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2013年3月16日 (土)

能登・輪島の旅(2013/3) その2

 白米の千枚田」見学を終えて路線バスに乗り、曽々木口バス停で下車しました。所要時間は13分。距離は10km弱だったようです。

Ⅲ)「曽々木の名勝天然記念物を巡るハイキング周回コース」
 曽々木口バス停到着は正午前。そこで昼食を、と思ったのですが、白米(しらよね)で間食をして特に空腹でもなかったため、昼食はとらず、そのまま予定の「曽々木の名勝天然記念物を巡るハイキング周回コース」に向かいました。

 ★曽々木口バス停スタート→①下時国家→②上時国家→③岩倉寺→分岐点から④岩倉山(357m)往復→分岐点から⑤千体地蔵往復→海岸通り⑥波の花みち(遊歩道)→⑦窓岩→曽々木口バス停帰着というルートです。
 (地図はクリックで拡大します)Blgs

 
① 下時国家:
 バス道路沿いに、「”平家だいら”の由来」という銘板がはめ込まれた琵琶法師のモニュメントを見ながら歩いて行くと、左に分岐した道の向こうに「時国家」の大きな看板が見えて、すぐにわかりました。
 来訪者は他になく、貸し切りで館内案内をしていただきました。

 時国家は、源平・壇ノ浦の戦いで敗れた平家一門のうち、「平家にあらずんば人にあらず」と奢った言葉を述べたとされる平時忠(奢る平家は久しからず、でしたが)の末裔、時国家の邸宅。
 壇ノ浦の合戦後、平時忠は能登に配流され、配所で没しましたが、その子、時国は平家であることを捨て、時国家を興し、困窮していた近隣の農村の救済を図り、この地を支配する豪農として長きにわたり繁栄しました。
 江戸時代には天領、大庄屋として名字帯刀を許されたということです。
 そして、1634年(寛永11年)に13代藤左衛門時保が、時国家を二家に分立し、下時国家は長子の千松が名乗り、上時国家と共に繁栄したそうです。
 現在の下時国家の構造は木造平屋建て、間口13間、奥行き8間、総面積108坪、茅葺き入母屋造りで、大戸口を入ると40坪の土間があり、一尺五寸角の太い大黒柱や巨大な梁組みを持つ豪壮なものです。
 また今も入り口が不明という屋根裏の「隠し倉」があると案内係の方から伺いました。
 二千坪という庭園もあり、昭和38年に国指定重要文化財の指定を受けています。
 (下時国家入館パンフレット、輪島市観光協会ガイド参考)
② 上時国家:
 下時国家の見学を終えて道路に出ると、すぐにその先に見えた上時国家へ向かいました。
 ここでも、入館者は他にありませんでした。
 受付で入館料を払い、入館すると自動案内の音声が流れてきます。それにしたがって一巡しました。
 単なる印象としては、先に見学した下時国家の方が、規模は別にして、全体的に”豪華”な印象を受けました。むろん素人の単なる感じに過ぎませんが。
 上時国家の由緒は下時国家に同じです。また同様に家紋は平氏由来の蝶紋の揚羽蝶です。
 現在の上時国家はおよそ180年前の1831年から28年の歳月を掛けて建てられた大規模な建築で,建坪は189坪、入母屋茅葺きの大屋根は高さ18m。
 玄関は唐破風総けやき造り、大納言の間は書院造り。庭園には心字池を配し、高庭のある独特の庭造りで、平成15年に国指定重要文化財に指定されています。
 (同、入館パンフレット、輪島市観光協会ガイド参考)Blg

 
③ 岩倉寺:
 上時国家の見学を終え、バス道路に出てから、岩倉寺への分岐点まで戻り、そこの案内標識にしたがって岩倉寺へ向かう舗装された坂道を上っていきます。
 道沿いの山地斜面にはフキノトウが沢山頭を出して春を告げていました。
 現在は岩倉寺境内まで直接車で行けるようですが、むろん歩きですから、寺へのやや急な石段を登り、山門をくぐって境内の「宮の縁清水」で手を洗い、そして本堂まで辿ります。
 岩倉寺は、約1300年の歴史を誇る真言宗の名刹で、築500年の本堂を持ち、その昔、沖を行く舟の目印となった霊山とのことです。
 ご本尊は、漁師の網にかかったといわれる千手観音菩薩で、北陸観音霊場第16番札所になっていて、輪島市指定文化財の五重の塔や密教法具、古文書、黒漆塗陰刻棟札など、多くの文化財が見られるということでしたが、今回、寺には人影もなく、本堂は片側が大きな白いシートで覆われていて、それらの様子は良く分かりませんでした。
 境内の角にある五重塔の石塔は室町時代に造られたものだそうです。
 その脇から、車道を横切り、岩倉山へのハイキングコースが延びています。
 ④ 岩倉山(357m):
 岩倉寺境内の角から、岩倉山に向かうハイキングコース入り口で、眼下に曽々木の町並みや、名勝の窓岩、沖の七ツ島などの風景が一望できます。”絶景”と言っておきましょうか。
 しばし見入ってから、おもむろに灌木の生える山道を岩倉山へと向かいました。
 展望のきかないコースを辿り、岩倉山への分岐点にさしかかると、そこには「山頂0.6km、曽々木1.0km」と記された道標がありました。
 登山道に入ると、融けた雪で濡れた、また日陰では残雪に薄く覆われた落ち葉が堆積していて歩きにくく、特に少し急な斜面は、履いていたスニーカーではよく滑って苦労しました。 
 だいぶ登ったかなと思う頃に、「山頂まで0.3km、曽々木、千体地蔵まで1.1km」という標識がありました。たったの300mしか登ってなかったのかという思いでした。

 その辺りから残雪が目立つようになり、傾斜もきつくなり、それに冬のアンダーを着ていたこともあり、春の日射しは暖かさを越して暑く、汗がしたたり落ちるようになりました。
 そしてたどり着いた三角点のある頂上は周囲を笹や灌木に囲まれていて展望は全くありません。
 そこ(頂上)から少し先へ通り過ぎたところに、テレビ放送のアンテナとおぼしき設備基地があって少し開けています。そして部分的ながら視界が開けていました。
 そこから曽々木海岸方面は樹木が邪魔になってわずかしか展望はありません。そして西南の方向に、まだ真っ白い加賀白山が霞んでいますが、遠望できました。
 少しがっかりして来た道を300m下の分岐点まで下ります。思った通り、急な下り坂は上りより一層滑りやすくて手強く、途中で拾った枯れ木を杖にして何とか転ばずに分岐点に戻りました。
 分岐点脇に石仏がありました。岩倉寺の観音霊場と関連があるのかどうか分かりませんが、ここまで来る途中にも何カ所か石仏があって、そのいずれの観音菩薩像の表情も、どこか笑みを浮かべているように見えたのですが、気のせいでしょうか。Blgnc

 

⑤ 千体地蔵:

 山道を辿ると、途中に太い柱の部分が腐って倒れた大きな案内板があり、そこが尾根筋と千体地蔵への下りルート分岐点で、位置を確認してから下ります。
 そしてほどなく曽々木海岸への下降ルートと千体地蔵への分岐点に着きました。
 なお、事前に見たガイドブックで、千体地蔵からそのまま先に下る道は、落石のため現在は通行不可になっていて、その分岐点から往復することになっています。

 各地に人の手で刻まれた”千体地蔵”と称される名所旧跡がありますが、ここの「千体地蔵」は岩倉山の中腹にある巨大な流紋岩と安山岩の柱状節理が、海からの風雨に侵食され、いつしか無数のお地蔵様の彫刻が並んでいるように見えるという、自然が作り上げた奇観です。
 あと200m、100m、そして残り50mと、現れる標識ごとに登ったり下りたりしてたどり着いた千体地蔵岩です。
 その直下まで登って、お地蔵さんらしく見えるアングルを探して何枚か撮ってみましたが、“心眼”を持たない不心得者にはなかなか難しかったようで、修業が足りませんね。
 岩の前方には海に向かって展望台が設けられていています。そこからの眺望はすばらしかったです。
 なお先に記したように、展望台を通り越して曽々木に下りるルートは落石のため通行できないと表示がありました。
 来た道の途中で目にしたオオバクロモジの冬芽の写真を撮りながら、分岐点まで戻り、曽々木海岸まで下ります。300nc

 
⑥ 波の花みち(遊歩道):
 千体地蔵への分岐点から山道を下りきると八世乃洞門トンネル入り口で、海沿いの岩場に沿った「波の花みち(遊歩道)」に出ます。
 
 「波の花」は、寒くてしかも荒れ模様の日にしか発生しません。ですから今回のような荒天とは対極の”好天”では、はじめから可能性ゼロです。
 代わりに、海無し県の住人には、約1kmに渡り続く「波の花みち」沿いの青く美しい春の海の景観を十分堪能することが出来ました。

 資料によれば、「波の花」とは、厳寒の日本海で、海中に浮遊する植物性プランクトンの粘液が荒波にもまれて白い泡を形成し、それが大量に海岸の岩場に押し寄せ、また集まった泡が強風に巻き上げられて花吹雪のように舞飛ぶ様を形容したもの。 
 最初は白くきれいですが、時間が経つにつれて岩床の細かい粒などが混ざってうす黄色、さらに茶色に変色するそうです。
 波の花が発生しやすい気象条件は、寒くて波高4m以上かつ風速13m/s以上ということで、したがって見頃は11月中旬~2月下旬の荒天の日ということになりますから、そのタイミングを見計らって行かなければ観られないことになります。

 なお、輪島では「曽々木海岸」や「鴨ヶ浦海岸」が発生ポイントだそうで、強風で舞い上がる波の花はきれいですが、衣服などに付くとしみになり、指で触るとベトベトし、また金属に付着すると含まれる塩分のためサビの原因にもなり、実のところ海辺にすむ人々には、あまり歓迎されないものだそうです。
 また波に洗われた岩場は滑りやすく危険なので、用心も必要とありました。本当ににそうですね。
⑦ 窓岩:
 波の花みち(遊歩道)の看板がある車道沿いは、日本海の荒波をまともに受ける男性的な景観の海岸線が続く曽々木海岸で、国の名勝および天然記念物に指定されています。
 そのシンボル的な存在が「窓岩」で、板状の岩の真ん中に直径2mほどの穴が開いている奇岩です。
 事前に調べたガイドブックには、穴のところまで歩いて行ける、とありましたが、途中で、たまたま浜にいた漁師さんに尋ねたところ、歩いて行けるけれど、今は、危険なので立ち入り禁止表示と柵が設けられていてダメ、と言うことでした。
 確かに行って見るとその通りでした。

 通り過ぎてすぐ、「窓岩ポケットパーク」があります。特に何もありません。そして出発点の曽々木口バス停まで戻ります。
 途中の郷土特産品直売所や曽々木観光案内所/ふるさと体験実習館などは閉まったままでした。Photo_4

 終日、絶好の好天に恵まれ、ハイキングコースの山道ではずいぶん汗をかきました。
 そして午後4時20分過ぎに曽々木口バス停に帰着。
 (余談ながら昼食は何処かで食べられると思っていたら、コース中、どこにもそんなところはなくて、また人には誰にも会わず、結局昼抜きになり、帰り着いた曽々木口にある食堂で遅い昼食を済ませました。)

 午後5時6分発の輪島行きバスでホテル前まで帰りました。帰着は午後5時40分。久しぶりに良く歩き、日頃の運動不足も解消した1日でした。
 温泉に入り、汗を流した後の夕食時、ビールがいつも以上に美味しかったものです。

           ----3日目に続く----

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