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2013年2月 8日 (金)

モロッコへの旅(2013/2)(4日目)フェズ

★4日目:(終日フェズ滞在。移動はバス) 
 ・朝食後、バスで出発。世界で最も複雑な迷宮の街へ。

●世界遺産フェズの旧市街(メディナ)観光

※フェズ旧市街(メディナ)世界で一番大きな迷路といわれる市街(1981年登録):
 フェズはアフリカ北西端、モロッコ王国北部の内陸都市。かつてマリーン朝などイスラム王朝が首都としたところです。
 13世紀から14世紀にかけて大きな発展を遂げ、多数のモスク、マドラサ、大学などが造られました。
 旧市街は巨大な迷路で、古くは9世紀にモロッコの最初の王朝で、一般にはイドリス2世によって造られとされている【実際には既に先代の1世が統治していたという)最古の都市。
 メディナ(旧市街)には細い路地が網の目のように巡らされていて、モスク、パティオのある民家、ハマム(公衆浴場)、スーク(市場)などがひしめいています。
 周囲10km以上といわれる旧市街の内部には、いまだに車は入れず、ロバが貴重な輸送手段となっていて、またベールをかぶった女性も多く見られます。

 歴史建造物・史跡・名所としては、【カラウィーン・モスク】、【カラウィーン大学(神学校)】、【ムーレイ・イドリス廟】、【サファリーン・マドラサ】、【アンダルース・モスク】、【タンネリ(皮なめし工房)】、【貸し鍋屋のスーク(市場)】、【ネジャーリン広場の泉・フォンドック(隊商宿)】など多数。

 
《Ⅰ》
●【フェズの街並み俯瞰】:
 朝一番に、ビューポイントの「南砦」展望台に登り、フェズの街並みを俯瞰します。
 地震大国に住まいする凡夫は、眺めやった途端に地震、大火災が発生したらどうするのかと心配になりました。
 まあ建物の主体は”泥”(日干し煉瓦)がメインですから燃え広がらないのかも・・・。
 現在のフェズ市街は旧市街、新旧市街、そして新市街の3つの地区に分かれています。

●【”ミニタジン”の絵付け体験】:
 ★南砦から街中に下りて、まずはじめに伝統文化のモザイクタイルなどを作る「陶器工房」を訪問しました。敷地内にはオリーブの樹や、花が咲き始めたレモンの木などがありました。
 この工場での製品はすべて手作りで行われていて、彩秞タイルや陶器制作現場の見学と同時に”ミニタジン”の絵付けも”体験実習”しました。
 絵筆など用具が十分でなく、またあらかじめ考えておくようにと言われていた絵付け(絵柄)の才能など全くないので、いい加減に色を塗りつけて真っ先に出来上がり。
 (なお”駄作品”は焼成された後、最終宿泊地、カサブランカのホテルに届けられました。正真正銘の良い駄作記念になりました。)Blg

 
《Ⅱ》
●陶器工場の見学を終えて、次にフェズ市街の見学に向かいました。

 はじめに【新旧市街(フェズ・エル・ジェディド)】の【王宮】見学へ。それから→【ユダヤ人街】を通り抜け→そして【ブー・ジュルード門】をくぐり、巨大迷路・核心地域の【旧市街(フェズ・エル・バリ)】へ。
 この”巨大迷路”見学は、間に昼食をはさみ、午後、さらに迷路をさまよって、→【サファリン広場】を経由し、最後に【なめし皮職人街タンネリ】を見学というフル・コースです。

 まずは、
★新旧市街(フェズ・エル・ジェディド)の王宮見学へ。

☆【王宮】
  80ヘクタールの敷地に建つフェズの王宮は現在でも、国王がフェズに滞在する際やレセプションなどに使用されていて、一般には公開されていません。
 見られるのは建物正面外観だけで、見学に際しては、正面の黄金の門以外は撮影も厳禁。
 近くには警備の人影があり、他の門などを撮影しているところを見つかると、データを消去する様に言われたり、カメラなどを没収されることもあるので要注意、と、ツアー・スルーガイドのRさんから注意と説明がありました。
 真鍮で作られた美しい門は、門の前の広場に植えられているレモンの木から採れたレモンで定期的に磨かれているそうです。
  ブロンズの門の彫刻、明るい色調のモザイク、大理石の彫刻などは全てフェズの職人によるハンドメイド。
 定期的に補修が行われ、またモザイク部分にはフェズのサッカーチームのカラーである黄色と黒のサッカーボールが埋め込まれていて、大理石はイタリアのカラーラ産とのことでした。

★王宮見学後、【ユダヤ人街】の街並みを眺めながら、旧市街へ向かって通り抜けます。
 途中では“歯”の看板(歯医者)もありました。フェズのメディナには歯医者が多いそうです。また建物の高みにはコウノトリの姿も。少し広い通りは車で混み合っています。

★いよいよ核心の旧市街(メディナ)へ向かいます。
 
☆まず【ブー・ジュルード門】:
 美しい門です。門をくぐる前にスルーガイドのRさんから注意。
 「ここからは、”迷子になったらもう2度と帰れません。探すのも困難です。はぐれないように!」。
 それで、現地ローカルガイド二人に前後を挟まれ、最後尾はベテラン添乗員が、さらに現地ボランティア・ガイドの若者が付き添ってくれました。
 前、後に行ったり来たりしながら、ポイント毎に、右です、右です、左です、左です、足もと気をつけて、とサポート・ガイドをしてくれました。
 (下の地図には、太い道しか表示がありませんが、実際にはこの地図に表示されない”毛細血管”のよう細い迷路が入り組んでいるのです。)
 
 ブー・ジュルード門はフェズで一番有名な門で、1913年建築され、タイル装飾が美しい、旧市街(フェズ・エル・バリ)への入り口になっています。
 位置的には、フェズ・エル・バリとフェズ・エル・ジェディドを結んでいます。フランス保護領時代には門には扉が付けられていて、夜は閉められていたという。
 外側の青色は水の町フェズの象徴、また内側の緑色はイスラムを象徴しているそうです。Blg4

 
《Ⅲ》
 ブー・ジュルード門をくぐるとすぐに、もうどこにいるのか分からなくなってしまいます。迷路の光景は”♪ただ珍しく面白く、月日の経つのも夢の裡”の気分です。
 ・[ウチワサボテンの実](この時期売られている赤色のものは酸っぱくて美味しくないとのこと)、・[多種類の果物]、・[焼きたてのパンやクレープ風の食べ物]、・[一番美味しくて高価だというなラクダの肉も売っている肉屋さん]、・[活きている鶏]も店先に、また・[ロバ通行OKの標識]があったり、到るところにネコがいたり、ともかく何でもありの迷路の中を、きょろきょろ見回しながら、はぐれないよう、歩きます。

 そして、神学校へ。
☆【ブー・イナニア・マドラサ(神学校)】:
 ここは異教徒でも見学可能で、入場して見学です。
14世紀にブー・イナニア王によって建てられたフェズ最大の神学校、ブー・イナニア・マドラサ。
 「マドラサ」は「学校」の意味で、コーラン及び様々な学問を学ぶための寄宿学校。
 生徒は男子のみ。現在でも、コーランを学ぶ人のために、コーランと水が用意されていました。
 18世紀に大幅に立て直され、20世紀に入ってからも修復が行われていて、ところどころモザイクタイルの色が異なる部分が修復跡とのこと。
 壁やドアの繊細な幾何学模様やモザイクタイルの装飾がきれいでした。ネコも数匹いました。コーランを覚えているのかニャー?

 □午前中の予定コースの見学を終えてから、旧市街にある民家訪問へ。
☆【Hさんのお宅訪問】:
 お宅ではモロッコの嗜好品ミントティーの接待をいただきました。ちなみに奥さんは一人だけとのこと(子供さんは登校で不在)、平和で温かな家庭の雰囲気を感じ取りました。

 お礼を言っておいとました後、ブロンズのお店へ立ち寄り。(記念に、”ファティマの手”(魔除けとされる)形の栓抜きを買いました)。それから昼食に行きます。

 ■昼食は、旧市街メディナの旧家を改装したレストラン(PALAIS MNEBHI)でチキンタジン。Blg4_2

 
《Ⅳ》
 ・昼食後、さらに旧市街の迷路をガイドさんの金魚の糞になって彷徨い歩きます。

 まず、
☆【ネジャーリン広場】を見学。
 広場といっても狭い空間です。そこには美しいモザイクで装飾された”泉”(といっても実際は公衆水道のようです)があり、礼拝のためモスクに入るムスリムが手足を清めたりして混雑していました。
 また、傍には隊商宿(フォンドック:18世紀の宿屋で、現在はウード博物館として使用されています。入り口には『ネジャーリン博物館』の表示板がありました)などもあって、メディナ最大の繁華街です。
 良く目にしたのは通りに面した建物の入り口に取り付けられた”ファティマ”の手形のドアノッカー。(※ファティマの手:イスラム教の予言者ムハンマドの娘で、理想の女性として尊敬され、その手形は魔除けやお守りのデザインに使われています。)
 ここからすこし進んで、

☆【ムーレイ・イドリス2世廟】へ。
 ここは、9世紀、モロッコにイスラムをもたらしたイドリス王朝のムーレイ・イドリスの息子で、フェズを首都としたムーレイ・イドリス二世の廟です。(ちなみに父親のほうは近くにある街ムーレイ・イドリスに眠っています)。
 たくさんの信徒が訪れる旧市街では最も聖なる場所で、やはり異教徒入場禁止です。
 開いている入り口から覗いて写真に。
 なお、2013年2月現在も修復が継続されていて、大部分にシートがかけられていましたので、見学できたのは外壁の一部だけ。
 そしてほどなく

☆【カラウィン・モスク】へ。ここも異教徒の入場は禁止です。
 9世紀に建てられたモスクで、その後大学を併設し、「カラウィン大学」としても知られています。
 イスラム世界では屈指の大学の一つで、現在でも、モスク・宗教学の研究施設として機能しているため、異教徒の立ち入りは禁止で中には入れません。
 通りがかりに立ち止まり、開け放たれた入り口から覗き見て、中庭の写真を撮らせてもらいました。
 ”のぞき見”後、狭い”路地”にあふれる人並みをかいくぐるようにして、

☆【サファリン広場】へ。
  「サファリン広場」は金物屋さんがたくさんあるスーク(市場)エリアです。”狭い”広場の真ん中で、職人さんたちがカンカンと鍋のような皿のようなものを作っています。
 売られている鍋類などの金物製品はモロッコの物価を考えるとそんなに安くはなさそうですが、大きな鍋は結婚式などのため大量の料理を作るときの“レンタル用”(貸し鍋)だそうです。Blg4_3

 
《Ⅴ》
 広場を経由し、途中、アメリカ資本によるフェズ川沿いの市街地再開発事業が進められている地区を横目に見ながら通り抜けて、

☆【なめし皮職人街タンネリ】の見学に向かいました。
 ほどなく、フェズ川の周辺に広がるタンネリ街に到着。
 そこでは、皮なめしや染色作業【タンネリ】(フランス語のtanneriesで、「染色」を意味する)の様子が一望できる、「革製品店」の屋上に登りました。
 
 ただ、辺りに漂う特有の臭気が鼻につきます。暑い夏にはさぞかし大変だろうなと思ったものです。
 今回の見学時には、お店の入り口で手渡されたミントの茎葉を鼻に押し当てながらの見学です。
 集められた羊毛の山や、職人さん達が皮なめしや染色作業に勤しんでいる様子、また染料壺の広がる独特の風景などに見とれてしまいました。

 革製品の店にはバブーシュ(モロッコのサンダル)や皮ジャケットなど多品種、大量に売られています。日本から買い付けに来る人もいるそうです。

 予定の見学をすべて終え、バスでホテルに帰る道すがら、新市街地に入ると街路樹にナツメヤシやジャカランダの大木もよく見かけました。
 途中でスーパー(ACIMA)に立ち寄り、少しばかり買い物等も。なおスーパーの敷地内にも数本のジャカランダがあり、実がなっている樹もありましたので写真に。Blg4

 見学を終えて振り返って見ると、たしかに通り過ぎてきた”巨大迷路は聞いていた通り、まさに迷路。
 日中でも照明が必要な狭くて縦横に入り組んだ路地があり、主要な物流手段のロバが通り、手押し車が通り、ネコが到るところにいて、むろん人混みでごった返し、きれいでもあり汚くもある、とても活気にあふれた街でした。
 住めば都。しかしながら、”日出ずる国”の凡人はここに住めるとも、また住みたいとも思いませんでしたが・・・。
                       (フェズ連泊)
                            (→5日目に続く

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