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2013年2月 7日 (木)

モロッコへの旅(2013/2)(3日目)ラバト、メクネス、ヴォルビリス

★3日目日程:
 カサブランカ→ラバト→メクネス→ヴォルビリス→フェズまで。

・午前
 朝食後、バスでカサブランカ8:00発→モロッコの首都ラバトへ。所要時間は約1時間45分。

 朝の通勤時間帯(8時~8時半頃がピークという)のカサブランカ市街は、確かに車も多かったものの”湧いて出る”ほどの人出はなさそうで、通過したトラムカーも見えた限りぎゅうぎゅう詰めという印象ではありません。
 途中さして渋滞もなく1時間半ほどで、街路樹の剪定作業なども行われていて整然とした街並みのラバト市内に入りました。
 城壁が巡らされていて、王宮前の門からバスに乗車したまま王宮敷地内に入ります。

※首都ラバト
 近代的首都と歴史的都市をあわせもつ遺産(2012年世界遺産登録):
 見所のラバト旧市街(メディナ)は12世紀に築かれたムワッヒド朝の塁壁と17世紀に建造されたアンダルシアの塁壁に囲まれた地区。
 また現国王の祖父ムハンマド5世の霊廟があり、ここは内部の見学が可能です。
 その隣には作りかけのモスクが残されていて、未完成のハッサンの塔は、マラケシュのクトゥビアの塔、またスペインのセビリアにあるヒラルダの塔と同じ建築様式です。
 さらに、今回は訪問しませんが、サレ川のほとりにはラバト発祥の地、ウダイアのカスバ(砦)があり、中にはスペイン風のアンダルシア庭園やカフェムーアがあります。またラバト考古学博物館も見所の一つ。

●世界遺産ラバト見学:
 ラバト市内到着後、まず先に【王宮】を車窓から見学。次いで、同じ敷地内にある
【ハッサンの塔(ムーア様式の代表的な建物)】、続いて【ムハンマド5世の霊廟】を見学。 

★【王宮】の乗車観光。
 ラバト(城壁都市の意)には日常、国王がお住まいの王宮があります。(王宮敷地内は許可を受けてバスに乗車したまま見学(通過)できます。
 バスで城門をくぐると、左右に整備された公園が広がります。そして石畳の広場をまっ直ぐ走ると、遠くに緑色の屋根とクリーム色の壁が見えてきます。現在の国王ムハンマド6世とその家族が住まいされる王宮です。
 しばらくして王族しか礼拝できないアルファ・モスクも見えました。
               (以降の写真はクリックで拡大します)Blg3

 王宮を通り過ぎて10分少々で次の観光見所、ムハンマド5世霊廟のある広場に着きました。 
 ここにはハッサンの塔、反対側に白い大理石造りの博物館、ミナレットの無いモスク、そしてまだ新しいムハンマド5世の霊廟があります。

★【ハッサンの塔】見学。
 ハッサンモスク遊歩道の入り口には真紅の衣装をまとって乗馬した騎馬衛兵が二人いて、写真撮影もOK。
 ハッサンの塔は、ムハンマド5世の霊廟と同じ敷地内にある未完のミナレットです。
 1195年にムワッヒド朝のヤクーブ・マンスールが世界最大のモスク建設に着手し、1199年に建設途中で亡くなったため、モスクと共にミナレットの工事も中断されました。
 完成すれば高さ88メートルの予定でしたが半分の44メートルでストップ。
 ミナレットの高さ比べでは世界一のハッサン2世モスクス(カサブランカ)のミナレット(高さ200m)、次いでセビリア大聖堂(スペイン)のヒラルダの塔(高さ98m/基部14m四方)、そしてマラケシュにあるクトゥビアの塔(高さ 77m)に続く高さ(44m)です。
 塔のまわりに残る円柱はモスクの柱になるはずだったもの。見学後、広場を通り越して、

 続いて、ムハンマド5世の霊廟へ入場し、内部も見学。

★【ムハンマド5世の廟】
 フランスからモロッコ独立を勝ち取った元国王ムハンマド5世の霊廟、1973年完成。
 霊廟の4か所の入り口と、廟内の四隅には、真紅の衣装をまとった衛兵が立哨しています。
 
 霊廟内はとてもきらびやかで、天井のステンドガラスのような金色のランプと白い石棺がまばゆくきれいです。
 中央の白い石棺がムハンマド5世のもので両側には前国王ハッサン2世とムハンマド5世の弟のムーレイ・アブドゥラー王子の棺がありました。(霊廟内の撮影もOKでした。)Blg35

 有名なインドの世界遺産タージ・マハル同様、“立派なお墓”は後に観光資源として外貨獲得、国の財政に貢献するのですね。
 ラバト見学終了後、バスでメクネスに向かいます。所要時間は2時間少々。

 バスの窓外に流れる風景も異国情緒たっぷりです。白い建物の造幣局、高速道路沿いにも見られる13万6000ヘクタールに及ぶというコルク樫の林(ワイン用のコルク栓はモロッコの輸出特産品)、
 これも特産の白いトリュフを売る”道端の店のトリュフをかたどった看板”、そして分離帯を飛び越えて横断する人、高速道路端を走る自転車、また(さすがにインドのように、牛はいませんでしたが)高速道路料金所の高架に巣作りをしているコウノトリ、さらには緑いっぱいに広がる小麦畑やオリーブの果樹園などを目にしながら、居眠りすることはありませんでした。
 (なお、全日程、一人で2座席確保されたゆったりのバス旅です。)

 途中、一度、ガソリンスタンドでトイレ休憩を挟んでさらに走り、やがて城壁に囲まれたメクネス王都の門をくぐり、メクネス市内に入ります。

・午後
 まず、市内のレストランCOLLIER DE LA COLOMBEで昼食(シーフード(イカ)・タジン)を済ませた後、メクネス観光に向かいます。
 メクネスは、フェズ、マラケシュ、ラバトと並ぶかつてのモロッコ王朝の首都の一つ。
 三重の城壁と砦に囲まれた町は新旧二つの顔を持っています。
 なお1755年、リスボンを崩壊させた大地震の影響を受けてメクネスの建造物も相当な被害を被ったそうです。

※古都メクネス旧市街(メディナ)(1996年世界遺産登録)
 首都ラバトから東に130km、フェズの西60kmに位置する都市。城壁に囲まれた都市で17~18世紀に、現モロッコ王朝のアラウィー朝が都と定めた街。
 首都としては半世紀で終わってしまったこの街にある【☆ムーレイ・イスマイル廟】は異教徒も入ることができ、またモロッコ一美しいといわれる【☆エル・マンスール門】とともにイスラム建築の最高傑作とされています。

●世界遺産メクネス旧市街見学:
 ムーレイ・イスマイル門をくぐり、現地ローカルガイドと共に廟の内部見学に向かいます。
 ちなみに現地ガイド氏の服装は民族衣装ジャラバ。三角のフードが着いていて被るとまさに「ネズミ男」

★【ムーレイ・イスマイル廟】
 17世紀、ムーレイ・イスマイルはメネクスに首都を置き、壮大な王都建設に乗り出しましたが、その完成を待たずにこの世を去りました。その墓が安置されています。
 非ムスリムでも入場できる唯一の廟。黄色の壁にモザイクタイルが映える中庭には、噴水があり、またイスラム暦を知らせる日時計が時を刻んでいます。
 廟の内部は豪華な造りで、モザイクタイルで装飾された壁など、時の王朝の権勢を誇示しているようでした。Blg3_3

 廟の見学を終えて、エル・マンスール門の見学に向かいます。すぐ近くです。

★【エル・マンスール門】
 北アフリカで最も美しく、有名な門の一つ。1732年の完成。イスラム教に改宗したキリスト教徒マンスールの設計によるものだそうです。
 エディム広場に面した巨大な門で、王都エリアのメインゲート。馬蹄形のアーチは青と緑のモザイクと彩秞タイルで彩られていて、壁の斜格子の彫刻も大変美しいものです。
 
 ただここまで来ると、目が慣れた、あるいは疲れたからか、あまり新鮮な感動が薄れてしまい、終わりの方は見学もだんだんいい加減になってしまいました。

 エル・マンスール門の正面はエディム(Hedim)広場になっています。中央には大きな噴水があり、その周囲には雑貨屋さんや果物屋、ピーナッツ売り等の売店が、また水売りのオジサンも居たりして、それを取り巻く大勢の人などで賑わっていました。Blg3

 見学後バスに戻りメクネスを出発、次の観光地ヴォルビリス遺跡へ向かいます。

 メクネスを出てから車窓にモアイヤン・アトラス山脈*を眺めながら北方向へ走ります。
 《*アトラス山脈はアフリカ北西部、モロッコからチュニジアにかけて東西に伸びるジュラ紀の地層からなる褶曲山脈で、名称はギリシア神話の巨神アトラスにちなんでいます。
 山脈は、北から南に順に「リフ山脈」、「モワヤンアトラス山脈(中アトラス)」、「オートアトラス山脈(高アトラス)」そして「アンティアトラス山脈(小アトラス)」と4つの山系から形成されています。
 なおモロッコの最高峰は、オート・アトラス山系の西端近くに聳えるツブカル山(4,167m)です。》

 メクネスから22kmほど北に走って、ヴォルビリスに近くなったところで、ザルフォーン山にへばりつくように白い家並みが山頂まで広がっている光景を目にします。
★【ムーレイ・イドリス】です。
 ここには立ち寄らず、写真ストップのみ。

 ムーレイ・イドリスは「聖者の町」と言われ、789年にモロッコ最初のイスラム王朝イドリス朝が開かれた町。
 建国した初代の王様はムーレイ・イドリス1世で、現在でもモロッコで崇められている聖者(ムーレイ)の一人。
 町の中心部にあるホルム(Horm)と呼ばれる聖域にはモロッコ全土から巡礼者が集まるムーレイ・イドリスの霊廟があり、ここにはやはり異教徒は立ち入り出来ないそうです。

 そこからさらに北西に3.5kmほどで、ヴォルビリス遺跡に着きます。

※古代ローマ遺跡ヴォルビリス(1997年世界遺産登録):
 モロッコに現存する最大のローマ遺跡。紀元前40年にローマ帝国の属領となった街で、当時は2万人もの人が住んでいたと言われています。
 40haの敷地にカラカラ帝に捧げられた凱旋門や、神殿、バシリカ(教会堂:礼拝や会議、時には裁判などにも使われた多目的ホール)、広場、ハマム(公衆浴場)、邸宅群などが修復され残されています。
 また床や壁に残るモザイクは当時の状態ほぼそのままに良く保存されています。

 ヴォルビリス着後、
●【ヴォルビリス遺跡】 世界遺産・古代ローマ遺跡:
 遺跡は、のどかに広がる野原と畑の中に突如ぽっかりと現れます。オーッという感じ。
 かつての栄光を物語る列柱群等々が広がり、列柱の天辺にはコウノトリが巣作りをしていましたが、なぜかよく似合っていて遺跡の景観との違和感はありませんでした。

 見学は、キャピタル神殿(列柱の館)、フォーラムとバシリカ(教会堂)、オリーブ油絞り作業場、「ムーレイ・イドリス」が遠望できる畑地など、また先に見た場所とは反対側から眺めたバシリカ(教会堂)、カラカラ帝凱旋門、貯水池、ハマム(公衆浴場:ジャグジー、実際に中に座り込んでみる人も)。
 さらに往時の邸宅の床や壁に残るモザイク【ビーナスの館の”デザルター”(デザルターとは馬から馬へ飛び移りながら2頭以上の馬を走らせる馬術士のこと);バッカスの館の”バッカスとアリアドネ”;ヘラクレスの館の”ヘラクレス12の功業”;その他多数のモザイク】、広場、そしてヴォルビリス遺跡のメイン・ストリート等々、順に巡りました。
 好天に恵まれた1日でしたが、見学が終わった5時過ぎには日もだいぶ傾いていました。Blg3_2

 見学後ヴォルビリス発、宿泊地のフェズへ(バスで約1.5時間)。
 ・夕刻18:30頃、フェズ着後、ホテルへ。
                         (今夜からフェズ2連泊)
                      (→4日目に続く

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コメント

 わざわざご覧いただくようなシロモノではありません。暇つぶしに思いだしながら、たらたら記録していますので、何時になるやら・・・
 それはさておき、昨今外国旅行で日本人が事故や事件に巻き込まれることが多く、要注意と外務省辺りからも旅行会社に注文も付いているようですね。
 まあ、”お国のために”出かけているわけではないので、基本的には何があっても自己責任でしょうが、結果として”お国”に迷惑をかけることになってはいけませんし・・・。お気をつけあそばせ。

投稿: クロメダカ | 2013年3月 2日 (土) 19時03分

少し前にモロッコの旅をしましたが、それよりも日数が長く、見学された場所も多いので興味深く読ませてもらっています。
同じ所でも感じ方などが違うんだなあと、あらためて新鮮な思いで反芻しています。
私は緊張を持続できないたちなので、同じような建物など見て廻っていると、だんだん区別が付きにくくなり、撮った写真を後から眺めて、「これ何処だっけ?」の連続でした。
クロメダカさんの文中にも、それに近いような感覚表現があり、なんだかほっとしました。
次はフェズの2連泊、世界一の迷路の探索でしょうか。期待してお待ちしています。

投稿: ハクナマタタ | 2013年3月 2日 (土) 18時42分

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