化などの魅力を基本にした観光事業/産業が、その地域経済の重要な経営資源の一つであったならば、その停滞、ましてや衰退は地域の復興にも大きな打撃となるはずです。
 このような観点からも、現在、旅行客の受け入れが可能な被災地からは、「皆さんのご支援・応援に心から感謝しています。地元経済の活性化のためにも、ぜひ被災地へ旅行して下さい」という声がしきりでした。皆様も是非お出かけを。
                                  (続く)

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