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2013年1月20日 (日)

アンコール遺跡(カンボジア)訪問(2013/1)(4日目)アンコール遺跡群のタ・プローム寺院他、小回り、大回りコース

4日目日程:

*午前:バスで[世界遺産]アンコール遺跡群観光へ。(●タ・プローム寺院、●スラ・スラン、●バンテアイ・クデイ、●プラサット・クラバン)
*午後:バスで[世界遺産]アンコール遺跡群観光に。(●プリア・カン、●ニャック・ポアン、●東メボン)
*夕刻:バスで夕日に染まる●プレ・ループと夕日鑑賞に。
      夕食は「クメール料理」       ( シェムリアップ泊)

記録:
 午前8:55、小型バスで、“小回りコース”と呼ばれるタ・プローム寺院、スラ・スラン、バンテアイ・クデイ、プラサット・クラバンを巡りました。

① タ・プローム寺院:
 1186年、ジャヤーヴァルマン7世建立、仏教(観音菩薩)。密林に覆われていたアンコール遺跡の往時を彷彿とさせる、コース一押しの見所。
 西塔門が正面入口。スポアン(リエップとも。ガジュマル(榕樹)の一種)の根が遺跡の石組みを激しく浸食し、三重の回廊に覆われた遺跡には、文字通り樹根が食い込んでいて自然の驚異を感じさせます。
 現在もなお遺跡を破壊している景観は、映像などでも十分承知していましたが、あらためて彼のアンドレ・マルローの冒険/探検時のジャングルは、かくあったものかと想いを巡らしたことです。
 崩れた遺跡も一部は修復されていますが、大半はそのままの姿で残されています。
 元の姿に戻す復元ではなく、数百年に及ぶ長期間、自然と共に変貌してきた姿をそのまま遺す”復元”なのです。
 ただ、ガイドさんによれば、これ以上の破壊は食い止めたいということで、新しく伸びて侵入を始めた根は切り取るなどの作業も行われているようでした。
 系外からエネルギーを注がなければ、“形あるものは壊れる”、”秩序あるものは無秩序に向かう“のが自然界の法則でしょうから。
 もっともこの強烈なインパクトのある景観が高い人気になっているのは事実でしょう。

 入り口の西塔門に刻まれている人面像は、何カ所もワイヤ-ロープが巻かれて固定されているのを、あとで写真をパソコンで拡大してみてはじめて気がつきました。(最初の画像。クリックで拡大します。)
4

4_2

 ●なお、余談です。タ・プローム寺院の、さらなる破壊を進めているのか、あるいは崩れる寺院を支えているのか、議論の分かれるところの樹種名については、いくつかの記事がありました。その1、2です。

 タ・プローム寺院の破壊に関与している最も普通に見られる樹種は2種類であって、一般にいわれているように、発達した大きな板根を特徴とするガジュマル(榕樹)の一種(学名Tetrameles nudiflora – DATISCACEAE)ではなくて、

 1)一つはクワ科イチジク属のstrangler figと呼ばれる樹木(→http://en.wikipedia.org/wiki/Strangler_fig)の一種で、学名Ficus gibbosaと、

 2)もう一種は、一般名silk-cotton treeで、俗に”絞め殺しの木”(Tomb Raider tree)と呼ばれるCeiba属の樹木で、学名Ceiba pentandraであること。
( →http://www.blueplanetbiomes.org/kapok.htm)
 
 そして崩壊する石組みの記念撮影ポイントに生えているタコ足のような、また人のお尻にも見える太い根を垂下げたり、あるいは横に這い回ったりしている樹種は、1)のクワ科イチジク属のFicus gibbosaであること。
 また、もう一つの撮影ポイントになっている、網をかけたようにも見える樹種は、2)のsilk-cotton tree、”絞め殺しの木”(学名Ceiba pentandra)である、とありました。
  (要するに、どちらもスポアン(ガジュマルの一種)ではない、という話です。
 http://colloidfarl.blogspot.jp/2009/01/jungle-temple-of-ta-prohm.html

 さらに、別の記事にも、大樹の根元に“SPUNG”という樹名板があるが、(今回、実際に見た樹名板に「“SPUNG”(スポアン)、Tetrameles nudiflora – DATISCACEAE」と記されていましたが)、その樹はスポアンではないこと。(別のところには、確かに大きな板根の発達したスポアンは存在している。)
 そして、撮影ポイントにもなっているタ・プローム寺院の石組みに、蛸足状の太い根を張り巡らしている樹木もまたスポアンではなく、クワ科イチジク属の木の学名“Ficus gibbosaである、との記述がありました。
 まあ門外漢の私には、樹種や名前など何であろうとかまわないのですが。

余談追加:
 ローソクの木(学名Dipterocarpus alatus (Dipterocarpaceae))がありました。樹名板もあります。
 東南アジア大陸原産のフタバガキ科の樹木で、先住民族の人々は木から採れる樹液(含油樹脂)を灯明燃料としたり、ボート(舟)の防水等に用いたりしていたそうです。
 現在は、塗料、ワニス、ラッカーなどに使用され、また精油は香水の固定剤(fixative)として使用されているという。
 この木はアンコール遺跡のあちこちに生えている大木の一つですが、可燃性の樹液(蝋)が出るため、数年前まではその蝋にライターで火を付けて見せるガイドもいて、火事になったこともあり(実際に黒く焼け焦げた木もありました)、当然、今は厳禁です。
 しかし今なお、マナーの悪いお国の観光団体では、火を付けて見せて喜ぶ姿を目撃することがある、とガイドさんは憤慨していました。

 
② スラ・スラン:
 12世紀末、ジャヤーヴァルマン7世建立、仏教(観音菩薩)。王が沐浴をしたといわれる聖なる池。バンテアイ・クデイ寺院の東正面に位置していて、大きさ広さは東西700m、南北300mの規模です。
 周囲には池に下りるための階段があり、西側のテラスにはシンハ(ライオン)像が鎮座しています。
 池中央の小島には王が祭儀を行う祠堂が建っていました。今はこの池も子供達の格好の水遊び場だそうです。

③ バンテアイ・クデイ:
 12世紀末、ジャヤーヴァルマン7世建立、仏教(ヒンズー教様式と混淆)。「僧坊の砦」を意味する寺院名です。
 東西700m、南北500mの外壁と外濠に囲まれ,東西一直線に建物が並ぶバイヨン様式の造りです。
 中庭中央には踊り子のテラスがあります。奥には田の字型の回廊があり、中央祠堂とそれを囲む8つの祠堂があります。天女アプサラや、王、宮殿などのレリーフが破風や柱に残っています。

④ プラサット・クラバン:
  921年、ハルシャヴァルマン1世建立、ヒンズー教。レンガ造りの5基の祠堂が東向きに横一列に並んでいます。
 1960年代にフランス極東学院によって原型に変化を加えないよう修復が行われています。中央祠堂の内壁には3体のヴィシュヌ神が、一番北の祠堂にはヴィシュヌ神の妻ラクシュミーの浮き彫りがあります。
 庭には不思議な形のタネのようなものがたくさん落ちていました。ガイドさんに聞くと”花です”とのことでしたが・・・。池には青色の睡蓮が咲いていました。4_3

 見学後、アジアン・ブッフェの(これも美味しかった)昼食をとってから、一度ホテルに戻り、休息しました。

 
午後14:35、やはり小型バスで“大回りコース”のプリア・カン、ニャック・ポアン、東メボンへ。
 そして夕刻には夕日に染まるプレ・ループと夕日を鑑賞しました。

⑤ プリア・カン:
  1191年、ジャヤーヴァルマン7世建立、仏教(観音菩薩)。ジャヤーヴァルマン7世が父の菩提寺として建てたバイヨン様式の仏教寺院で、ブリア・カンとは”聖なる剣"の意。
 東西820m、南北640mにおよぶ、アンコール遺跡のなかでも最大級の規模。
 3重の周壁の内側に複雑な回廊が迷路のようになっています。多数の小塔やガルーダのレリーフ、無数のデヴァターなど見所も多く、東西の塔門にはナーガを踏みつけるガルーダの巨大なレリーフがあります。
 東塔門の内側にある2重の建物は円柱で支えられた第一層の上に角柱の第2層が載っているギリシャ神殿を思わせるめずらしい様式です。

⑥ ニャック・ポアン:
  12世紀末、ジャヤーヴァルマン7世建立、仏教(観音菩薩)。ブリア・カンの東にあるニャック・ポアンの名は「絡みあう蛇」の意。
 ヒンズー教の説話を具象化した空間で、病を治すというヒマラヤの伝説の湖に見立てた池が中心の寺院。
 雨期には水が張り、周囲は湖のようになり、乾期には円形の基壇を持つ中央祠堂が現れます。
 4つの小池には神話の神馬が配されています。なお、今回訪問時には池の手前に全面柵が設けられていて遺跡内に入ることはできませんでした。4_4

 
⑦ 東メボン:
  952年、ラージェンドラヴァルマン2世建立、ヒンズー教(シヴァ)。池の跡に建つ寺院です。現在は枯渇していますが、かつては東西7km、南北1.8kmの貯水池であった東バライに浮かぶように造られた寺院。
 貯水池はアンコール王朝の繁栄を支える重要な農業用灌漑設備でした。
 メボンとは神の恵みの意。ラテライトの基壇の上にレンガ造りの祠堂が載った形式で、夕日を受けると光り輝く姿がきれいということですが、お天気次第です。

⑧ プレ・ループ:
  961年、ラージェンドラヴァルマン2世建立ヒンズー教(シヴァ)。東メボンと同じくレンガ造りのピラミッド型寺院ですが、東メボンより格段に大きなスケールです。
 小高い丘に建つ山岳型寺院のため、ここから眺める遠景も良く映え、夕日鑑賞の人気スポットになっています。
 落日の時間帯には混み合いました。pm5:52、沈む夕日はきれいでした。4_5

 アンコール遺跡群巡りの予定はこれですべて終わりになりました。冬の日本から蒸し暑い夏の気候に曝され、また連日の急な石段の登り降りの連続で疲れもたまって体調を崩した人もありましたが、大過なく有意義な時間を過ごすことができました。
 夕食は「中華料理」 。
 明日はトンレサップ湖のクルージングやシェムリアップ街歩き、アンコール博物館見学など終日楽しんだ後、夜には帰国の途につきますので、荷物整理などして早めの就寝に。
                         (→5日目に続く)

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